14.流民団
4/29 改変済(ポンヌ登場)
◇
森は静けさの中にあって、浮かぶ月は蒼々と輝いている。月光を受けた土の上では、嗚咽と悲しみが骸を抱いて涙を零していた。
「手当をいたしますにゃー。怪我の手当が必要な人を教えて下さいにゃー」
「モモ、片っ端から治していったほうが早いって」
少女が呼びかけるが、怖れの色を持って遠巻きに見られているだけ。モモは、どうしようか? と手を口に当てて悩む。隣にいるリリは怪我人が多いんだから、片っ端から止血していくぞ! 血止布を両手に持ち、近くにいる流民たちから片っ端にぐるぐる薪にしていた。躊躇している私よりも、こういうときに率先して行動力するリリはとても頼もしく見えた。
―――と、
「大丈夫なのです! モモさんも、リリさんも、私たちを助けてくれたですよ。だからっ」
「ポンヌっ。なんで? なんで戻って来たの!」
怪我人の中から突然に少女の声が上がった。その少女は一人の老輩を庇いながら歩き出てくる。その姿を見た途端に、ポリーヌが駆け出した。
「ポリーヌお姉ちゃんっ」
「あれほど逃げなさいって言ったのに‥‥‥戻ってくるなんて、馬鹿ポンヌ。でも、無事で本当によかった」
「ふむふむ、姉妹無事で何よりじゃ」
片足を引き摺っていた老輩が、ポリーヌとポンヌが無事を確認し合っている光景を見て、ふもふもと笑った。無事の再会は家族でなくても嬉しいものだ。その老輩がポリーヌの肩を借りながら、今度はモモ達のところまで歩み出てきて恭しく頭を垂れた。
「窮地を助けて頂き、一団を代表して感謝を申し上げますじゃ」
「まあね、当然のことをしたまでってこと!」
「はい。リリの言う通りに、私たちも駆け付けることが出来て、皆さまにお力添えが出来たこと嬉しく思いますにゃ。これもポンヌさんとの出会いが導いてくれたことーーー」
「って、じいさん! 足のケガが酷いじゃんか」
「あっ、失礼しましたにゃ。翁さんはこちらに。足の怪我の手当を致しますにゃ」
饒舌な言葉よりも、リリが指摘したように怪我の治療が何よりも先決だ。ベルジェさんから頼まれたことにゃのだから!
モモはちらりと周囲を見渡した。「固唾をのんで見守っている感じにゃ」そんな言葉が現在の状況をよく表していると思う。先程まで一方的な殺戮が行われていた場所に私達が突然やって来ても、剣奴ではないのか? とか、同じ惨劇が起こるのではないか? とか疑ってしまうものだと思う。だから、とにかく丁寧に血止布をいっぱい巻いて、手当をしっかりと進めていくのを周囲に見せる必要がある。
「爺さんは運がいいよ。オレ達、ベルジェ組が来たんだからさ、感謝しろよ」
「ちょっ!? リリ」
「ん? なんだよ、モモ。そんなに慌てて止血布が足りないとか? でも、ベルジェからいっぱい貰ってるし、足んなくはないよね」
「ちょっ!? だから名前とか情報とか、そんな簡単に口にしちゃ駄目にゃんだってーーー」
「ふぉほほ。リリさんは元気なのじゃな。モモさん、儂はこの流民団のまとめ役を任せられているキナノと申しますじゃ。我らを助けてくれた恩人に害なすことはありゃせぬよ」
「はい、すみませんっ。あっ、そうじゃなくて‥‥‥申し遅れましたにゃ、キナノ翁。私はベルジェ組のモモと申します。キナノさんの手当はこれで完了です。完全な回復までは暫く時間が掛かりますけど、もう大丈夫です。それと、後ろにいる皆様の手当をしても?」
「もちろんじゃとも。ほら、皆の衆。モモさんに早く手当してもらうのじゃ」
キナノ翁の呼びかけに顔を見合わせる流民たち。キナノ翁がもう一度声を上げようとしたとき、その傍らにいたポリーヌが一団の皆の前に出た。
「キナノ団長の言う通りですよ。皆も怪我の手当てを。もし近くに負傷した方がいれば連れ立って手当を受けて下さい」
それから、ポリーヌは踵を返してモモたちに振り返って、深く頭を下げた。
「私はポンヌの姉のポリーヌと申します。モモ様、リリ様。妹のポンヌを庇護して下さり、改めて感謝を申し上げます」
「ええ、受け取りましたにゃ。ポリーヌさん、ポンヌちゃんが無事で良かったにゃ」
「あ、あのっ、ポンヌがご迷惑お掛けしませんでしたでしょうか?」
モモとポリーヌの会話を聞いていた流民たちは、最初は恐る恐るといった歩幅だったが、一人また一人と治療を受けた者が増えるたびに、いつしか自然と駆け足になって行列を形作っていった。誰もが怪我の手当を求めていたのだから。
「怪我の具合が酷い奴から優先だからな、ここ大事だから。って、あんたは怪我が軽いからこっちの列に並ぶの! ほら、そこ! 手当ての終わってんだから、止血布を貰って行って他に怪我で動けない人がいたら連れて来るよーに」
目を引いたのは、少し大きめの岩の上に立って音頭をとるのはリリ。互いに遠慮をし合っているなかでは、リリの無遠慮さが光っていた。
「ふぉほほ。リリさんは頼もしいですの」
「はい。リリはとても頼りになりますから。とっても助かってますにゃ」
雰囲気が少しだけ解れてきたと思う。モモは流民達の中に人間以外の種族がいることに気付いた。人間種以外の種族、ひとつは豚豪族ーーー豚の体に角を生やす大柄な獣人がいた。そして、もうひとつはポンヌとポリーヌに表される狸鬼族。「多種多様な種族。これを取りまとめているのが人間種のキナノ翁にゃんですか」ふむむ、と流民達がどのようにして現在の集団に至ったのかと考えようとしたところで、いつもの温かな気配を感じた。モモは笑顔でその方向に顔を向けた。
「皆を手当してくれたようだな。モモ、問題はないか?」
「はいですにゃ、ベルジェさん。手当は滞りなく進んでます。特にリリが良くやってくれましたにゃ」
「そうか」
モモがベルジェに報告している様子を、キナノ翁が不思議そうに見つめていた。この世界に住む者は実存強度の大小を肌で感じ取ることができる。少女たちが得意げに語っていたベルジェ。しかし、強さで言えば岩の上で音頭を取っている少年然としたリリが一番強いのは分かる。次にモモと呼ばれる妙に大人じみた可愛げな少女。彼女たちに対して、ベルジェは我らと同じ程度の実存強度でしかない。贔屓目に見ても弱者でしかないのだが、不思議と少女たちに敬われている。強さが絶対のこの世界で弱者が敬われる事などあり得ない。いや、まて。先程の戦闘で敵の親玉を征したのはベルジェと呼ばれる男ではなかったか? 儂らは体に毒を受けて周囲の状況が何も分からなかったが、勘が告げておる! おそらくベルジェと呼ばれる男が戦いを征したのだと。
同時にベルジェに興味を抱いてしまうのも無理からぬことであったが、瞳の奥に湧き出た興味を無理矢理に掻き消して、ベルジェの前に早足で近づく。無礼があってはならない。キナノは恭しく頭を垂れたのだった。
「恐れながら、儂はこの一団を預かっておりますキナノと申す者ですじゃ。この度はポンヌと一団の窮地を救って下さって頂きまして感謝の言葉もありません」
額を地面に擦り付けるようにして礼をつくす。その姿を見た他の者たちも、キナノと同じように一斉にひれ伏した。そして、皆がその姿勢ままでベルジェの言葉を待つ。
「よしてくれ、キナノ翁。俺は若輩者で、頭を下げられるような立派な者じゃないよ」
「‥‥‥」
微動だにせず、ただじっと言葉を待っている。軽率な行動をとってベルジェの不興を買うことがあってはならない。これ以上同胞たちの命を散らすわけにはゆかぬ。そういった感情がキナノ翁からにじみ出ていた。
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