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02.On Your Mark Act.1

 吾妻円という少年の趣味が理解されないという事はままあった。

 同年代の子たちが戦隊モノを見てカードゲームを収集し携帯ゲーム機で遊んでいる間、少年はその頃からずっと画面や銀幕の向こうのヒーロー達に夢中だった。

 ジョン・マクレーン、ハリー・キャラハン、マクシミリアン・ロカタンスキー、T-800。少年にかかれば幾らでも列挙できる。

 精悍にして精強、荒々しくて優しい、正義を守り意志を貫く。

 そういったヒーロー達の右手にはいつもあるものが握られていた。

 拳銃をはじめとした銃器だ。

 考えても見ればその頃から既に銃火器に対して憧れがあったのだろう。偽物ながら精巧なエアガンという物が売っているのも知っていた。

 ただ家族に欲しいとは中々言い出せなかった。贋物とはいえ武器で凶器であるし吾妻家は一般家庭ながら品行方正な方の家風であったし何より父が警察官であったからだ。玩具屋や縁日の屋台を遠くから眺めて思いを馳せるだけであった。

 思春期のフラストレーションは大体勉強と映画のヒーローに自らを重ねて発散させていた。

 友達はいないわけではなかったし、同級生や後輩には嫌われてなかった。ただ銃器に関して趣味の合う人はいなかった。

 それが彼、吾妻円という青年だ。今年18歳の大学1年生だ。

 それ以外のスペックを挙げるなら身長は今年測って160センチに足りない程度、顔は男らしさからかけ離れた一言で言えば可愛らしい顔をしていて、後輩などに「円ちゃん」と呼ばれる。運動神経も良くなく、体躯は貧弱そのもので男というよりもマスコット的な存在であった。一言で言えば映画の中のヒーロー像とは正反対の存在だ。

 幸い勉学に関して円は優秀で素行と彼自身の性格の良さのおかげで教師ウケは良く吾妻家も裕福だったので大学へ進学できた。

 大学の入学式の後にあったサークルや部活動の勧誘の時にようやく彼は気づいた。

 「自らに責任と自由がある」という事を。

 つまり両親の許可をなくしてもエアガンを買えるという事に他ならないのだ。

 ただ何をするべきかが本当にわからなかった。

 そしてもし目の前にサバゲー部の勧誘というのがあったとしたら、行かない訳にはいかないだろう。

 美人な眼鏡の先輩からビラを貰い、円はその場で新歓への出席を決めて、そしてサバゲー部の新歓で彼は現実に直面した。


「後藤っス、メインアームはMP5kPDWのカスタム使ってまス」


 皆既に銃や装備を持っていた。持っていなかったとしてもエアーガンに対する知識と資金があった。

 サバイバルゲームの装備を揃えるのに10万円はかかるとは知らなかった。そもそも何を揃えればいいかすら知らずにこの場に来てしまったのだ。

 この場で彼が見た銃器はどれも見た事が無いぐらいに洗練されている銃器ばかりであった

 HK416のカスタムやUMP、クリスベクター、KACPDWなど、どれもピカピカと輝いている。

 後で知ったのだが彼の所属する大学のサバゲー部は大学サバイバルゲームの強豪かつ登竜門的な存在だったそうだ。

 円の隣に座っていた後藤と名乗った子はハードケースの中からMP5のカスタムガンを取り出した、

 考えても見れば大学の中に射撃場や演習場まで備えているというのはそれだけサバイバルゲームに力を入れているという事だ。

 途端に円は自分の場違い感を恥じて退出しようとしたが悩んでいる内に紹介が彼の番になってしまった。


「えっと……吾妻円です、銃はその……まだ持ってません」


「好きな銃は?」


「M92とAR-15です」


「うわ、無難」

「ダセェ」

「出たよーマイナーな銃知ってるって自慢奴」


 そういった返事が帰ってきて質問を投げてくれた先輩たちがクスクスと笑ってる気がした。

 後ろから肩を叩かれて新歓をしている部屋の外に呼ばれた。


「申し訳ないんだけど、入部止めてくれる? 君みたいなトーシロが来るとナンていうのかシラけるし何ていうか雰囲気悪くなるんだよね」


「……はい」


 ヒーロー達だったらどういう対処をしていたのだろうか、小洒落たジョークを言って図太い神経でもって居座ったりするだろう。そう考えながら円は新歓に背を向けしばらくトボトボと歩いてベンチに座りうつむく。

 残念ながら今の彼にヒーローになる資格がなかった。

 頭上の空がすごく高くそれと引き換え自分がすごく矮小な存在に感じる、頬を何かが伝わり、喉の奥がカラカラに乾く、彼はただただ悲しかった。

 自分が理解されないという事がこれほどまでに悲しい事なのだとは思いもよらなかった。


「やあ、少年。どうしてキミは泣いているのかい? 悲しいからかい? それともお腹が痛いからかい?」


 円が顔を上げると白衣を着た女が腕を組みながら不敵な笑みをこぼして仁王立ちをしていた。

 先ず感じたのは彼女が驚くほどに美人(・・)であること、短い髪はあまり手入れされていないもののその抜けっぷりさえも美人さに拍車をかける。顔とくらべ髪や木製のサンダルやヨレた無地のTシャツ、裾や肘の辺りが黒ずんでいる白衣が貧乏臭さと所帯臭さを感じさせる。しかし円にとっては新歓の人たちよりも親しみやすさを覚えた。


「……悲しいからです」


「ヨシ、お腹が痛くないんだね。いいね、いいね。悲しいついでにちょいと手伝ってくれないかな?」


「?」


「実はちょっと事情(・・)があってアルミ缶を運びたいんだただ運び出すのに苦労しててね。手伝ってくれないかな?」


 先輩が指差した先にはトラックが停まっていてリアゲートから覗くそのガーゴ内にはプラスティック製のコンテナが平積みにされていた。


「いいですよ」


 円は呆れながらもその白衣の女と一緒にアルミ缶の入ったコンテナを運んだ、アルミ缶はコンテナの中に半分ほど入っていたが予想以上の重さであった。

 白衣の女と円はコンテナを運びながらとある校舎の中に入っていった、外は明るく爽やかなはずなのに異様な暗さと埃っぽさを感じた。理由は廊下の電灯がついておらず校舎自体も随分と古ぼけた校舎であった。


「少年、この辺りじゃ見ないね?」


 最後のコンテナを運びながら彼女から聞かれる。少年という呼び方には侮蔑の感情はなくもしかしたら年少の男子は皆こう呼んでいるのかもしれない。


「今年入ってきた1年です」


「1年、1年……ああ、もうそんな時期か」


 白衣の女は少し思案した後に今が新入生がいる時期という事に気づいた素振りをする。

 何往復もした地下は電気が通ってなく暗かったが天井付近にハメコミの採光用の窓があったので何も見えない程ではなかった。

 コンテナを置いていた部屋の中には電池式のランタンと、何に使うかわからない巨大な機械が鎮座している、機械の前には数え切れないほどの空き缶の入っているコンテナが置かれていた。


「ついでに、もう一つ重要なお仕事頼んでいいかな?」


「はい、いいですよ」


 円は彼女に対し心を開いたのか呆れたのか、或いは元から持つ善性からかそのお願いを引き受けた。


「手袋とイヤーマフしてからカンカンをそこの口の中にじゃんじゃん入れて」

「それと、手切らないようにね」


 白衣の女は道具類を渡して投入口を指差してから部屋の外に出た、円は彼女から渡されたヘッドホンみたいなイヤーマフと厚手の革手袋をはめる。

 革手袋は作業用に分厚く作られたもので手にフィットするものの指が自分の指じゃない感覚を円は感じた。

 イヤーマフはいわゆる防音用の耳栓だ、黄色く射撃訓練場にありそうだなと円は思った。

 途端に部屋中に轟音と振動が響き渡った、モーターの重低音が大きくなり機械のピープ音が響き。少し遅れて熱気がやって来た。

 5分か10分、もしかしたらそれ以上の時間を無心に缶の投入に費やす、そしてようやく機械が停まった。

 その頃になると円は頭からお腹の下まで汗塗れになっていた。

 白衣の女は何処に置いてあったのか綺麗なタオルと常温のポカリスエットを渡してくれた。


「あ、ありがとうございます」


「ちょいと締め作業しないといけないから、少年はここで待っていてくれ」


 そう言うと彼女は部屋の外へと出た、しばらく汗を拭いてポカリスエットを飲んで待っていると部屋の電気がついた眩しくて一瞬だけ眼がくらんでしまった。

 少し遅れて円の目がなれてその少し後に冷気がエアコンの起動音と入り込んできた。涼しいを通り越して肌寒く感じた。

 部屋は円が思ってたよりもずっとずっと狭かった。

 狭い理由は先程の機械が部屋の奥を塞いでいて向こう側と行き来が出来ないからでそれを除けば部屋自体は結構な広さであるみたいであった。

 円は興味本位から部屋を出て隣の部屋を覗く。


「サバイバルゲーム研究部会部室」


 一瞬、ほんの一瞬だけ驚いたが、彼を追い出したのは「サバゲー部」で「サバイバルゲーム研究部会」というのは全く別の組織であると即座に理解した。

 円はドアを開け中に入った、作業を手伝ったのだからこれぐらいの権利はあるだろうし、なんとなくであるが彼女はそういう事では怒らない人だろうと円は確信していた。

 左手には先程の機械以外には壁際には製図机、作業台、作業台の上に載っている様々な工作機械。

 そして作業台の上に拳銃が置いてあった。

 トンプソンコンテンダーピストル、ピストルとあるが一般的な銃ではなくあくまで弾の発射装置としての性格が強い単発中折式の銃だ。

 円は無意識のうちにコンテンダーピストルを触って構えてみる、かっこいいなと思った。

 ただコンテンダーピストルと違うのは手で握っているピストルグリップやバレル下部のアンダーグリップとバレルが真っ白なプラスティック製なのとハンマー、トリガー等は金属色が出ている辺りだ。


「それ、興味ある?」


 振り返ってみると白衣の女がそこにいた。


「これ、コンテンダーピストルですよね」


「くわしいね、少年」


 彼女は嬉しそうにはきはきと説明しはじめた。


「惜しむらくも製造中止となったデジコンターゲット、まぁパワー超え上等の銃とはいえそのシンプルさ故の命中精度は旧時代の遺物として葬り去るにはもったいなかった。だが、まさに今こそその命中精度を求める声が上がった、ぶっちゃけ言えばわたしだ」

「このMARUコンテンダーピストルはそういった全てを解決する銃だ、ガスだけでパワーを超えるのであらばいっそエアーコッキングにすべし! エアーコッキングなんて重くて撃てないという子女向けになんと二段階コッキング機能を搭載! 中折を戻すだけで撃ててさらにハンマーを引けばパワーは1.2倍増し、中折のバネを外すだけで10歳以上向けにも対応可という実にいい遊戯銃なのだよ、キミ」


 あ、この人マッドサイエンティストだ。

 そう思って他人事の様に彼女の演説を眺めていた。


「それはそうとすっかり色々とコキ使って申し訳なかったね」


「大丈夫ですよ。なんか先輩(・・)見てたら気分も晴れましたし」


「これの埋め合わせは。月曜2限以降にでも来てくれれば考えておくよ」


「はい」


「ホラ、閉めなきゃいけんから帰った帰った。わたしはこれから糖分補給という崇高な作業に入らねばならないのだ」


 彼女に追い返されて校舎の外に出た。

 空は遠くが赤く染まっていた、そして彼にとってサバイバルゲーム部での出来事はもうどうでも良くなっていた。

 ただ、銃を触ったあの感触だけは円は忘れなかった。

メカニック解説


デジコンターゲット

今は無きデジコン社が世に放った怪作銃

ハイパワー銃の代名詞として知られていた単発式銃

グレードは8インチ、13インチ、20インチ、30インチ等があった

かつてサバイバルゲームにおいて初速、パワーこそ正義と呼ばれていた暗黒時代があり、デジコンターゲットはその暗黒時代の遺物とも言える存在だ

外装はチャチ、塗装は剥げやすいというもののその単純な構造故に本体の故障は少なくHOPUPシステムがなくともそのパワーやバレル精度で良く当てられる銃と評判であった

入手した際には一度パワーチェックを行い、入手した銃がパワーオーバーになっていないか確認しておくべきである

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― 新着の感想 ―
作者のエアガン愛が伝わる良エピソード。 初めて銃器を持った時の「感動」を君も思い出してほしい。 暴力装置としての銃、玩具としての銃。 初弾が発射されるまでのあの緊張が今蘇る。
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