23.朽ちし玉座、夢の残滓
今後の物語の方向性に時間が掛かってしまいました。
投稿間隔は1週間に1~2回ほどの予定です。
「ベルジェさんっ!」
モモの声が崩れた石床に跳ねるが、ベルジェは無反応のままでぴくりとも動かない。まるで二度と目を覚まさないかのようにーーー。背筋を走る恐怖に首を振って、 駆け寄ったモモはベルジェの容態を診る。息はある、良かった。でも、昏睡状態のようだにゃ。一体何が起こったというの? 懸命に介抱し続けるモモは、ベルジェの上半身を起こすのがやっとだ。彼の心臓の鼓動も弱く、モモは泣きそうになってしまう自分を叱咤する。なんとか気道を確保して呼吸を楽にさせたことに安堵する。でも、その安心は直ぐに煙のように消え去った。
モモは自分の手を見てぎょっとした、自分の両手首にそれぞれ見たこともない制御式が現れていたから。
「にゃ、にゃっ?」
モモは自らの手から離れようと仰け反るようにして身を引いたが、でもバランスを崩すだけでそのまま石床を転がる。その制御式は自動的に組み上がっていった。まるでモモの体を侵食するように、手首から肩、そして胴体に制御式が食い込んでいった。「こんな制御式、知らにゃいっ!」いくらモモが叫んでも、身を捩っても制御式は消えることはない。
その制御式は標準型でも高位型でもない。複合制御式? ううん、違う。女神正典に絵図された制御式じゃない。じゃあ、一体この制御式は、
「もしかして、私が聖霊様を怒らせた?」
そうかもしれない。ううん、きっと私のせいだ。絶対にそうだと確信する。私は聖霊様を怒らせちゃった。
呆然とするモモをよそに、頭上に対をなすように奇怪な制御式が現れた。その制御式から触手が幾つも伸びてモモを包み込んでいた制御式と繋がってしまう。
「くっ!」
モモの体に激痛みが走る。ああ、やっぱりそうにゃんだ。私は聖霊様に近づいちゃ駄目な存在だったんだ。ただ聖霊魔法が使えたのが嬉しくて褒めてもらいたかった。それが間違いだったんだ。いっぱい努力して、ようやく手に掴んだ聖霊魔法。モモはすごいな、たいしたもんだよって言って欲しかった。努力が報われて、出来損ないのモモはいなくなったんだって、そんな未来を夢見てた。
それがいけなかったんだ。
私は、聖地に足を踏み入れてはいけない不浄。里の皆に言われた通りに、私は聖霊様を怒らせるだけのモノ、穢れたモノなんだ。やっぱり皆が言うように、私は生きてちゃいけなーーー
「聖霊様、お願いします! ベルジェさんを助けて下さい。私はどうなってもいいからっ」
ベルジェさんを巻き込むのは違う。ベルジェさんは聖人様にゃんだから、聖霊様の怒りは私だけ、私だけに向けばいいんだ。
精一杯モモは叫んだ。言葉として表すたびに、自分の胸が苦しくて、痛くて切り裂かれていくのを感じながら、それの気持ちを奥歯で噛み殺して、モモは必死に頭上に浮かび上がった制御式に訴え続けていた。
◇
「くそっ、訳が分からない。ここはどこだ。それよりもモモは無事なのか?」
ベルジェは困惑していた。先ほどまでモモと一緒に崩れた遺跡の広間にいたはずだ。だが、目の前に広がっている光景は信じがたいものだった。
戦争だ。しかも星の海での、いわゆる宇宙で戦争だと? 思わず頭を抱えそうになる。
眼下に広がっていたのは星海に浮かぶ巨大な都市。宙に浮かぶ島に咲き誇った栄華が、今ではあらゆるところに火の手が上がり、巻き上がる黒煙が終末を謳っていた。都市の隙間を埋め尽くす幾多の制御式と、息をつく間もなく連滅する閃光が爆炎を作り出す。今まさに雌雄を決する戦闘が繰り広げられているのだ。
想像だにしなかった光景に圧倒されまいと、ベルジェは振り吐き捨てる。
「大概にしろよ、俺は幻覚にでも掛かったってのか」
冷静になろうとすればするほど、最悪の状況が頭をよぎる。まさかさっきの遺跡に黒魔術師が来たってことはないよな? そう思ってしまうのは、何の違和感も感じずにこの状況下に引きずり込まれたからだ。とてつもなく巨大な力を持った奴が攻撃を仕掛けたのではないか? と。
「くそっ、早くモモの無事を確かめたいのに」
それに一団の皆も無事か、リリも無事であって欲しい。「くそっ、早く覚醒しないとならないってのに」何度か目の毒つきが玉座の間の石床を叩くが、返ってくるのは静寂のみ。いや、ちょっと待て。玉座だと? 俺は玉座の間にいるのか?
無理矢理に冷静さを取り戻そうと、ベルジェは周囲の気配を伺う。
人の気配が感じられない広間。座るべき王が消えた玉座。そして、穿つように天井に開けられた大穴から都市を燃やす熱波が届いていた。そこで、ようやくベルジェは気付いた。
「っ! 誰だ?」
何かがいた。その姿は陰り、その輪郭がぼやけて周囲に溶けだしている。まるで漆黒の霧のような何かだ。ぶつぶつと呟いているのが分かる。ベルジェは素早く身を潜めて、観察する。あれは一体なんだ? この幻覚を解くための糸口になるものか? 安易に手を出すべきか否か? と迷いが逡巡するベルジェの目と鼻の先で、それは言葉を吐き出していた。
『失敗した』
『吾は滅ぶ』
『幾千年‥‥‥終わる』
『崇忌‥‥‥八騎士に』
『吾は滅ぶ。都市とともに』
『全ては弥覇竜ーーー』
「なに言ってんのか、さっぱり分からねえ。もう少し分かり易く言ってくれたら、手助けも出来るってもんだけどな」
ベルジェは覚悟を決めてその黒霧を掴んだ。多分、人であれば肩の部分だろう。ぐいと引っ張って、続ける。
「お前は、ひょっとして玉座の主なんじゃないのか?」
普段のペルジェなら取らなかった行動だった。冷静さを欠いていたのは事実だろう。早く幻覚から覚醒したいという焦りが大胆な行動を取らせていた。
ベルジェが掴んだ部分から黒霧は一瞬だけ波打つように震え、人の形をとりはじめる。それは自らの姿を今になって思い出したように、造形されていった。
数秒ほどの時を要しただろうか。ベルジェの目の前には一人の女性が表れていた。その切れ長の瞳は紅く、銀色の髪は腰まで伸びて、妖艶さを秘めた表情は人間離れしていた。ただ唯一気になったのは、血の気のない白い肌。どこにも生気が感じられなかった。
その二十代半ばの女性は、視線鋭くベルジェを射貫く。
『なぜ、ここに人がいる?』
『これは残滓、堕ちたる夢。朽ち果てし形骸』
『吾は滅びの道筋から逃れられずにーーー』
「ちょっと、待て! いきなり捲し立てられても分からないぞ」
ご一読下さいまして、ありがとうございます、




