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07.Cake Face Act.2

 昨日、吾妻円は1万円にも満たない金額だが彼にとっては満足の行く買い物を行った。

 支度をする際に少しも迷わずにガンケースにタクティカルマスターを入れかばんの中にゴーグルとグローブ、ガスとBB弾、BBローダーも入れ登校する。ようやくサバゲーマーとしての一歩を踏み出せたのだと実感する。

 今日は部室のシューティングレンジを使おうなどと考えながら講義を受けた、同じ講義に加藤たまきがいたので軽く挨拶してから隣の席に座った。たまきは相変わらず小さな体躯で長いガンケースを背負っていた。

 1限の講義が終わってお互い2限が無かったのでたまきと歩きながら部室に向かう。


「ガンケース買ったんだ」


「開け方がコツいるんだけどね、とても良いものだよ」


 話しながら部室に向かうと田所ヨウとシイちゃんがすでにいた、ヨウはエアガンのメンテナンスをしていてシイちゃんはミシンを踏んでいた、部長は不在であった。2人共作業の手を止めて話の輪に入る。


「へー、どやって開けるん?」


 ヨウがガンケースを持ち上げて色々と弄る、円はドヤ顔でガンケースを一発で開ける、夜中に練習した甲斐もありすんなりと開いた。


「それに買いました、マイゴーグル」


「おー」


 シイちゃんが拍手してくれた、円は被って付けてみた。


「似合ってるのー、写真撮っていい?」


 円は快く許諾しシイちゃんがスマホで写真を撮る。


「それでさ吾妻はともかく加藤もシューティングレンジ使いたいだろ?」


 円はゴーグルを外しながら頷く。


「残念だが今日は使えないみたいだ」


 ヨウはシューティングレンジを開ける。円たちが覗くと足元には様々な大きさのガンケースや銃の化粧箱が所狭しと敷き詰められていて、台の上には書き置きがあり「本日シューティングレンジ使用禁止、ごめんね」と部長の文字でホワイトボードに書かれていた。


「今日は部長コレクション(・・・・・・・・)のメンテナンス日なの」


 シイちゃんはカレンダーを指差す。今まで気づかなかったが今日の日付にメンテナンス日と書かれていた。


「そこでだ、いいアイデアがある」


 ヨウが耳を貸せとジェスチャーして円とたまきは耳を貸す。


「サバゲー部のシューティングレンジを使おうかと思う」


「サバゲー部……」


 円はその言葉にビクッとした。


「大丈夫だって。今の時間人少ないから3人分は無理だろうけど1レンジ位は開いてるだろ。加藤も行くだろ?」


 たまきは「行きます」と答える。そうなると円も行くしかなくなる。今日のためにBB弾とガスも用意してきたし何より円自身も撃ちたい気分だったのだ。

 そうしてシイちゃんに留守を頼み3人でサバゲー部の部室へ向かう。


――――――――――――――――――――――――


 サバゲー部へと到着する、円は何となく嫌な感じがしたがヨウとたまきがいるから大丈夫だろうとタカをくくった。それがいけなかった。

 なんと昨日の3人組とバッタリ会ってしまったのだ。


「オマエはッ」


 最初は円を見て因縁をつけに来たのかと身構えたがどうやらヨウに用があるらしく円はスルーされた。


「何だ?」


「えっと……その、この前助けていただいた時の」


 たまきも何か因縁があるのか円の背中の後ろに隠れる。


「オマエのせいで俺らのサバゲー部での立場ガタ落ちだ」


「セクハラ三兄弟だなんて言われてるんだぞ」


「そうだそうだ」


「今、完全思い出した」


 ヨウがようやく彼らの事を思い出したらしい。


「元から落ちる立場なんざねぇだろ? オマエら」


 そしてその言葉は彼らの逆鱗に触れたのを円は即座に悟った。


「今、何て言った?」


「落ちるほどの立場もねぇだろって言ってんだよ。ユキヲにおんぶにだっこで脳みそ溶けてんのか?」


「誰におんぶにだっこだって?」


 円が振り向くと今円が最も遭いたくない人物と遭ってしまった。そこには円を新歓から追い出した本人がふてぶてしくたっていた。あのメガネ、デザインヒゲにロン毛を忘れるわけがなかった。


「あん、ユキヲか? 手前の子飼いぐらいちゃんと躾しておけよ」


「先ず僕は彼らのボスじゃない、あくまで僕らはクリエイターで彼らは……」


「オマエんとこのバカ犬共(・・・・)がどこでもなりふり構わず腰ふるから躾けろって言ってんだよ。そんな小学生並みの読解力でよくココに入学できたな。偉いセンセのしゃぶって裏口入学でもしたか、あ?」


「少し怒ったぞ」


 ユキヲと呼ばれた男は言葉とは裏腹に顔を真っ赤にしている。


「少し冷静になろう、ここはサバゲー部だ。問題が起きたのならサバゲーで解決しよう」


 ユキヲは自分に言い聞かせるようにそう話す。この場で現状部外者である円から見ても明らかに怒っていた。


「まりちゃん、小フィールド(スモール)を抑えておいてくれ」


「は、はいッ」


 ユキヲの後ろから「まりちゃん」と呼ばれた大判眼鏡をかけた地味で猫背気味の巨乳な女の子が出てくる、急いでフィールドの調達に向かうが途中で椅子に足を引っ掛け転んでしまう。


「おいおい……大丈夫か?」


 ヨウが心配そうに向かいまりを起こすのを手伝う。


――――――――――――――――――――――――


 サバゲー部の小フィールドにて、ヨウたちのチームとは別室のセーフティに里見ユキヲ、真壁まりそれと渦中の3名のヒーローズメンバーの5人がいた。


「全くキミ達みたいなどうしょうもない面子の尻拭いも手間がかかるな」


 渦中の3名は床に正座している。ユキオは椅子に座り彼らと話をしている。


「これは独り言だけど今回のゲーム、田所側は勝ち負けに拘るだろうけどウチは勝ち負けに拘らなくてもいいんじゃないかな?」


「で、でもユキヲ君……」


 正座している1人がユキヲに意見をするユキヲはにこやかに意見を聞く。表面上はにこやかにしているがユキヲをボロクソに中傷した田所に対しては憎悪を抱いている。


「何か?」


「あんだけ大口叩いて田所に負けたら悔しいじゃんかよ、なんかいつも(・・・)みたいな作戦は無いのかよ?」


「まず正攻法で行って田所に勝てるとは思えないんだよね、キミ達程度の三下(モブ)が束になっても」


 ユキヲは事実を3人に伝える。田所ヨウというサバゲーマーは誰とも組まない一匹狼タイプとはいえ実力はその辺の強いとされるサバゲーマー達と比べても頭一つ抜けた強さがあり場数はかなり踏んでいると聞く。

 一方のこの3人は装備こそは整っているもののそれだけだ、著名なサバゲーマーはともかく強いサバゲーマーの噂も情報通であるユキヲの耳に自然と入る。この3人の噂は全く聞こえてこない。つまりその程度の実力、十把一絡げの存在(モブ)に過ぎないのだ。


「これはあくまで独り言だけど、キミ達今日は長物を持ってきてるだろ?」


「ああ、リミットレス(・・・・・・)のM4を持ってきてる」


「なおさら都合がいい(・・・・)


 ユキヲはおどけながら顔を近づけて説明を続けた。


「もし仮に負けたとしてもあの田所に「一矢報いる」ならばキミ達はどうするべきかな?」


「それって」


 ユキヲは3人組に顔を近づけて「やっちまいなよ」と囁く、それは悪魔の提言(・・・・・)であった。

 3人組はそれを天啓(・・)と受けとり意気揚々とフィールドに入る。

 それを手を振ってにこやかに見送った後にスッと無表情になる。頃合いを見計らったのかまりが部屋に入ってくる。


バカども(・・・・)と話すと疲れる疲れる」


 ユキヲはまりに向かって愚痴を言う。


「比較的金持ってたから好き勝手許してたけど別に彼らにこだわらなくても(・・・・・・・)よくなったんだよね」


出資者(スポンサー)付きましたからね」


「それで僕は忙しいから後の対応よろしくね」


 ユキヲは「じゃあ後ヨロシク」と調子よくその場を後にした。


――――――――――――――――――――――――


「ここの小フィールドはハンドガン限定なんだ、だからハンドガン持ってない加藤抜きでわたしと吾妻の2人で行く」


 フィールドのセーフティ内ではヨウが仕切り、作戦を練っていく。

 相手とは別室らしくこの部屋にはヨウとたまき、それに円の3人しかいない。


「とりあえず3対2になる、吾妻はわたしの後方でバックアップしつつ左右、後方からの奇襲を警戒しろ、わたしが連中なら1人か2人そこに回す」


 円は内容よりもブリーフィングっぽいなって軽い感動を覚えていた。


「正攻法で行けばホームグラウンドだから単独でヨユーで勝てる相手だけど、この前の事があったからな。期待はしてるぞ」


「この前のゲームカッコよかったよね!」


 この前の事と言われ前回の活躍を思い出す。あの時は無我夢中で作戦を考えていたのでたまきの言うかっこよさとか気にしていなかった。

 そうしてから2人でフィールドに入る。かなり狭いフィールドでベニヤ板で区切られた辛うじて1人分が通れる通路がびっしりと敷かれている。

 正方形に近いこの部屋は例えるなら口の字の右上の端がそれぞれのチームのスタート地点となり片方は時計回りにもう片方は反時計回りに移動して接敵するフィールドらしい。狭い空間を最大限に利用した形になっている。

 フィールドに入ってからしばらくすると何の前触れもなくいきなりブザーが鳴る。

 ヨウの背中を追いつつ左右と背後を警戒する。通路が狭く視界内に死角が多いため集中力を凝らし警戒しながらながら移動していたらヨウを見失ってしまった。

 円は映画で見た知識を元に壁を背に向けて待とうと考えたがふと自分から動いたほうが確実に勝てるのではと推測する。このフィールド自体は狭く複雑に入り組んでいる様に見えるものの極端な事をいえば角が3つあるあみだくじの線だ、壁に背を向けて待っていたとしたら三方向、正確に言えば自分たちが来た一方向は選択肢から外すので二方向からの奇襲に常に警戒しなければならない。一方、常に移動をしていれば通路の狭さもあり視認したとしても撃たれる前に通路の向こうに渡れる可能性が高く、発見するかされるかして攻撃されればフィールドの狭さもあり敵の位置はほぼ確実にわかる。

 ヨウは既に戦闘を始めたらしく激しい銃撃戦が繰り広げられてるらしい。


「シュバ、シュバ」


 通路を抜けた円を弾が掠める、敵は待ち伏せしていたため狙いは正確だった、ただ円の背の低さに加え移動してる姿勢の低さを知らずまた正面ではなく通路の間を左から右に渡っていたため、数発は通路の左側の壁に当り数発は偏差射撃を行ったのか数秒前に頭があったであろう場所に当たっていた。

 円は次の角を曲がる手前で踵を返し数秒間後方を警戒をして追撃が無い事を確認してから来た道を戻る。あえて来た道を戻ることで相手が予測しているであろう次の射線から外れ、自分は真正面を向きながら攻撃に移れる。部長のインストラクションの中に銃の構えづらさの話があった。円は無意識にその話を思い出し即席で思いつき、そして実行に移した。

 ただ相手も円の意図を察したのか先回りせずそのまま円を追跡し円が通り抜けた角で相手と急接近する、目と鼻の先には銃口があった。ただ円の背の低さを認識しておらず銃口は頭より僅かに高い位置を向いていた。

 円が銃口(・・)を認識した瞬間、空気が重くなり相手の動きも遅くなった。まるで走馬灯が如くスローモーションで頭に色々な情報やイメージが流れる。

 指の筋肉の細動から頭や顔、ゴーグル越しの相手の視線の動きから推測される動きまで全てがわかった。

 しかし思考だけは通常通りの速度で動いている。

 避けるにはこの距離だと避けの速さよりも銃を向けられ撃たれる方が早いから間に合わない、撃つには円の銃が下を向きすぎている。

 円は銃口が近い(・・)事に気づく、黒く無骨なカスタムハイダーからはいつでも5.56ミリ弾が発射されそうな威圧感を感じる、しかし不思議と恐怖は感じなかった。まだ、勝機はある。

 そしてひらめいた。

 相手とは2歩いや1歩半の距離があったが円は動いていた感性で左足で1歩踏み込み左側の肩を前に出し相手の銃口を肩越しに下がらない様な姿勢をとる。

 うまい具合に肩と首で相手の銃の動きを防いだ。そして自分のタクティカルマスターの銃口は相手の身体よりもずっとこっち側にある。狙いの速度が早いなら物理的に狙わせなければいい。至極明快な解だ。

 肩に鈍い痛みを感じる、相手が無理やり銃口を下げようとしていた。それに反発するように円は踏みとどまる。

 そうしてからあの時(はじめて)よりもずっと丁寧に爪の付け根の裏を意識し指の骨で引き金を引く、ただし狙いをつけず腰だめで相手に当てる。そして意識が僅かに薄れかけて意識を手放しかけた。

 気がつくと円は星間を航行をしていた。そこには取り留めもなく様々な記憶が流ていった。

 はじめて銃を「かっこいい」と認識した時。

 銃のおもちゃが欲しくて誰かにねだったものの「違うものにしなさい」と言われた時。

 誰かと一緒に「コマンドーかランボー2か」をこたつに入って討論していた時。

 映画を作り「やっぱ映画にはコーラっしょ」と誰かが大きい紙コップにコーラと氷を注いていた時。

 宴会で「入部止めてくれる?」誰かに言われ悔し涙を流した時。

 何かを手に握り「それ、興味ある?」と問われた時。

 そしてふと2人の誰かが円の両手をひっぱる。その2人の顔は取り留めもなくぼやけていた。

 でもなんとなくその2人が円にとって大切な人である事だけは知っていた。


 「丸だ、名前を覚えるのが面倒なら部長でいい」


 「改めて……よろしくおねがいしまス」


 次の瞬間肺が悲鳴を上げ視界に星がちらつき危険信号を感じる、息をすることを忘れていたらしく慌てて肩で息を吐いて吸った。そうしたら世界の速さは元に戻っていた。

 円はそこで2つの違和感を覚えた、1つ目は相手の銃(・・・・)がハンドガンでないこと、2つ目は未だに銃撃音(・・・)からかなり激しい応報が繰り広げられている事。

 1つ目は置いておき先ず2つ目の謎を解くために先行しているヨウと合流すべく警戒しながらも探す、ようやく見つけたヨウは遮蔽物に隠れながら座っている、手元のPx4はホールドオープンされていてどうやら弾切れらしい。

 遮蔽物の向こうには激しい弾幕が展開されている。


無事だった(・・・・・)か」


 円は頷いてヨウの隣に来る。


「連中、どうやらマジで頭に血が登ってるらしい。ヒットコールしても何しても撃つのを止めないから弾切れを待ってる」


 ヨウは親指で障害物の向こうを指差す。


「そういや残りの1人どした?」


「倒しましたよ」


「ゾンビしてないのか?」


ゾンビ(・・・)ってなんですか?」


「あー、知らねぇのかー」


 ヨウは障害物越しに顔を覗かせながら話す、ヨウの顔をめがけてBB弾が狙いすましたかの様に飛んでくる。相手は圧倒的有利からじっくり(・・・・)と事を進めるため、狙撃に専念している。つまり今は膠着状態になっている。


「丁度()だから教える、サバゲーってのはヒットされたら退場ってのが基本なのは知ってるよな?」


 円は頷いた。


「そのヒットされて退場しないのが撃っても(・・・・)当てても(・・・・)死なない(・・・・)ゾンビって事だ、ちなみに今は相手1人とわたしがゾンビ状態」


「それで帰らないんですか」


「バカ、今わたし帰ったらお前が集中砲火食らうんだぞ。もはやここにライフル持ち込んだ時点でゲームじゃねぇんだよ」

「大方ユキヲにそそのかされただろうな」


 ヨウが説明を切り上げる。


「さて、どうしたものか……」


――――――――――――――――――――――――


 たまきはフィールド内で行われているゲームが異様であると音で気づいた、助けを求めるべく外に出てある人物(・・・・)を探した。

 外のラウンジでも中の異様さが伝わってきていたらしく騒がしくなっている、観測室のモニターの前には人だかりが出来ている。

 観測室のモニターに写っている円とヨウはどうやら同じ場所に隠れているらしい、別撮りでは男が2人電動ガンで狙撃に専念していた。


「すぐ中止させなさい!」


 報告を受けた新堂エリが観測室で陣頭指揮を取っている。しかし全くまとまりがなく。残念ながら今のエリにこの騒ぎを収める実力はないに等しかった。

 男たちが狙撃では埒が明かないと悟ったのか突撃しヨウたちもそれを迎撃しようとする、次の瞬間男たちの後方から謎の人物が現れる、インターセプトボディアーマーにバイザー付きヘルメットにネックバイザーまでついている。

 次の瞬間謎の人物は手に持っていたハンドガンらしきものを男の1人の後頭部に接射で当てる、男の後頭部からはポップコーンみたいにBB弾が跳ね返り手際よく再装填してもう片方の男に向ける。


「モスカートの接射……味わってみるか?」


 くぐもった声の脅迫と眼前に向けられた大砲そのものに対しアサルトライフルは無力であった。

 男達は観念したのか銃を置いて両手を上げる。重装甲の後ろからゴーグルだけを付けたサバゲー部員達が次々と入ってくる。

 乱痴気騒ぎは終わったのだ。


――――――――――――――――――――――――


 円とヨウはサバゲー部の多目的室で新堂から事情聴取を受けていた。


「全く、サークル辞めるって大見得切っておいてなんで戻ってきてしかも厄介事まで起こしてるのかしら?」


「シューティングレンジの持ち分位消費したっていいだろうがよ。それによ前回も今回も突っかかってきたのは向こうだぞ。サバゲーの管理不足なんじゃねぇのか?」


 新堂はため息を吐きながら「全く、このヤマネコ女は」と呆れている。


「2人は知り合い?」


 円は意を決して間に入る。


「ああ、紹介してなかったな。新堂エリ、わたしの子分みたいなものだ」


「子分って何よ!? アンタの下についた覚えはあーりーまーせーんー」


 円は新堂エリという名前をよく覚えていた。


「えっと、この前連絡差し上げた吾妻です」


「吾妻……ああ、あの時(・・・)の吾妻くんね!」


 新堂は思い出したかのように話を続ける。


「サバゲーしててくれるのは良かったんだけど、なんでこんな自己中なヤマネコ女なんかとつるんでるのかしら」


「自己中ってワタシの事かよ……」


 ヨウは呆れながらツッコミを入れる。


――――――――――――――――――――――――


 真壁まりはカラオケボックスの外階段を急いで登っていた。この時間はエレベーターよりもずっと早い。

 カラオケボックスの部屋には既にヒーローズメンバーが勢揃いしていた。

 昼に一緒にいたヒーローズのブレーン役の里見ユキヲ、ヒーローズ随一の実力者である池谷ムサシ、若手の新メンバーながらも人気動画配信者(tuber)としてのキャリアのある若宮ツカサ、技術担当で三枚目の手塚カズノリ、教官(アグレッサー)のK2ことキンバリー・キムとその相棒の巨漢スタンことスタンリー・エイブリー・アトラス、そして一番奥にヒーローズの代表取締役、陸奥ハルトがいた。

 ヒーローズというグループはいわゆる動画配信者(tuber)集団で、現在サバゲー関係の動画配信者の中ではトップではないものの五本の指に入る位の知名度を持っている。


「おつかれちゃーん、さあさ座って座って」


 カズノリが席を詰めようとするが隣が巨漢のスタンで奥が太めなK2なのでまりはツカサの隣にちょこんと座る。

 ハルトが本題の議題を上げる。


「今日みんなに来てもらったのはメイン(・・・)メンバーの拡充。ツカサくんが入ってくたとはいえユキは撮影と編集もやらないといけないし、キムくんスタンくんそれとカズノリも貢献してくれてるけどあくまで集金とサブチャンネル専門だからもう何人か()を集めておきたいのよね。んで人気取りは俺、ユキ、ムサシそれにツカサくんがいれば十分だからこれからは強さ(・・)を基準にしておきたいわけなのよ」


「ハルトさんがお話されていた新規メンバー参入の件について候補者を何名か集めておきました」


 まりはそう言ってからモニターに自分のラップトップを接続して説明を続ける、そこには何人かの著名なサバゲーマー達が映されていた。

 ヒーローズがこの安カラオケに集まって会議している理由は主要メンバーの拡充が主題であり真壁まりがこの数カ月間にあちこちのフィールドで調査した報告がメインである。


「おい! そいつ(・・・)写すな!」


 あるサバゲーマーが映った瞬間ツカサが悲鳴混じりの怒声を上げる。まりは慌ててウインドウを落とうとするがラップトップがフリーズして画面が固まってしまう。カズノリが手助けしてコードを引っこ抜き事なきを得る。


「クソが」


 ツカサはソファから飛び降りてまりを足蹴にする。カズノリが押さえようとするがカズノリもスネを蹴られて撃沈する。


「ツカサのキレやすさもここまでくれば病気だわな」


「あぁ?」


 茶々を入れたムサシに対してツカサはキレる。ムサシは「おお、こわっ」とおどける。さすがのツカサも筋肉ダルマのムサシに食って掛かるほど感情的ではなかった。あるいは人を見て喧嘩を売るか狡く考えているか。


「はいはいー、そこわちゃわちゃしてないで会議に参加してー」


 ハルトの美声と手を叩く心地よい音で皆落ち着きを取り戻し行儀よくする。


「とりあえずここまで見た分でいいが、意見があれば何でも言ってくれ。トップバッターとして言うが今回もアンダーメンバーからの昇格はナシで行きたい」


 ユキヲが進行役を務める。


「ユキちゃん的にはアンダーメンバー制はやっぱ失敗?」


「全体的に失敗とは言い難いな。年1日会うだけで一人頭36000円払ってくれるのはデカイし何だかんだ固定ファン層の可視化にもつながってる、ただ新メンバー補充の場として適さないだけだ。顔が駄目だ」


「ユキちゃんはキャラとビジュアル基準って言ったけど素地の強さややる気も重要だと思うんだよね、やっぱ。そういう意味ではひとりぐらいストイックなのとかほしいと思うんだ、ムサシやカズノリとからませられるし」


「それこそ強さのレベルを落として採用枠を広げてもいいんじゃねぇノ? どうせ入ったら入ったで俺らがシゴくンだからサ」


「YES.」


年寄り(ジジイ)は入れると面倒だぞ」


「前回のツカサくんの装備選ぶ回好評だったから、出来れば未経験者か初心者入れたいよな」


 しばらく各々の意見を述べ最終的に候補者を何名かに絞った。


「ユキ、オマエの方でスカウト頼むよ」


「ああ、わかった」


「じゃあ今日はこれで解散って事で」


 各自が帰り支度をして1人、また1人と去っていく。


「ハルト、俺の車乗っていくか?」


「今日は歩きたい(・・・・)気分だからいいや、じゃあね」


 ユキヲの誘いも断りハルトはまりに向かって「延長頼むよ」と言った。

 広いカラオケルームはハルトとまりだけになった。


さっきの(・・・・)見せてよ?」


「えっと……」


「ツカサくんがキレた奴」


 まりは即座にラップトップを操作してさきほどのサバゲーマーを写す。ハルトはまりの隣に座りラップトップのモニターを眺める。かなりヌルヌル動く画質の良い動画だ。


「これ、サバゲー部の小フィールドか……いつの?」


「今日です。里見さんと田所さんがトラブルになりまして、林分隊と田所さんと吾妻さんっていう一年生が戦いました」


 ハルトはしばらく食い入るように見る。


「彼、いいねぇ。何というかウチにこういう狂った(ストッイク)なキャラっていなかったよね?」


 HEROESのメンバーはサバゲーマーとしての腕前は上澄みに近いがここまで狂的に勝ちを奪いに行く姿勢の者はいなかった。


「えっと……その」


 まりは気まずそうに言い淀んでから事実を話す。


「その……今年の新歓に呼んだんですけど、里見さんが追い出しました」


「なんでさ?」


「ツカサさんのリクエストでして」


「あいつもワガママ煩いよねー、まりちゃんもキレる時はキレた方がいいよ」


「はぁ……」


「そんな気の抜けた返事をしてくれるまりちゃんに僕も1つワガママ言いたいんだけど。彼の戦ってる姿を見たい、んで会いたい」


 まりは少し思案して「手配します」と答えた。ハルトにとってその言葉は「できる」と同義であった。


――――――――――――――――――――――――


 夜の7時過ぎ、サバゲー部の部室はほとんどが電気を落とされていた。その数少ない例外の1つに観測室があった。


「滑川サン、吉田、付き合ってもらって悪いな」


 昼間、新堂が座っていたコンソール席に陣取る滑川サンと呼ばれたネルシャツとメガネの痩男とその左に吉田と呼ばれた昼間に騒ぎを治めた重装甲の人物が重装甲のままいて右に加藤拓郎がいた。


「いいんだが新作の情報でも手に入れたのか?」


「それも悪くない……が、ちょいと2人に見て(・・)もらいたいもんがあってだな。めっちゃ面白い(・・・)ぞ」


 加藤は滑川からコンソールのマウスを借りてあるフォルダを開き動画ファイルを展開する。


「……今日のトラブル」


 吉田が口を開く。写っていたのはサバゲー部の小フィールドであった。日付は今日。


「それ自体は解決済み(・・・・)だ」

「むしろ今回の議題はこっちだ」


 シークバーを動かし問題の場面で止めた、ハンドガンを持った軽装サバゲーマーが画面中央に写っている。腰を低くして移動している。

 動画を再生する、軽装サバゲーマーは一旦手前に消えるがしばらくすると戻ってくる。フレームレート数は容量の節約のためかかフレームレートが押さえられていて動きがカクつくものの辛うじての動きがわかる。


「面白い動きをする……」


「ほう」


 2人共そのサバゲーマーの行って戻ってくる動きに感心をする。狭く入り組んだ、特にサバゲー部の小フィールドみたいな迷路じみた地形かつ少数同士の戦いの場合特に効果の高い動きだ。


「感心してるとこ悪いが本番(・・)はここからだ」


 丁度画角のいい中央でハンドガンを持った軽装サバゲーマーとM4を持った重装サバゲーマーが角で接敵する。重装の方は警戒していたのか銃を正面に向けてゆっくりと動いていたため反応が早かった。軽装の方は移動重視でハンドガンを下ろしていてむしろこちらが不意の遭遇であった。

 次の瞬間、低フレームレート特有のコマ飛びが入り軽装サバゲーマーが重装サバゲーマーの腹部に銃を向けて撃っていて、次のフレームでは重装サバゲーマーは倒れていた。

 誰が見ても明らかな格差があった。重装の方はサバゲー部部員である以上土地勘があり警戒していた上に長物を持ち出していたのに対し軽装の方は警戒せずハンドガンで勝ってのけた。

 この時点で3人の意見は合致していた、彼が誰にしてもベテラン3人の一目を置く技量を持つこととなる。


「……彼は誰?」


 吉田が最もな事を聞く。


「少なくとも装備の拡充具合からみて初心者、今年の1年だろうな」


「こりゃ確かに面白い(・・・)わな」


 滑川と吉田が画面に食い入っているすきに加藤はそろりと後ろに下がっていった。


「うっし、言いたいこと喋ったし解散。俺部外者(・・・)だから戸締まり任せたぜ」


「あっ、ズルいぞ!」


 加藤は後ろ手で手を振り足早に観測室から去った。信頼できる仲間だからこそ出来る事。

 そうしてから大学の学生用駐車場に停めてある愛車のFJクルーザーに乗り込んで家路へ向かう。

 家は大学の近くにある低階層ながらも広く設備のいいマンションであった。エレベーターで3階まで上り自室のドアを開ける。


「あ、お兄おかえり」


「おう。飯食ったか?」


「まだー」


「じゃあちゃちゃっと用意するから待っとけ」


 加藤はそう言うと手早くツナと刻みキャベツを多く入れたペペロンチーノを2人前作った。2人分の1人前を相手の席に置いておく。


「いただきます」


「めしあがれ」


 2人で無心になりパスタを食べる。


「お兄……今日のことどうなった?」


 相手が加藤に今日のことを聞く。


「ああ、アレな。一応ケジメ(・・・)は付けさせた」


「そっかー」


 加藤の目の前では今日サバゲー部の部室にいながらサバゲーに参加しなかった加藤たまきがにこにこしながらパスタをすすっていた。


「そういやオマエ今何処で何やってんだ?」


「えーとねサバゲー部とは違うサバゲー部でサバゲーしてるよ」


 要領の得ないたまきの説明はいつもの事だ、話を聞いている分には問題ないみたいだ。

 そこには兄妹の微笑ましい食卓があるだけであった。

サバゲー解説


サバゲーにおけるゾンビ行為


ゾンビ行為とはヒットを受けた後にも戦闘ないしそれに類する行為を行う事である

ゲームルールによっては条件付きで認められている場合もあるものの基本的に違反行為である

サバゲーはコンタクトスポーツであり複数の試合つまり戦闘が1つのフィールドで同時多発的かつ流動的に発生し試合の条件も不均等である為判定制度を採る事が非常に難しいゲームである

故に自己申告による敗北宣言つまり「ヒットコール」が重要になっていく

そしてゾンビ行為をしてはいけない理由はサバゲーのゲーム性を著しく低下させる事である

スポーツでありながらも同時にごっこ遊びであるサバゲーにおいてゾンビはじめ不正、不法行為が横行する事はサバゲーマーを萎えさせてしまいサバゲー人口が減ってしまう

そして一番重要なのが不正、不法行為ばかりをするサバゲーマーの信用はなくなっていくのだ、周りからは仲間が離れていきネット上でも不用意な炎上を引き起こすかもしれない

ここを肝に銘じてサバゲーライフを楽しんでいただきたい

そしてヒットコールは「敗北」ではなく「対戦ありがとうございました」という意味として使っていきたい

また味方の誤射の場合はフィールドのルール説明の際にどう処理をするか説明され、その処理のとおりに動き、ヒットされたか怪しい場合は一応ヒットコールをして退場しておくとトラブルがなくていい

また次のサバゲーで活躍すればいいのだ


ゾンビ行為が発生する心理

今作を書くに至って個人的に作成したメモを読める文章として整えて載せておきます

・わかっていても戦闘が止められない

サバゲーに熱中し勝利を掴み取ろうとするがあまりに戦闘に歯止めが効かないタイプと分析

・ものぐさでセーフティ等に帰るのが面倒なタイプ

めんどうくさがり或いは用意に手間取るタイプの銃を使っていると多くなると分析

・何故かゾンビ行為と指摘される

このパターンに当てはまるパターンは装備類にこだわりがありかなりの重装備なサバゲーマーが多い、基本的に意図して不正行為を行おうとする意図は無く指摘されてからはじめて気づくタイプと分析

また相手チームからゾンビ行為をしていないのにしたと虚偽の告発をされているパターンもあると推測

・ルール違反上等な人

暴言やハラスメント、ゴミ散らかし等とセットになってる場合が多くフィールドの古参や主を自称してる場合もある、一番悪目立ちするタイプのゾンビ

チーム組んでいたらチーム全体がそれと見ていい

・初心者

撃たれる感覚をつかめてない初心者、大抵は痛みや衝撃で気づくので優しくダブルタップしてあげるといい

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― 新着の感想 ―
昔の所謂極悪銃プレイヤーには、ゾンビ対策を口実にする者もいました。 MGCがペイント弾を出したりもしていましたが、ゾンビ問題は中々無くせそうにありませんね。
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