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08.Dirty deeds done dirt cheap Act.1

 後藤希は赤いアストンマーチンDB9のハンドルをおっかなびっくり握っていた。

 助手席には彼女の上司である岡鏡子が座っていた。希はパンツスーツを履いており、鏡子は下はタイトスカートを履いていて前髪は分けている。足元は革靴、服はスーツ。着慣れない。洋服に着られてる感覚。

 都心に入りとある高層ビルの地下駐車場に入り、指定された区画にバックで入れる。


「悪くない運転だったわ」


 鏡子のその言葉に希は胸をなでおろす。鏡子はドライビングテクニックに関して一家言を持つ位の技量を有していて日本に帰ってきてからたまにハンドルを任されてしごかれた。


「ただ個人的にはもっと吹かしたほうがいい運転になるわ。アンタ、ビビり過ぎ」


「善処しまス」


「これまでの経緯、復唱」


「あい、我々計画(プロジェクト)はグループ6に雇われ、サバゲー界隈を盛り上げる(・・・・・)ために結成された組織で今日はグループ6側から応援要員を用意したとのことで顔合わせの為に本社まで出向いた」


「よろしい」


 このやり取りは仕事の前にいつもやる。もはや実用的な様式美だ。

 そうして2人で車から降りて地下駐車場から高速エレベーターに乗り上層階へと向かう、向かう先はグループ6という企業がオフィス兼スタジオとして専有している階層だ。

 グループ6という企業はいわゆる新興のマスメディア、配信事業者でインターネット媒体を使った配信を行い、その番組の大半が専門性や趣味性の強いものばかりである。マイナーなお笑い芸人ばかり出ている漫才サバイバル番組からビルメンテナンス従事者ばかりの座談会等様々である。

 グループ6のオフィスのある階層へ到着し、受付で入館手続きを済ませる。済ませた後に部屋を指示されそこへ向かう。

 そこは普通の会議室で会議デスクの端でラップトップを広げたメガネをかけた男と、備え付けのソファで仰向けに寝ながらフーセンガムを噛みスマホを見ている少女がいる。


「はじめましてグループ6の高屋です」


 男は鏡子達に気づくと立ち上がり鏡子に名刺を渡す。鏡子は高屋仁という男の名前を確認してから名刺をしまい、岡鏡子名義の名刺を渡す。


「こっちのちっこいのは江崎グリコです。おい! これから世話になるからしっかり挨拶せぇ」


「んー」


 グリコと自己紹介した少女はスマホから目を移さずに適当に挨拶する。短く整えられた栗毛にその下から覗かせる気だるげな視線、それですら同性の希も魅了されかけた。明らかな美少女だ。


「ったく、このクソジャリは……」


「到着しましたね」


 鏡子達の後ろからパンツスーツ姿の女性が現れる。青みがかった黒髪のショートヘアーの妙齢と思われるが妙に若々しく美人な女性だ、胸元にはグループ6の社員証がある事からここの社員らしい。


そちら(・・・)は?」


 女は希の方を見て聞いた。希は彼女と会うのは初めてだが鏡子は既に何度か会っているらしかった。


「ただの鞄持ち(・・・)です、貴社の必要があれば外で待機させておきます」


「大丈夫ですよ、むしろそちらの人材も把握しておきたいので丁度よかったです」


 女は希に微笑みかける、希も慣れない笑みを返す。


「高屋さん鉄眼(・・)さんはどうしました?」


「後ろ」


 グリコは女にそう言った。

 その後ろからぼろ切れみたいなマントにつばの異様に広いジャングルハットをかぶっている大男がいた。その顔も赤レンズの大判メガネとマントのネック部分、その下のエアダクト付きのマスクのせいで顔が見えず正体不明の怪人そのものだ。

 大男は赤レンズ越しに周りをみてからようやく状況がつかめたらしく。


「いやー、メンゴメンゴ。歳のせいかトイレが近くてな」


 ノイズに混じった思っていたより明るい聞き取りやすい声で鏡子に挨拶をし手近にあった椅子に座る。長岡は呆れたような顔をして鏡子と希にも座るように促して説明を続ける。


「改めての自己紹介をしていきましょう。わたしはグループ6の調査部の長岡といいます、今回の応援の責任者となります」


 長岡は進行役を引き受け顔合わせを進める。


「こちらがマネジメント部高屋」


「よろしく」


「それと弊社所属のアイドル……江崎グリコ」


「ん」


 江崎グリコと自称した少女はスマホから顔を動かさず適当な挨拶を済ませる。


「それで俺は鉄眼、雇われのサバゲーマーってトコだな」


 鏡子はその場にいる4人を見渡した、社員2人はいいとして1人は外部の協力社員か下請け、そして最後に1人に至ってはただのアイドルなのだ。


「長岡さん1つ質問がございます」


 鏡子は長岡に聞いた。


「この協力には当プロジェクトの監査と別な意図があると感じております。説明の程をお願いできますか?」


「承りました、この協力には目的が3つあります。1つは貴団体の監査、こればかりはわたしの一存で決められないものでして申し訳ありませんが本日伝える形になりました。もう1つは江崎グリコの警護。最後の1つは有力なサバゲーマーのリクルートです」


「俺の方からもいいかい?」


 鉄眼が挙手をして長岡が発言を認める。


「門外漢のあんたらは知らんだろうから説明しておくが、江崎グリコって言ったらサバゲー界隈で今一番ホットな話題だ。アイドルで美少女だしな、そら悪い虫の1つや2つつくって事よ。迷惑な話だがそこのこわーいおばさんはお宅らの事を買ってくれているんだ」


 鉄目は長岡の顰蹙をどこ吹く風で交わし説明をする。わかりやすく納得のいく理由だなと希は思った。


「はぁ……この前申請した追加予算通してくださいね」


 鏡子は呆れつつも抜け目なく予算の確保に走る。

 そこからは情報共有など大人の話が続き鞄持ちの希とグリコ以外は積極的に参加していた。


「…で、それで江崎、高屋と鉄眼さんそして後藤さんの参加でよろしいですね」


 希の預かり知らぬ場所でなにかの話がはじまっていて「は、はいっ」と答えるしかなかった。そしてみんなでエレベーターへ向かう。聞くまでもなく何がはじまるか荷物(・・)でわかっていた。

 5階下にあったのはグループ6が保有する保養施設、スポーツジムやVRシアター等と並んで一区画に小さめのサバゲーフィールドがあった。

 そのために希はスタームルガーとMP5を持ってきていた。

 チーム分けははじめは希、鉄眼と江崎グリコ、高屋ジンでわかれた。ゲームルールは殲滅戦だ。


「よぉ、俺の方からもお嬢ちゃんの実力見させてもらうぜ」


 セーフティで鉄眼はエアーコッキングライフルを弄りながら希に言う。仕事中は知らない人とお喋りをあまりするな、する必要がある場合はなるべく無関係な話をしろと鏡子に言われた。


「鉄眼サンってスナイパーなの?」


「いんや、広く浅く(・・・・)だな。コレを持ってきたのは楽できる(・・・・)からだ」


「ふーん」


 そこからはお互い無言で支度を続けフィールドに入場する。広くないものの3人ずつ程度であれば十分な広さのフィールドで障害物が6つ均等に置かれている競技サバゲー(UAB)フィールドみたいだと希の知識で感じた。

 2人が入るとガラス張りの側面から鏡子と長岡が見ている。向こう側からはグリコ達が入場する。高屋はスナイパーライフル、グリコはハンドガン2本持ち、いわゆる二丁拳銃というヤツだ。

 ブザーの前にカウントが鳴り始め、ブザーが鳴った。

 希は定石どおりにMP5を構えて障害物越しに敵陣へ向かって移動する。すると最序盤にグリコと遭遇し希は面食らった。自らの腕を過信していたわけでない、無駄のない行動を取ってしても6つある障害物で1つ目の障害物で遭遇した事が驚きであった、MP5を向けたものの二丁拳銃で2発同時に撃たれた。

 しかし突出しすぎたグリコは鉄眼のライフルの狙撃に晒される、しかしそれを予測していたかの様に高屋の狙撃に晒され鉄眼は障害物越しに隠れるしかなかった。すると突出しすぎていた事が弱点から強みに変わったグリコの強襲を受け敗退する。

 1敗。

 メンバーを替え鉄眼と高屋、グリコと希という配置になった。

 セーフティにてお互いに無言で支度を行う、気まずくもないがかといって少々寂しい感じ。

 無言のままフィールドに出るとブザーが鳴る。グリコは先行して希は前回の定石どおりの動きをせずグリコを追跡する。グリコは障害物を弾や視界を防ぐ有用なバリケードではなく邪魔なオブジェクトとしてしか見ていないような動きで突撃する、特徴的なのは姿勢をかなり低くとり足で歩くというよりも飛翔を繰り返すような動きで移動しその際に銃を構えず両足だけじゃなくて両手も使ってバランスを取って地面に手のひらを付けることも厭わない動きをしている事だ。

 高屋と鉄眼は障害物を使い十字砲火が引ける場所に陣取っていた、希はそれぞれの銃口を見て最小限の動きのみで数発を躱すが当たってしまう。

 そのまま退場しても良かったがそれぐらい許されるだろうとおもいしばらく留まりグリコの観察をしたグリコは鉄眼に対して抜き撃ちの二丁拳銃でヒットを取ったがその場面を高屋に狙撃され敗退する。

 2敗。

 次はメンバーを替えてグリコと鉄眼、高屋と希という配置となった。


「よろしくな」


 高屋が気さくに挨拶する。

 この眼鏡の男は鉄眼と同じく全くわからない、鉄眼は希と似た匂いつまり「裏社会の人間」であると感じ取った。しかしこの眼鏡の男からは何も感じない、一般人そのもの。だがこの2戦でどちらも勝っている。


「よ、よろしくおねがいします」


「君、実は結構強いやろ?」


「そっスね」


 珍しく裏がなく褒められるがソツのない返答で返してしまう。言い返してからなんか嫌味な感じがして自己嫌悪。


「いいこと教えたるわ、アレシバくには受け身じゃ駄目ね」


「乗り気で押し込んでも先ず勝てねぇっスよね?」


その言葉(・・・・)が出てくる時点で勝てる可能性あるで、まぁ気張りや」


 江崎グリコという相手に対抗し勝つにはどうしたらいいか。

 そして希はふとある事に気づいた、グリコの持っていた銃だ。彼女の銃はHKP7というハンドガンでサバゲーで使われるには少々珍しい銃だ。その理由は発射機構にあった。

 サバイバルゲームの実用的(・・・)なハンドガンの最低条件として連射できるという事が挙げられる、理由はハンドガンが必要な場面は大抵が接近戦で接近戦に即時に応対するためにはハンドガンが有用で銃撃戦で競り負けないという点で連射できるという事が必要だからだ。

 しかしHKP7という銃は現在時点でエアーコッキングしかラインナップにない、エアーコッキングというエアガンは一々ピストンを圧縮してその開放で得られる力で弾を発射する。簡単に言うならスライドを動かさないと発射できないという事。

 鉄眼や高屋みたいに1発、1発を重視する中遠距離での狙撃に徹するのならそれも選択肢に入る、しかしグリコのとる戦術ならば明確な弱点になり得る。攻めの時には必中できる距離まで迫ってから撃てばいいが守りの時には撃ち負ける。

 追う事は得意だが追いかけられることは不得手ということ。

 そして希はこのフィールド内で電動ガン(MP5)という一番の火力を持っていた。つまりグリコをその火力で追い回すという手札を持ち合わせている。

 グリコを追い回す事が重要になりその上で必要なのが鉄眼の素早い排除だ。

 高屋とその辺りの相談を行い、ある作戦を提案する。


「おもろいな、君」


 高屋は笑いながらその作戦に乗る。

 フィールドに入りブザーが鳴る。希はグリコの動きを確認してからグリコの死角になるようにバリケードを渡っていく、そして途中で敵陣奥深くで狙撃に徹していた鉄眼を目視する。

 目視しつつ全身の関節と四肢の動きで銃口(キルゾーン)から身体を反らす、明確に狙ってきている相手に対して連続して2発までなら確実に避けたと認識させられる。希は歩きながらMP5で鉄眼と撃ち合い、途中で障害物を挟んでインターバルを作り2回目の攻撃を行いヒットをとる。それと同時に高屋のヒットコールが聞こえた。

 とりあえず作戦の下地は整った。この時点で1対1の状況だ。

 この時点で希が推測するグリコの強みとは相手の隙きを付くタイミングが巧い事。それを防ぐには常にグリコを追いかけなければならないがそうなると鉄眼の狙撃に晒される。

 故にグリコを無視し先ず鉄眼の排除を行いそこから1対1に持ち込む。そしてここでようやく火力が生きる、希はここでもう一つの仕掛けを動かすべくサイドアームのスタームルガーを抜いて二丁拳銃をする、しかしその形は歪で右肩でMP5のストックを支えながら右手指でスタームルガーのトリガーを握りそれを脇に挟んで、左手でMP5のフォアグリップを握る。側面から見たらMP5を構えてる様に見える形だ。

 そうしてからわざとグリコがいない場所にトリガーを握っていないMP5を向け探索するフリをする。

 しばらく動いていると左側面からグリコが奇襲をかけてきた、希は身体のひねりのみで脇に挟んでいるスタームルガーを向けてグリコにヒットを取る。

 火力をグリコに直接向けるのでなく自らの隙きとして利用し相手を誘い込む作戦であった。

 これでようやく1勝、なんとか希と鏡子の面子は保った。


――――――――――――――――――――――――


 会議と顔合わせ(サバゲー)が終わり鏡子と希は地下駐車場に戻る。

 鏡子が不意に止まり希は彼女とぶつかった。彼女の女性的な見てくれからは考えられないようなしっかりとした体幹と身体の硬さで希は転ぶ。


「いてて……」


 希が顔を上げると駐車場の柱によりかかった鉄眼がいた。赤レンズの大判メガネの内側の表情は伺い知れなかった。


「要件は?」


「2件、1件目は互いに隠し事ナシでいきたいと交渉しに来た。俺は便宜上は雇われのサバゲーマーって事になってて有力なサバゲーマーのリクルートの名目って雇われてるが、アンタと同じく裏側の人間なんだ。ま、雇われのサバゲーマーってのもサバゲーマーのリクルートも事実だがな。んで俺の仕事ってのがとある人物の捜索だ。そこは検索するなよ。どっちも得しない」


「それで?」


 鏡子は冷たい視線を鉄眼に送りながら聞く。


「俺もあのこわーいおばさんと同じくあんた達の事は買っているんだ、そっちの嬢ちゃんもな。それであんた達の情報網(・・・)を借り受けたい。探してる人物ってのがどうにも見つからなくてだな」


「自分たちで探しなさいな」


 鏡子はけんもほろろに返す。


「まぁ待てって、テイクの方も聞いて欲しい。俺はあんたらの隠し玉(・・・)の内容を知っている、だからといってヤツ(・・)に言う義理もない。だからあんたがこの件にノッてくれたら偽装工作を一手に引き受けてやれる。あんたたちはあのこわーいおばさんに痛くもない腹を探られたくないだろ? だったら動きやすい俺のほうが適任だと思うのだがな」


「えっ、マツケン(・・・・)の事知ってんの?」


 希は言ってからそれ(・・)が失言だった事に気づく。鏡子はため息をついてから「協力しましょう」と鉄眼に応えた。


「それで2件目は?」


「デッカーズ行くならクルマ乗せて」


 鏡子はまたため息をついてからクルマのドアロックを開けて希を後部座席に押し込み、鉄眼を助手席に座らせた。鉄眼が今デッカーズに行くことはたしかに合理的であった。


――――――――――――――――――――――――


 デッカーズに鏡子、マツケンを始めとした計画の主要な面々と鉄眼がいた。


「これから人員の再編成を行う。あとお荷物が3名来る上に内2名はグループ6の幹部だ、向こうにはその意志は無くともこちらは悪意(・・)を隠す必要がある。松岡、お前は暫く店から外す。その代わりにセーフハウスで裏工作の方をメインにやれ」


「いや、それは逆がいいな」


 鏡子の指示に鉄眼が口出しする。計画の面々は鉄眼を見る。不審、疑念、異物扱い。いきなりやってきた鉄眼に対し降り注ぐ感情はいいものではなかった。しかし鉄眼はそれらに全く怖気づく事すらなく話をを続ける。


理由(・・)があって松岡さんにこの店を任せていたのだろう、だったらこの店には松岡さん含め最低限の人員だけ残して、おたく等がこの店との関わりを切った方がいいだろう。秘密基地として使う分にはいいだろうが、グループ6を迎えるには別な拠点が必要だろうな」


 鏡子は少し思案する。確かに今ではなくともいずれ仕込みはバレるものと運用をしていたのも事実だし松岡健二という男が今ここにいる事に何ら違法性はない。

 鏡子は少し思案を巡らせてから「それでいこう」と鉄眼の意見に納得し指針を変える。


「そこで俺たち(・・・)が偽装拠点として今、用意できる物件を紹介しよう」


 鉄眼が借り受けたパソコンを操作して現地写真を写す。そこは1階はルブレという喫茶店で鉄眼が操作をして写真を動かす。


「すぐ調達できるのはこのビルの4階だな。オフィス一式とトイレ、水道、給湯器のある事務所だ、住むには向いてないがな。あと旗竿地になるがこのビルに併設されてる駐車場も一番手前のボロいボルボが置いてある場所以外は好きに使っていい。連中(グループ6)と打ち合わせするだけなら下の茶店がいい感じだ。後日ウチの手の者がここに人を寄越すからそこから話を詰めてくれ」


 そこからは鉄眼と鏡子と計画の面々で詳細が詰められる。


「それと松岡さんにお願いがあるのだが、ちょいと別件で雇用主とトラブってるガンショップの店員ってのがいて、それの再就職先ってのを探してるんだ。あんたになら任せていいと思った、逆に店側も即戦力が手に入る。見てきたところここ結構てんてこ舞いでしょ?」


「ちょいと待ってろ」


 松岡は会議室から出てビラを何枚か持ってきてそれらを鉄眼に渡す。それは従業員募集の案内であった。


「そいつが誰だが知らないがこれを渡しておけ。相場で雇ってやる」


 鉄眼はその内容を確認してから「ありがたく頂いていくぜ」と言って受け取った。


――――――――――――――――――――――――


 吾妻円の懐事情は依然貧しいままであった。財布や預金通帳とにらめっこして学食の素うどんのみをすすり涙し欲しいエアガンやアイテムを逃す毎日に心が疲弊してきた。

 そして家へ帰ると、本宅の方が賑やかであり、円と祖父と姉が暮らす別宅は寝静まった後の様に静かだった。

 何事かと思い本宅へと入っていく、見慣れない靴は一足だけだったので祖父や父の寄り合いではない事は確実であった。


「誰か来てるの?」


 円は暗い客間ではなく明るく楽しい喋り声の聞こえる食卓に顔を出す。そこには円の祖父と姉ともう1人がいた。


「おう、円。久しぶりだな」


「テツ兄!」


 円は彼と久しぶりの再会に驚く。(くろがね)(あきら)、通称テツ兄は円の近所のお兄ちゃんであった。精悍な身体つきに短く整えられた髪と人好きのする笑顔は最後に会ったときと何も変わってなかった。

 円が流行り物に熱を上げずに映画マニアになり引いてはガンマニアになった理由が彼の存在であった。

 幼少期の円は運動神経が悪く内向的だったためあまりクラスに馴染めなかったところを吾妻家が持っていたアパートの一室にいたテツ兄が見かねて家に上げて面倒を見て映画などを見させていた。そこで円は映画やアクションシーンに熱中した。こたつに入りテツ兄と談笑する。


「当時の円は泣き虫でびーびー泣いてたし、めっちゃ怖がりだったよなー。ベネットでガチ泣きしてたのなんか可愛かったよな」


「やめてよーそれ小学校低学年の頃でしょー」


「ベネットで思い出したけどさ顕さんさこれ見てよー」


 円の姉がスマホを顕に見せる。円もテツ兄の後ろから覗く。

 そこには秘密の特訓(・・・・・)が映っていた。黙々と懐から銃を抜いて構えたり次の動画にスクロールするとずっと銃を正面に構えてる動画が映っていた。


「円もサバゲーやってんの!?」


「やってるかやってないかで言ったら……微妙。まだ3回しか参加してないし」


 これまでの事を思い出し円は答える。


「いつから始めた?」


「今年の3月30日だから……」


 ここは初めてのサバゲではなく部長とはじめて会った日を選んだ。


「今まだ4月の何日だっけかとりあえず最終週だろ? 十分過ぎる位っていうかやたらめったらに参加してるな、金大丈夫か?」


「実はあまり大丈夫じゃない……かも?」


「まぁ、そうなるわな」


 そこからは話題が代わりまた楽しい宴会になった。テツ兄は仕事の都合上しばらくこっちに戻るらしくまたちょくちょくとここに顔を出すそうだ。


「んで、俺がここに来た理由ってのはまぁこれ(・・)なんだよ」


 宴が終わりテツ兄は円の部屋にいた。


「帰る部屋ないの?」


「あるがこれ(・・)が無い」


 テツ兄は目の前にある大量のDVDと大型テレビを指差して言った。これは円がテツ兄と別れてから孤独に収集してきた宝の山であった。


「話を戻すのだが、お前、金無いんだろ?」


「うん」


「金欲しいだろ?」


「うん?」


「じゃあいいバイト先教えてやる」


 テツ兄は懐から一枚のビラを円に渡した、それはデッカーズの求人募集のビラであった。

 正社員登用条件の下にパート従業員の募集もしているとあった。


「履歴書の書き方も教えてやるよ」


 テツ兄はテレビのリモコンを弄り録画一覧から犯罪都市を選んで再生する。


――――――――――――――――――――――――


 加藤拓郎は公営のシューティングレンジへ足を運んでいた。ここは都市行政が00年代に作った所謂箱モノと呼ばれる施設の跡地を再利用して作られたシューティングレンジである。

 加藤は2人分(・・・)受付を済ませセーフティで愛銃の2丁のデザートイーグルの整備を行う。人はまばらで皆自分の銃かターゲットに集中している。

 加藤のデザートイーグルは東京マルイのデザートイーグル.50AEをベースとしたカスタム機で外観はフィンガーチャンネルグリップとバレルと一体型のコンペンセイターがついている。全く同じものが2丁あり、かばんから取り出したファーストラインには右側はサイドホルスター左側はバックサイドホルスターである。


「待った?」


 受付の方から彼がやってきた。ぼろ切れみたいなマントにつばの異様に広いジャングルハット、赤レンズの大判メガネとその下のエアダクト付きのマスク、鉄眼だ。


「俺も今来たトコだ」


「ちょっと失礼してっと」


 加藤の向かいに座り鉄眼はスマホを操作して加藤のスマホに写真データを送る。

 加藤は作業の手を止めて自分のスマホからその写真を確認する、見たところかなり解像度は荒くその写真が何世代も前のデジタル機器で撮影された写真であると一目でわかった、一目見ただけでは若い女と中学生ぐらいの少年である事と撮影された日時がだいぶ前の夏であるということがわかった。映ってる2人はとても仲良しで女が脇の下で少年の首根っこを掴んでVサインをしていてとてもいい笑顔をしていた、注視してみると女と少年はサバゲーマーであるらしく女の胸元にはおそらくKG-9が、少年の手元にはエアーコッキングのM4らしきものが握られている。


「その写真に写ってる女の方知らない?」


「ガラケー時代の写真だろ」


「うん、依頼主(クライアント)曰く20年前の写真らしいよ」


「いたとしても今もサバゲーやってるかどうかなんてわからんだろ?」


「そこツッコんだら曰く確実にやっててなおかつこの街にいると回答があったみたい。理由は聞いてないけどね」


「この時代に10代後半か20代頭ぐらいで今までずっとサバゲーやってとなるとかなり限られてくるわな、俺の方でも探ってみよう」


「それで本題、加藤クンの再就職先(・・・・)見つけた」


「マジか、恩に着るぜ」


 加藤はその報告に喜びを隠せなかった。前の職場を解雇されてから数ヶ月、多少の副収入や副業があったとはいえ預金通帳の中身は減っていくばかりで本格的な軍縮、つまり所有するエアガンや装備の売却やそれでも足りない場合は生活の質を落とす事すらも本気で考えていたのだ。


「加藤クンが働いてないと僕らもおまんまの食い上げだからね」


 鉄眼は懐から一枚のチラシを加藤に渡した。


「街道沿いのデッカーズって店ね」


「出来たのは知ってるが行ったことはねぇな」


 鉄眼は世間話をしながら手早く自分の銃の用意を済ませる。

 鉄眼の銃はマルシン工業のスーパーレッドホークアラスカン、トリガー部分はカスタムされていて大型化している、またかなり使い古されているのか特にトリガー部分の塗装ハゲがひどい。

 いつの間にか、カートリッジの用意も済ませていたらしく先に来ていた加藤と同じタイミングでレンジへ入れた。


早撃ち(クイックドロウ)しようぜ」


 加藤も鉄眼も神経を集中させタイマーが鳴るのを待つ。

鳴った途端に加藤は2丁のデザートイーグルで的を狙い、鉄眼はレッドホークを抜き腰だめ撃ちで1発を的に叩き込む。

 2人共に的を手元に寄せる。加藤は頭部と胴体中央に1発ずつ当たっていて鉄眼は1発が胴体に命中している。速さでは鉄眼の勝ちだが正確性では加藤の勝ちだ。


「相変わらずすげぇ技だよな」


 鉄眼は加藤の的を見て言う。加藤の同時ダブルタップはいつ見ても芸術的だ。


「これ一本でのし上がったみたいなモンだしな」


「そういや加藤クンって昔から二丁拳銃やってたけど、オフでも二丁拳銃なんだね」


「おう、二丁拳銃はいいぞ。まず弾数が倍になる」


「まぁそりゃそうだよね」


 加藤は当たり前のことを説明する。


「それでだ両方ハンドガンならハンドガン戦にも出れるしそうじゃないなら片方小さめの電動にしてもいい」


 鉄眼は加藤の説明を聞く。


「それで何より一番いいのが身軽なんだ。コレはデカいぞ」


「確かに加藤くんサバゲー中ってその装備で動き回るよね」


「それ以外にも行き帰りも身軽になる、俺はものぐさだからな。装備マシマシにするよかその装備分でもう一本銃持って装備抜きにしたほうがいい」


「なるほどね」


 鉄眼は加藤の説明に納得をする。

サバゲー解説


二丁拳銃


いわゆる銃を両手に持って戦闘に参加する個人戦術

これの利点は作中でも言われているとおりで、銃を同時に2丁構えていてその両方を同時に使える点である

2丁の銃を同時に使える利点は多くあり

・装弾数が倍になる

・特性の違った銃を同時に使える

・ハンドガン戦においてはレギュレーションを守りつつ火力の増強ができる

・意図的に火力の増強ないし調整ができる

・ゲーム中に身軽に動ける

・サバゲーの行き帰りが楽

等ある

また欠点もあり

・銃を片手で持つ性質上持てる銃の種類が体格で限られてくる

・重かったり重心の偏った銃を持つと腕が疲れる

・リロードやコッキング等の操作が難しい

・銃が2本必要

等があげられる


主な二丁拳銃のテクニック


火力集中

主に火力を集中させたい時に使う基本戦術

相手を障害物に釘付けにしたり固まっている相手を一網打尽にする時に使え、セミオート戦やハンドガン戦で特に有用である

方法はトリガーを連射すること

フルオートと違う点は同時に2発撃てて理論的には2人同時に狙える事と連射性能を落とす代わりにセミオートよりも強い火力を持続的かつ能動的に出せる事である


ツーメイン

二丁拳銃でありながら片方の銃を単独で使っていく戦術

主に継戦能力を高めたり、左右で別の銃を使う際に有用


ドッグファイト

射角を正面に固定し戦闘機のドッグファイトみたいに移動しながらの射撃を行う機動戦術

主にゲーム序盤に敵陣を荒らす目的や単独でのフラッグキャッチを試みる際に有用である

方法は銃を両方前方に構え歩くよりも早く移動し、視界は広く取りつつも射角は正面のみに固定する


ハムナプトラ撃ち

射角を腕だけでなく腰や足などを使って可動させる戦術

主に入り組んだ地形や広範囲を防衛したり障害物を使った撃ち合い等広い射角と火力が必要な場合に強い

ハムナプトラ撃ちと言われるが所以は同作の主人公リック・オコーネルが特徴的な撃ち方をしていると三代目の友人が語っていたため


変則ダブルタップ

主に二丁拳銃で1発ずつ相手に当ててダブルタップを行う戦術

ダブルタップをしつつ継戦能力を高める戦術


偽装二丁拳銃

今回の話で後藤希がやっていた戦術

銃を2本持ちながら片方は使わない

基本的に今回の読み合いよりもメインアームが弾切れや故障になった際のブラフとして使う


ムカデ

正確には二丁拳銃とは別の戦術であるが相性がいいので挙げておく

ムカデは多数の銃をホルスターなどで所持してリロードの代わりに新しい銃に切り替えていく戦術である


またこれらの戦術を組み合わせて自分の手札を増やすのがいいと思われる

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― 新着の感想 ―
>ムカデ 遥か昔、マルイの1900円シリーズに実用的なスペアマガジンが無かった頃、6丁持ちでゲームしてる奴とか居ました。 今はムカデなんて呼名が有るのですね。
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