25.天地開闢の理
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女性は肘から下を欠いた右腕を二、三度振ってみて『なるほど、再生もならずか。確かに連樹子である」と呟いて、一度言葉を切った。
『特別に吾の名を教えよう。吾こそが、天異界一層のアダンを含む上位層三層までを支配した払暁の紅、アルナである。お主は来訪者であることに違いはなく、連樹子によって吾の右手の存在を世界から消滅させた。だが、得られたものはそれすらをも越える大きいものだった』
アルナはベルジェに近づく。その紅瞳には失意の色ではなく、さざ波のように波打つ嬉々とした色合いが見て取れた。
「あー、その、俺は学がなくてな。払暁の紅と名乗られても思い当たる節がない。だが、名乗り返さないほど無粋じゃない。俺の名はベルジェ。さっそく急かすようで悪いが、アルナ。俺が元の場所に戻ることを手伝って欲しい」
『焦る気持ちは分かる。ならば、お主はアレを殺せるか?』
アルナが目線で促した先、王座に蜷局を巻く蟲蛇がいた。先程まで何もなかったはずの空間だったはずだ。なのに、いや、観えなかっただけか? 存在を感知できない程に実存強度が高いのだ。ベルジェはアルナを観る。彼女もまた実存強度が観えない存在だ。が、それよりも今はすべきことを見据えよう。
王座を我が物顔で占有するは、一匹の蟲蛇。その背中に背びれの如きの幾千の針を持ち、腹には無数の蠢く脚を何千対も持つ、おぞましき姿形。真っ赤な大口を開け、王座から伸びる黄蒼の制御式を喰らっていた。
『ベルジェよ、あれが観えるか? 王座に座する黄蒼の制御式ーーーあの王麒樹こそ、吾そのものである。叡智の象徴と謳われた吾の力を渦生が貪り喰っておるとは、怒りを通り越して涙すら浮かぶ』
「渦生?」
『そうだ。災呪の穢れにより創られしモノ。蛇であり毛虫であり、針をもつ毒蟲である。故に、体を失った吾ではアレを滅すること能わずーーー』
「災呪の穢れ、今そう言ったのか!?」
『その名を知っているとは、さすが修久羅利の使い手であるな。しかし、誤解を先に解いておくが、吾の王城が落ちた原因は渦生でも黒魔術師によるものでもない。既に滅びの道であった。それだけのことだ』
アルナはベルジェの胸に左手を当てた。その手は冷たく、血の通った温もりは一切感じない。そう思っていると淡く蒼い制御式が幾多の咲き誇る花を描く。
「この制御式は‥‥‥」
『見るのは初めてであろうな。これは自在式の制御式。これをもってお主の魂を繋ぎ合わせるのだ。しかし、ここまで砕けた魂は吾であっても見たことがないぞ。そもそも生きているのも不思議なくらいだよ。これも相反する力を持つ故の事か』
「ちょっと待て。魂がばらばらって、どういうことだ?」
『言葉通りだよ。しかし、気にするでない。お主には存分に戦ってもらわねばならぬからな。魂が砕けていては、修久羅利を十全に使えはしまい。それと、ふむ、これはお主の縁か。さりとて帰還の一助となるかは難しいだろうがな』
糸を紡ぐように器用に手繰り寄せ、蒼く淡く輝く花の制御式に添える。それは小さな蝶と、膨らみ始めた花のつぼみとなった。花のつぼみから飛び立った蝶の、その鱗粉が宙に舞い、彼方の映像をベルジェに見せた。
「モモっ!」
泣きじゃくるモモが吊るされている。針のような棘を持つ触手が、遺跡の天井の蠢く制御式から伸びている。その触手を懸命に断ち切ろうとするリリの姿もあった。リリは何度も何度も打刀を振るうが、触手を傷つけることは一度すらなかった。
『ふむ、渦生が巫女の力を求めた結果の逆流入というわけか。高次のこの場所であっても王座の座標が同じであるゆえに手が届く。足りぬのは媒介となる器のみ。あやつめ、吾の王麒樹からエーテルを得て、現世界に顕現するつもりであったか。しかし、どういうわけかベルジェが逆流入してきたと。いや、連樹子がエーテルを喰らいに来たと考えるべきか? ただ、いずれにしてもーーー』
淡々と分析を始めるアルナ。対してベルジェは言葉を失っていた。まさか、こんなことになっていたなんて。俺がこの空間にいたのは、黒魔術師による幻覚でもなければ襲撃があったわけでもなかった。ベルジェの耳に聞こえてきた声が胸に刺さる。「ベルジェさん、ごめんなさい。私が聖霊様を怒らせちゃったから」そして、無情にもぶつりと声が途切れた。
『モモといったか、あの娘とベルジェとの縁が崩れたか? それとも、モモの魂が焼き切れてしまったか?』
「ふざけんなっ! そんなことにはならないっ」
ーーー連天観紋
ベルジェの魂を再生していた自在式を無理矢理に乗っ取る。ただでさえ高次の制御式を自らの意識下に従属させることなど不可能なのだが、それを連天観紋に転化してしまうなど世界の法則すら越えていることを意味する。絶句するアルナを尻目に、ベルジェは一気に渦生に向って駆けた。
実存強度
渦生 5.5■■5
ベルジェ 1.3210
アルナ ■.■■99
ばちっ
―――連樹系喰
続けて、真紅の連樹が火花の様に咲き乱れる。アルナによってベルジェの魂が繋ぎ合わされた結果、連樹の花が明滅することなく咲き誇った。
『ばか者ッ! 連樹子を自らに使う奴があるかっ。早く、連樹子の発動を止めよ。そのまま使い続ければ、魂が砕けるだけでは済まんぞ』
「うるせえ」
渦生を殺すために出し惜しみなんかしていられるか。相手は実存強度5だ。俺の刀剣術では届かない、連樹子を上乗せしても足りないくらいだ。それに戦いは一瞬で決まるもの。一撃必殺でなければ、次はない。ベルジェは左手で鞘口を握った。
アルナはベルジェの魂が消滅するのを防ぐために、新たな自在式を練る。現段階で持ち得る最大の力を領域魔法を注ぎ込んだ。しかも、彼女の口から六律系譜顕現の言葉が唱えられた。
「六律系譜をして、吾、アルナが天之神如則を経始せしめる。八十八重の鍵を示して吾が意を汲め『姿神』」
アルナの眼前に天属を司る系鍵が現出し、その形を変容させて黄色と蒼色の光子螺旋となる。その光は頭上に八百万にも重なる自在式の制御式を瞬時に構築し、天上の宙に六律の系譜陣を浮かび上がらせた。
「六律系譜を吾の手に、開闢の理を今再び奏でよ!」
姿神が現象していく。発現された効果は『存在甦生』であり、六律系譜の最上位者のみが使うことの許された神なる御業。その神如きの力は天地開闢にも等しいものだった。それ故に、自らの存在が希薄になっているアルナにとって到底制御できるはずもないはずだが、いまさらそれを云々している暇などない。ベルジェを死なせてはならない。ただ、その想いだけで姿神を起動させていた。
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