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21.天に至る霊峰

ep7~ep20まで若干の改変(4/29)を行いましたが、物語の大筋は変わっていません。

改変内容はep17で登場するポンヌをep.6にて登場させたこと、になります。

追加:加筆修正中、、、8/24夕方まで

◇◆◇


 山脈の中腹から渓谷沿いに切り立った崖がある。その崖を縫うようにして続く細い獣道を一列になって進む一団があった。川の流れる音を足元に感じながら、先導するキナノ翁が嘗ての巡礼の道を探している。その傍らでは猫耳の少女が口碑の解釈をキナノ翁に伝えて、嘗ての道を辿る。その一団の最後尾ではベルジェとリリが最後尾から一団の守りを固めていた。


 ベルジェは索敵術を途切れさせることなく、使い続けている。多少は修久羅利からーじゃの扱いにも慣れてきた。ようはカロリックを直接観て合わせること、それに尽きる。

これまで一団を襲ってきたのは亜獣の類―――コブリンやコボルドで、ほとんどが実存強度2だった。そもそも実存強度3以上でなければ脅威にはならない。これらの亜獣を撃退する場面では、リリが一番に頑張っていた。「張り切りすぎだ。あとでバテるぞ」とベルジェに注意されても、師匠から与えられた刀を存分に振るっていた。リリは黙っていたが、実のところベルジェの身近な存在になれた気がして嬉しかった、ということに尽きた。誰にも言わなかったけど、ただモモが「良かったにゃんね!」と耳元で言われてた。そのときの自分の顔の熱さが今でも残っている気がして、ベルジェとは余り目を合わせていない。


「さすがに機嫌を直してくれるといいんだけどな」


 隣を歩くベルジェがリリの顔色を窺ってきた。「別に、関係ないじゃん」素っ気なく応えてしまう。どうやら亜獣との戦闘で注意しすぎたことを気にしているらしい。別にそうじゃないんだけど、って思っていると索敵術の練り直しを行っている。改めてベルジェを見たけど、ずっと修業してて凄く格好いいって思った。


 ベルジェは隣で、不機嫌そうな顔のリリの姿を横目で見て、それから前方に目を向けた。一団の面々が無口に登っている。その後ろ姿を最後尾から見上げて「今日で15日目か」と、頂きが霞む山嶺に目を細めた。


 山嶺から吹き下ろす風が汗ばむ額に当たり、その冷たさに周囲の景色も様変わりしていたことに気付く。ベルジェは周囲のカロリックの流れを警戒していたため、景色として見るのを忘れていた。ふぅと深呼吸して周囲を見渡した。既に高山帯に入っていたのだ。高い木々が低木に変わり、高山植物が岩肌を彩っていた。


「にしても、まさかこれ程だったとはな」


 山頂を目指して登るほどに生命力が削られていく。女神聖典の教えの通りというわけだ。『地物は天に近づくこと能わず』天に近づけば近づくほどに生命力が喰われるのが世の常識ではあったが、実際に体験してみると言葉で想像した以上に過酷だというのが分かる。実存強度1では耐えるのがやっとだ。


『ベルジェ様、よろしいでしょうか? 休憩に入りたいと思いますじゃ』

『ああ、問題ない。周囲に亜獣などの気配はないし、一団の皆も疲れているだろう。体を休めなければ到底聖地まで体がもたない。休息場所の選定はキナノ翁の判断に任せるよ』

『はっ、畏まりましたじゃ』


 通信糸によって耳元で響いていた声が止む。一団にいるポリーヌとポンヌは狸鬼(タヌオ)族であり、彼女らの糸は音声・・通信網となるのだった。ベルジェの耳元に付いている透明な糸が、吹き下ろす風によってたわんで陽光の光で受けて煌めく。目に見えずとも確かに通信網が存在しているのだと実感する。まさに蜘蛛の糸だな。これでは通信網があるなどとは直ぐには察知できるものではない。「特殊能力というやつか」実存強度とは違って種族特性としての通信糸。聞くところによれば、剣奴に殺された狸鬼族のなかには音声通話ではなく、思念通話によって意思疎通を成立させる通信糸を出せる者がいたという。しかし、種族特性は生まれ持った性質であり、実存強度を上げたからといって音声通話が思念通話に変化することはない。だから、ポンヌとポリーヌの通信糸は、あくまでも音声通話であり続けるということだ。


「いやいや、音声通話ってだけでも十分すぎるだろ」

「ベル師匠?」


 ベルジェの独り言を拾って、尋ね返してきたのはベルジェの弟子となったリリ。刀を腰に差して、さらに凛々しさを増したように思える。不思議そうに頭を傾けた仕草は、彼女の肩口で揃えた髪がなびいて可愛らしさが顔を覗かせていた。


「‥‥‥リリ、姿勢が違う」

「え!? でも、師匠の言った通りにしてるだろ〜」


 不満を口にするリリを無視して、ベルジェはリリの姿勢を整える。これからリリに教える刀剣術は、なまじ刀技を覚えただけでは成立しない。まずは基礎を確実に身につける必要があった。考えれば簡単なことで、刀を振るうのは自身の体を使う以上、刀剣術を扱う身体になっていなければならない。そうでなければ刀技など真に身につくものではない。歩く姿勢や、刀を持ったときの姿勢こそが刀剣術の土台といえる。まあ、俺の師匠の受け売りではあるんだが。やはり大事なことなのでリリにはみっちりと教えるつもりだ。


「むう~」


 口先を尖らせるリリの肩をぽんと叩き、これもまた刀剣術なのだと目線で諭す。


『ベルジェ様。ちょうどよい広場が前方にありました。ここで休憩を致しますじゃ』

『分かった』


 崖にできた小道を進んだ先に大きな広場があった。おそらく崖崩れが生じたことが原因で、広場が形成されたのだろう。とすると、この辺りは地盤が緩いのか? 


「リリ、聞いていた通りに休憩に入るそうだ」

「やった! もう足がパンパンで動きそうにないもん」

「ん? 何を言ってるんだ。リリは休憩場所に着いたら、そのまま剣の修行に入るぞ」

「へ?」

「休憩などないぞ。早いとこ基礎を固めないとならないからな。そんな顔をするな、俺も隣で付き合ってやるから。それに体に力が入ってこなくなってからが本番だ。いい感じに脱力出来て、習得もはかどるってもんだ」

「し、師匠! そりゃあ、あんまりだよおおっ」


 叫ぶだけの元気があれば、大丈夫! と笑顔のベルジェ。リリの実存強度は3であり、標高2,500テリム(≒2,500m)であっても―――天に近づき生命力が削られるといっても―――リリならば十分にこなせるはずだ。それよりも心配なのが一団の皆の方になる。彼らは実存強度1なのだから、歩くのだってやっとのはずだ。これ以上の登山は命にかかわることになってしまう。しかし、登山を止めるように言ったところで皆一様に首を振るだろう。目指しているのは聖霊が祝福した聖地なのだから。「まさに修験である」そういうことなのだ。


 先導していたキナノ翁とモモが一団の皆に対して休憩の指示を出している。最後尾のベルジェとリリの姿が見えるや否や、すぐにモモが駆け寄ってきた。


「ベルジェさん。一団の護衛お疲れ様でございますにゃ~」

「ああ。モモも、キナノ翁の口碑解釈を手伝ってくれて助かる。俺では伝承の解釈は分からんからなあ」

「ベルジェ組として為すべきことをしたまで。私でもベルジェさんの役に立つことが出来るなら、なんだって頑張りますにゃ」

「モモには、いつも助けてもらっているよ」


 ベルジェは一団の様子を把握する。各々が荒く息を吐き、肩を上下させていた。無理もない、常識においては標高2,000テリムが実存強度1の限度と言われている。それを遥かに越える高さまで登ってきているわけだから、本当に彼らには頭が下がる思いだ。これからさらに登ろうとしているのだから。

 もうしばらく休憩に時間を割いた方がいいだろうな。そう思っていると、


「リリも、護衛ご苦労様なのにゃ」

「いやいや、オレなんて修行の連続でヘトヘトなんだよおお~」

「ふふ、疲れは頑張ってる証しなのにゃ。それに私は素直に羨ましいって思う。ベルジェさんの弟子になれるなんて。私は刀剣術はさっぱりだもん」

「モモは聖霊魔法の筋が良いって褒められてるじゃん。それにキナノじいさんと難しい話も出来るしさ、オレにはこれしかないから」


 リリは腰に際してある刀を抜く。陽光の乾いた光を受けて、刀身が光る。どんな思いでその切っ先を見つめているのか、モモはリリの面様(おもよう)を伺ったが、陽光の逆光に遮られて知ることは出来ない。


「ほう? リリはやる気十分だな」

「げっ! 師匠、いや、これは、その。刀剣術を頑張るという気合いを‥‥‥あっ」


 思わずの勇み足を、そのままベルジェの取られて間髪入れずに修行に入る。リリは「うう~」と疲労とも嘆きともつかない声を洩らしながら、不動の姿勢で刀を構える修業が始まってしまった。リリの腕と足がぷるぷると痙攣をしているのに気づき、モモは疲労を緩和する塗り薬を調合しておこうと決めた。


 モモは頭上から降り注ぐ陽光を眩しそうに見上げる。口碑の解釈から推察すれば、キナノ翁の言う聖地まではあと3日程度掛かるだろう。本当に、あともう少しで聖霊が祝福した地に辿り着くことができる。モモは聖霊様に近づくことはもうないものとばかり思っていた。周囲の状況に聡く気付く彼女だったが、ただ少しだけ自分の目頭が熱くなっていたことに気付くことはなかった。


御一読下さいまして、ありがとうございます。

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