10.飼育場の剣奴
4/29 改変済(ポンヌ登場)
だから、シキリは自らの視界が暗転に染まるのを理解できなかった。一体何が起こったというのだ? 分からない。だが、地面にぶつかる衝撃、そして自らの体が受け身をとろうとしない事実が理解の糸口をくれた。ああ、そうか。私はーーー。
「実存強度3には3以上を、実存強度2には2以上をぶつけるのが戦いの鉄則だ」
シキリの背後から躍り出て、一気に首を飛ばしたのはリリであった。こんな近くにいたのに気付かなかったのは、混乱していたシキリであっては成るべくしてなっただけのこと。
リリは大きく肩を上下する。ベルジェから任された奇襲ーーー戦闘の要という大役を見事に果たしたという気持ちが、リリの気負っていた緊張を一気に弛緩させた。少し疲れたかな、と大剣を握っていた指が震えていた。
なんとなしに顔を上げたリリは、自分を見ているベルジェの視線に気づいた。リリは拳を上げて、にやりと笑った。それが悪手だった。シキリから視線を離してしまってはいけなかった。いくら首を切り離したとしても、絶命を確認するまでは気を抜いてはならなかった。ただ実戦経験の浅いリリに対して、そこまで求めるのは酷であった。
「リリッ、気を抜くな! まだ仕留め切れていないぞっ」
「え?」
リリはシキリと呼ばれた男の背後からの強襲に成功して、首を斬り落とした。しかも一目で絶命したと分かるほどの出血の量。通常であれば死亡と判断しても良いはずだが、敵手は黒ノ信徒から得体のしれない黒ノ付番刻印を受けた者であり、実存強度3の後半に至った猛者。リリの剣技で命を刈り取るには、今一歩及ばなかった。
血溜まりが動いた。それは幾何学の紋様となり、漆黒の制御式が形作られていく。
「早くその場から離れるんだっ」
ベルジェは舌打ちする。理由は分からないが、あの制御式は複合魔術だ。そもそも実存強度3が発現できるものではないはずだ。
「くそっ、どうなっていやがる? リリ! 予定は変更だ。モモと一緒に実存強度2の奴に当たってくれ!」
リリと入れ替わるようにして、生成されていく制御式の前に立ち塞がる。試しに、斬撃を数度放ってみたが、制御式は壊れず編まれ続けていく。信じたくないが、本物の制御式だ。
未だ持続している連天観紋で周囲を探ってみる。他に潜伏している者がいるはずだと思ったのだ。シキリを通じて、遠隔から複合魔術を発動している強者が。しかし、連天観紋が伝えてきた信じがたい事実に思わず声が漏れた。複合制御式を編んでいたのはーーー、
「まったく私を殺すとは予定外ですよ、本当にね」
「てめえは、実存強度3のはずだろ」
「そうですが、何か?」
むくりと起き上がったシキリは、転がった自らの首を小脇に抱えている。隙だらけのはずなのに、ベルジェは反射的に後方に飛び退いてしまった。刀剣術の教えにあるまじき行為。俺が盗賊時代に習った刀剣術の師匠は『ベルジェ、臆するは恥と知れ。常に前に出ろ。そして敵を斬れ』と言われていたはずなのに。くそっ、どうする? いや、それよりもリリとモモは無事か? 気配を探れば、幸いにもリリとモモは十分に距離をとるように離れて行っているが、動きが遅い。どうやら実存強度2の男を人質にして引き摺っているようだった。情報源として生け捕りにしているのか。しかし、リリとモモが人質に取られるには十分な距離にいる。俺に注意を引き続けておかないとならない。
「そのまま死んでくれてたら良かったんだがな」
「そうもいきません。私達には目的があるのですからね」
「へえ? 目的とは御大層な事を言うじゃねえか。だが、しょせんは死体漁りだろ?」
「ええ、そうですよ」
挑発してみたが、軽く受け流された。ベルジェは内心の焦りを気付かれないように、刀の柄を握り感触を確かめる。結局、俺にはこれしかない。未だ刀剣術の先にも行けぬ、半端者でしかないが実存強度3を斬らねばならん。実存強度3を斬れないことは知っている、だが今まで積み重ねてきた研鑽が無駄であるはずがない。
一気に間合いを詰めて、傷口の未だ開いた首筋を狙う。
こちらの意図が読めているのか、シキリが斬撃の傷をそのままにして、やれやれと首を振った。無防備に晒す首筋に白刃が迫ってーーー、
「っ!」
ベルジェは舌打ちし、またも後方に飛び退いた。ちょうどベルジェがいた場所に闇弾が幾つも突き刺さり、地面を切り裂いている。
シキリの手には魔動杖が握られており、淡く光を放っていた。先程まではなかったのに、収納術ってことか。
「魔動杖とは、厄介だな」
「確実に仕留めたと思ったのですが、なかなかに目が良い」
ベルジェは、あることに気付いた。切り裂かれた首からはとうに血が出尽くして乾いていた。その首筋に血糊とは違う黒紫に輝く文様があった。明らかに付番刻印ではない、黒魔術によって施術された印。
「おい、そいつは同調印じゃねえか。なんで剣奴程度の奴に同調印が刻まれている?」
「おや? 分かりましたか。やはり貴方もこちら側の人間で間違いないようですね」
シキリは探っていた。実存強度1が2を殺すことなど有り得ない。何らかの仕掛けがあるはずだ、と。だから、首を元に戻さずにあえて首筋ーーー同調印を露出させていた。
ベルジェもまた饒舌に話すシキリにあえて好きなように語らせる。相手に気取られぬように考えを巡らせた。同調印を受けた剣奴などそとそも有り得ない。同調印は、格上の強者から力の同調を許された格別の印。
盗賊時代に一度見たことはあった。確か師匠と戦った妖魔が同調印を持っていたはず。同調印は実存強度4以上の強者がいてはじめて成り立つもの。同調印の本体たる強者は、この場合は黒魔術師ということになってしまう。この飼育場に黒ノ信徒を束ねる黒魔術師がいるというのか! 俺たちがいた闘技場に? いや、あそこには黒ノ信徒とゴーレムしかいなかった。なら、この飼育場の何処かに黒魔術師の居城が在る? ああくそっ、最悪だ。黒魔術師が相手なら、はっきり言って勝ち目などない。いや‥‥‥待て。何か引っかかる。こんな剣奴しかいない飼育場に、なぜ黒魔術師がいる? 飼育場は黒魔術師にとって価値が低く、下っ端の黒ノ信徒が管理をする程度の場所だろ。
俺はシキリの首筋をもう一度見る。間違いなく同調印だ。だとすれば、この飼育場は価値があった? もしくは、この場所自体が特別な価値があるとか? 手に入れられるモノであれば、勝ち目が出てくるかもしれない。
そう考えているベルジェをよそに、シキリはなおも饒舌に喋っていた。
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