20.進むべき道、各々の行く末
4/29 改変済(ポンヌ登場)
◇
夕餉が終って、皆が寝静まるなかベルジェは洞窟の入口で夜の番をしていた。
先ほどの夕餉の余韻が、頭をよぎる。
まさか郷土料理が元世界のイモノコ汁だったとは驚愕の一言に尽きた。完全に同じではなかったが―――出汁の効いた塩湯と細部の具材は違っていたがーーーそれでもイモノコ汁だった。この異世界に来訪者由来の物が残っていたためしはなく、あるとすれば慣用句やある程度の文化がただ余韻を残して存在を示しているだけに過ぎなかった。しかし、そうではなかったらしい。町や都市といった華やかな場所にではなく、飼育場といった僻ろうに存在していたこと。一体どうしてなのか?
「考えても分からないか」
率直な感想だった。頭が良けれは謎を解くための閃きがあるかもしれないが、生まれてこのかた自らの頭脳を誇れた試しはない。それよりも自分にできるのは体を動かすことだけだ。
腰に差した刀を鞘から抜いて暗闇に向けて構える。それから刀技の型を確かめる。剣奴たちとの戦闘で掴んだ刀剣術の先にある修久羅利―――カロリックの流れを掴むことで発現できる刀技。その感覚を忘れないように、カロリックの流れの微細を感じ取りながら、粒子の流れを観る。その絶え間ぬ流れに対して叩き斬るのか、それとも隙間を流すように斬るのかと試行錯誤を繰り返していた。
空をなぞっているかのように見える素振りをどのくらい続けたのだろう。時間が経つのも忘れていたベルジェが、ふと馴染みのある気配を背後に感じて振り返った。
「リリ。眠れないのか?」
「‥‥‥ベルおじ」
リリの長いまつ毛に迷いのある表情が載っている。言いたいことは、先の戦闘でのことだろうなと当て推量しながら、ベルジェは刀を鞘に戻した。
雲間から月の光がこぼれ、また雲に閉ざされていく。ベルジェはリリの言葉を静かに待ち続けた。
再び夜風が吹き、月を隠していた雲が流されたとき、リリは意を決したようにベルジェをまっすぐに見つめた。
「ベルおじ、いや師匠! オレに刀剣術を教えて欲しいんだ」
「刀剣術よりも実存強度を上げた方が戦闘に適う。それでも刀剣術を習いたいというのは、先の戦いで何も出来なかったからか?」
「っ! そ、そうだよっ。止めをさせたと思ったけど、それは違っていて。同じ実存強度3だったのに、結局オレは何も出来なかった。あそこで仕留めきれていればもっと早く戦いを終わらせられたはずじゃんか」
「リリは強さを求めるってわけか。まあ、それも武の道の一つではあるが」
「‥‥‥オレが強ければ、戦闘を早く終わらせられた。そうすれば、怪我の手当てが早く出来て、手遅れにならずに一団のみんなをもっと助けられたはずだろ。死ななくていい人たちだったんだよ」
俯いて絞りだす声は震えていて、ベルジェはそんなリリの肩にぽんと手を置いた。
(こんな人倫が絶えて久しい場所だってのに、救うべきものを助けたい、そりゃあその通りだ。俺も目の前のことに囚われて初心を忘れちまいがちにもなる。だが、大事なことだ)
「いいぜ、リリ。だが、刀剣術は甘くはない。それでもやる覚悟があるなら、今からお前は俺の弟子だ」
「ほ、本当に? やったぜ。ベルジェ師匠、よろしくお願いしますっ!」
リリは闘技場にいた時分から独学で剣を振るっていた。大剣と刀では技が違うから、積極的に刀剣術を教えることはなかった。しかし、今回の剣奴たちとの戦いで身に染みて分かったのだという。
にしても、俺が師匠とはな。俺の刀も師匠から教えられたとはいえ、ほぼ自己流だ。だから人に教えられないと思っていた。だが、請われればできるだけのことはしてあげたいと思う。教えるのは刀になるが、刀剣術の基本からであれば混乱はしないだろう。それで上手く馴染むのなら、本格的に俺の技を教えよう。
「夜明けまではまだ時間があるから。リリ、少し休息したらどうだ」
「ううん。オレも師匠と一緒に夜番したい」
「そうか。だが、無理はするなよ」
岩肌に腰を下ろしたベルジェの傍にリリが座る。風が吹き始めてきた。洞窟の入口を隠すように覆っていた木々の葉がこすれて、ざざざと音が鳴る。さっきまで体を動かしていたベルジェは、その風の心地よさに火照った体を休ませた。
と、ベルジェの肩に重さが乗る。
「こんなところで寝たら、風邪をひいてしまうぞ」
安心しきったように眠るリリにベルジェの声は届いていないようだ。ベルジェはリリを起こさないように優しく抱きかかえると、一団の皆が寝ている洞窟の奥に足を進めた。
ベルジェがいなくなった岩肌を強く風が叩いた。
ごごご、
と地鳴りが、人知れず世闇に響いていたのだった。
◇
(なぜ私は生きているのです? そうですか、イダとダトの血を吸うことで生き延びてしまったのですね)
シキリが闇の中で目を開けた。干乾びた姿となってしまったダトやイダの体がそばにあった。手の感触で彼らの死体を寄せると、徐にその首筋を切り裂いた。そして人間結晶石を取り出す。その結晶を握りしめたとき、かつての仲間との語らいが耳によみがえった。
『まったくシキリの話しは小難しすぎ〜。僕といると楽しいって、素直に言えばいいのにさ。きゃはは』
『糞溜めでしか生きていけない俺達だけどよぉ、成り上がって俺たちの名前を世界に轟かすんだろ? まったく面白えこと考えるじぇねえかよぉ』
そんな仲間の声を確かに聞いた。だからこそシキリは誓う。私は完全なグールとなってしまいましたが、良かったことがあります。それはあなた達を連れて行けることですよ。
シキリはダトとイダの結晶石を自らの胸に突き入れて、体に取り込んでいく。
「私は貴方たちと共にこの飼育場の頂点に立ちます。そして黒ノ信徒を蹴散らして必ず黒魔術師以上の存在になってみせます。そして、いつも村を焼き払い、村人を火だるまにしながら語らい合った、あの誓いを現実しましょう。さあ、これからですよ。私たちの存在を世界中に轟かせるのです」
そう誓って、世闇の中にイキリは存在を溶かしていった。
◇
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