22.少女の想い、聖蒼花
1週間に1~2回の投稿となります。
注:訂正しました。✖手ぬぐい ⇒ 〇聖蒼花。手ぬぐいは美しくない。だから訂正しました。
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それから3日が過ぎた。生命を直接に削りにくる標高に達する。石と岩だけの地肌には既に高山植物の姿はなく、土の大地は今や砂の地表となっている。
足が砂地に沈み、その歩き辛さに体力も相当に奪われていく。一歩、また一歩と足を前に出すのも億劫になるほどに。当然に山の上部全域が砂礫地となっていた。その砂状の傾斜をひたすらに登っていく。驚くことに一団の誰一人として脱落者はおらず、しかし、皆一様に生気はなく目は窪み、さながらミイラ然となってしまっている。
喉の渇きが限界を超えて痛みを感じ始めた頃、目的のそれは突如として目の前に現れた。
旅路の果てにようやく辿り着いたその場所は、山頂よりも下方に位置する岩場にあった。しかも目を引いたのは大樹が遺跡に根を張って、周辺が青々とした緑が生い茂っている。
一団の皆は吸い込まれるように、その大樹が聳え立つ聖地の圏内に入っていった。すると、どうだろう? 今までの疲れは溶けるように消えていき、代わって瑞々しい精気が体の中心から湧き上がるのを感じた。「おお!」方々《ほうぼう》で感嘆の歓声がで上がる。
「はわわ~、体がふわふわするです。なんだか泳いでるみたい」
「ポンヌ~。だからって、地面で泳がないのー! 聖地はとっても神聖な場所なんだからね」
「え~、ポリーヌお姉ちゃんも一緒にするっと楽しい、よ?」
一団の皆は、各人各様に喜びを表す。だからポンヌが地面で手足をばたつかせるのも歓喜の表現なのかもしれない。ベルジェは聖地を軽く見渡した後、地面の土を手に取って握ってみた。元農民でもあったベルジェが最初に興味を抱いたのは、地面に広がるその豊かな黒土だった。砂礫地であるべき場所が黒土に変わっている不思議さは「まさに聖霊が祝福した大地」で説明されてしまうだろう。確かに遺跡の荘厳さを受け入れれば、聖霊の偉大さに身が竦むもの。だが、異世界から来たベルジェは多少違っていた。遺跡と言ったら探検に決まっている。神秘的であればあるほどに、何かレアなお宝があるのでは? と血が騒いでしまう。しかし、
「遺跡を探検―――いや、調査するのは一団の皆が一段落ついてからだ」
ふむ、とベルジェは熟慮した。一団の皆が無事に聖地に辿り着いたのだ。これを喜ばずにいられようか。優先すべきは彼らの安寧であるべきだ。俺は女神典礼に詳しくないが、おそらく聖地で行うべき儀礼があるはずだ。俺の私的な目的は全てが終わってからでいい。
「ベルジェ様。よろしいでしょうか?」
「キナノ翁か、もう少し休んでいなくてもいいのか?」
「お気遣いありがとうございますじゃ。ですが、この聖地に着いてから不思議と力がみなぎってますじゃ」
「改めて俺からキナノ翁に感謝を伝えたいことがある。一団に脱落者がなかったことは偏に先導が良かったからに他ならない。それに魔獣との遭遇もなかった。この幸運もまた聖霊の導きなのだろうな」
「はっ、真に、真に聖霊様の導きでありますじゃ。しかし、旅路は儂の力など到底及ぶものではありません。まさにベルジェ様のお力に他なりませんのじゃ」
「いや、そうではな‥‥‥分かった、受け取っておく。それとキナノ翁、俺に何か言いいことがって来たのではないのか? もしそれが儀礼の準備であるなら、手伝おう」
「お分かりでいらっしゃいましたか! そうですじゃ、口碑により再現致しました邂逅ノ儀を行いたいのです」
「もちろんだ。俺も手伝うから何でも言ってくれ」
「ありがとうございますじゃ」
先にキナノ翁が準備の指示のためにと、一団に戻って行く。ベルジェはもう一度遺跡を振り返って見上げたが、ふと違和感を感じた、それが何なのか分らず、目線で遺跡の輪郭を追いながら考えた。
「すべてが崩れていたわけじゃない?」
遺跡の柱が斜めに傾いていたのは時間によって劣化したのではなく、そもそも最初から傾いていたのではないのか? と。なぜなら建造物と呼ぶにはその基礎部分がどこにも見当たらず、土に埋もれたとしてもあまりにも構造物としての設計がおかしい。そうか! これはこの地に建てられたというよりも、天から堕ちてきてそのまま突き刺さったとうことか。「天から舞い降りた聖霊」と言っていたからな。そう考えればしっくりくる。
「そんなことがあるのか?」
「ベルジェさん、どうしたにゃ?」
「モモか、遺跡についてなんだが。もしかしたらな、空から落ちてこの山に突き刺さったんじゃあないかって思ってな」
「‥‥‥口碑から解釈なのだけれど、ベルジェさんの考えは正しいと思うにゃ。『天空にありて幾千年の栄光を守りし王城、その名を境寧。王の光とともに地に堕ちん』そういう解釈ができると思います」
「まさか王城が落ちてくるなんてな、壮大すぎる。まー、形状から見てみるに、おそらく玉座の間あたりがごっそりと落ちてきたってことになるのか?」
朽ち果てた王城の欠片。堕ちてもなおかつての天を望み、大樹と成りて再び天に手を伸ばしているのだろうか。そんなことをベルジェが思っていると、一団の皆の喧騒が聞こえてきた。儀式の準備を始めているのだろう。
「モモ、俺達も準備を手伝おう」
「はいにゃ。あ、ベルジェさんにこれを渡したくて」
モモが持っていたのは小さな蒼い花。それは確か女神正典に出てくる聖蒼花だったと思う。女神が水聖霊の鱗から創り出した水の化身と言われているものだが、実際は水属性の聖霊魔法で作る魔法花だ。聖霊魔法の制御式を学ぶ過程で学ぶ初級魔法の一つ、そして水の生成が可能となったことを意味する証しでもある。だから、
「水魔法が使えるようになったんだな」
「はい、水を生成できるようになりましたにゃ。でも少量しか未だ出来にゃいから。ううん、そうじゃなくて。ベルジェさん、私が水魔法で作った花なんですけど、上手く出来たから見てほしいにゃって」
手渡そうした瞬間に、突風が天穹から突然吹き下ろしてきて、モモの小さな手に握られていた聖蒼花を奪い取ってしまう。そのまま遺跡の方に高く運んでいってしまった。「ああ」モモの小さな嘆きが風音にも消される。
「大丈夫か? モモは怪我してないよな。しかし聖蒼花を飛ばすってのは、いくら聖地といえども乱暴が過ぎるよな」
「‥‥‥はい」
「まあ、なんだ。せっかくモモが作った聖蒼花だ、風に持っていかれたままでは癪だ。返してもらいに行くが、一緒にどうだ? ほら、儀式の準備は当分掛かるだろうし、聖地の危険な場所とかの確認にもなるだろ?」
ベルジェはモモの手を引いて、遺跡の崩れた支柱の横から内部に入っていく。ちょうどキナノ翁が儀式の準備をしているのは遺跡の正面だから、俺たちがいる場所はちょうど死角になる。早々に飛ばされた物を取ってきて、準備を手伝おう。
そう思っていた。
だが、分け入ったところが崩れた遺跡の中央部分だった。広々とした空間は幻想的な佇まいで、意匠を施された細工は原型を留めていなくても、しばし言葉を忘れてしまうほどの美しさだった。その装飾を見る時間などなかった。
糸が切れたように、突然にベルジェが前のめりに倒れてしまったのだから。
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