14.Winning! Buying! Driving! Act.2
円はデッカーズの売り場に入っていった、はじめて入った時よりも大分お客さんも増えた。理由は3つある。
1つめはデッカーズの品揃えが独特であるから。エアガンは国内メーカー製は大体全て揃えておりや海外製も珍しいエアガンを中心に置いている。何より装具類や衣類がとても豊富でミリタリー、ポリス系以外にも重きを置いている。
2つめは広い休憩室と駐車場があるから。たまり場として都合がよく、この近隣の店を乗り合いして回るのに中間地点としていい位置にある。
そして3つめ、有名人と美女がいるから。加藤拓郎はともかくとして、武者小路敦子と後藤希、この2名は一言で言えば美人である。
増えたお客さんを横目にバックヤードに向かう。
レジ番は武者小路敦子がやっていた。
「おーす、吾妻ちゃん」
円は武者小路に「おはようございます」挨拶をする。
「今日、新作来るらしいですな。んで店長から後藤ちゃんと一緒に弾速検査だってー」
「もう来たぞ」
加藤拓郎が伝票をヒラヒラさせながら現れた。
「おはようございます、加藤さん」
「おう、おはようさん。バックヤードに運んでおいた、後藤がいるからオマエ手伝ってこい」
円はバックヤードに向かった。
「オマエ意外と腹芸出来るのな」
加藤は呆れながら武者小路に言った。弾速検査に2人と店長は言ったが誰と指定されていなかった。
「だって面倒くさいじゃん、今日100本位来るんでしょ?」
「いや、12個入りを25個セット頼んだから300本だな」
「まじかー。ゾッとする数だね。よく店長の承認通ったね」
「ああ、俺の愛車賭けの対象にして店長に頼み込んだ。半分以上売れなきゃ来月から徒歩通勤だわな」
「うーわーサバゲーサイコだよ、それ」
「快適なクルマ通勤続けたいから頑張って売り場組んでくる、レジ任せた」
「あいよー」
加藤は売り場に戻った。
――――――――――――――――――――――――
円はバックヤードに向かった、バックヤードにはダンボール箱が沢山置かれていた。
「おはよう、吾妻。来てくれてよかった」
後藤希が絶望したような死んだ顔でダンボールのテープをナイフで切っていた。円もその中をみる、それは見知った銃であった。
M.A.R.U.シングルショット
外箱には三面図みたいな絵が書かれていた、円達は1つを手に取って外箱を開ける。説明書がビニール袋に入っていてそれを横に置いて箱の中身を見る。
そこには12インチ位の銃身を持った単発銃とビニール袋に入ったカートリッジが6発があった、大きさは驚くほど大きく例えるなら20ゲージのショットシェルの高さの12.7ミリ弾とでも言うべきか、弾頭部分は少しくびれている。単発銃の銃口にはオレンジ色の目立つ安全キャップが被されていた、希は説明書のビニールをナイフで破り2人で説明書を読む。
対象年齢は10歳以上用で、使用方法は弾を装填して中折れを戻すとコッキングされ発射準備が完了する。希は「なんじゃそら?」と意味がわかっていなかったがその説明を前に聞いていた円にはわかっていた。また10歳以上用特有の0.12g弾の使用が推奨されているが、0.2gの使用も射程が落ちるものの可能らしい。
射撃方法はシングルアクションのみでコッキングされた後にハンマーを起こしてからトリガーを引く事で射撃できるようになる。
それ以外にも射撃後にハンマーを戻した状態でハンマーをバレル側に押し込むと中折れが開放され排莢と再装填ができる
独特なのが遊び終わった後の保管方法でカートリッジを装填せず中折れを戻してコッキングしてから空撃ちをして保管を行う、カートリッジを装填せず空打ちするとトリガーがわずかに浮いてトリガー下部に赤いラインが浮き出る、その時点でトリガーが引けずハンマーが中折れの開放方向以外に動かなくなりそれがセーフティ状態となる。
後半のページには通常分解の方法が記されていてそれでバレルユニット、パワーユニット、トリガーユニット、ハンドガードとピストルグリップの5つのパーツに分かれるらしい。
別紙が2枚入っていて1枚はエアガンの安全な使い方の説明、もう1枚は完全な広告で予備弾、3発の0.12g弾が装填でき同時発射できる散弾カートリッジ、カートリッジに可変HOPUP機能を搭載し0.2g以上の重量弾を専用で使用できる狙撃カートリッジ、12発入る専用のカートリッジケース等のオプションパーツ、上部の光学機器用や下部のフラッシュライトやフォアグリップ用の20ミリレイル、マズルアダプター用のネジ、左右のM-LOKらしいモールド、ラバーグリップ等を搭載した黒を基調としたタクティカルモデル。
それとサムホールライフルストックとロングバレル、上部の光学機器用20ミリレイルを搭載したハンティングモデル、の2種類のガンが順次発売予定と書かれていた。
ハンドキャノン自体はいわゆるトンプソンコンテンダーそのものであるがバレルがやや肉厚だったりハンドガードが長かったりとそれっぽく作ったオリジナル銃らしい。
円はふと思いついて「これシューティングレンジで試し撃ちしてみよう」と希に持ちかけた。希も興味が湧いたのか大量の納品の山から現実逃避したいのかそれに賛同した。
2人はバックヤードにある10メートルクラスのエアガンの調子を確認する用のシューティングレンジでそれぞれ5発試し撃ちをしてみる事にした、希は金属的で3メーターに設定しようとしたが円が最大距離かつ記録に残る方法ででやるべきと強く言ったので10メートルのターゲットペーパーでやってみた、まぁお遊びだし。
結果、最初にやった円はグルーピング47ミリ、次にやった希はグルーピング43ミリだった。18歳以上用のフルサイズの電動ガンで本気でやったのであれば平均よりいい方だが10歳以上用のエアーコッキングハンドガンで文字通りの片手間の遊びでやった結果であれば何をどうやったらそうなったのかわからないバケモノクラスだ。
希が撃っている間に武者小路もやってきてその性能に驚き、武者小路も同条件でやってみる。するとグルーピング19ミリととんでもない数字が出た。1円玉の円内に入る位の性能だ。
「は、なにこれ? ヤバくね?」
円はいつの間にかその場からいなくなっていて代わりに加藤が入ってきた、どうやら話は通ってるらしくとんでもない集弾率のエアガンを加藤も撃つ、10メートルで25ミリのグルーピングを出した。
「すげぇな、あの人マジでとんでもない物作ってたんだな」
加藤も嬉しそうにターゲットペーパーを見る。
「今、適当なガスハンドガンって用意できるか?」
加藤は後藤に聞いた。
「私物なら」
「ちょいと持ってこい」
希は自分のスタームルガーを持ってくる。加藤は先程と同じ条件で撃てるように支度をし希に5発撃つように頼んだ。ターゲットペーパーを見るとそのグルーピングの差は明確だった。M.A.R.U.シングルショットはとんでもないエアガンなのだった。
加藤は希のターゲットペーパーに条件類と「スタッフ後藤」と書くように頼んだ。可愛らしい字で書かれたターゲットペーパー2枚はラミネート機で加工されリング用のパンチ穴を開けてパラコードに通して加藤はそれを持ってエアガン置き場に向かった、その時点でようやく円が1人で店を回してる事に気づき、元の配置に戻した。武者小路は恨めしそうに接客に戻る。
戻ってきた円と希は連携して全てのシングルショットの弾速を測っていく、弾速も安定していて45.4m/sから45.6m/sの範疇に綺麗に収まっている、大半は全く弾速が変わらない様な真面目に測ったのか怪しい結果にもなった。それらを1つずつラベルプリンターで印刷して箱に貼っていく。
円のバイトの時間はほぼ全てそれに費やされた。武者小路と同時にタイムカードを切る、武者小路はその足で売場に向かいシングルショットを3箱も買っていった。シングルショットは目立つ場所に山のように鎮座していて、興味ありそうに屯してるサバゲーマーが手にとっていた。
円はあえて買わなかった、お金を貯めるという理由もあったが部長の事だもっと面白い銃をたくさん作るに違いない。そう、確信していた。
――――――――――――――――――――――――
仕事から帰り今日も今日とて夜の浅い内に軽めのトレーニングと夕飯を済ませ、課題を一通り済ませた後にネットで知識の収集をする。
やはり気になったのはM.A.R.U.シングルショットであったしかし円が思っていたよりも反応が薄いというか誰も話題にすら上げていなかった。
動画配信プラットフォームでしつこく調べた結果、唯一「Takutical」というチャンネルだけがシングルショットを取り上げていた「Tactical」ではないのか? と円は疑問に思いながらもレビュー動画を再生する。ふざけた名前の割に50万人近くの登録者数と直近の動画が安定して1万前後の視聴者数を出している事アイコンのTの飾り文字がSMG風に装飾されている事。名前の割にどの動画のサムネイルもシンプルな銃や装備類が出ているから真面目にやってるクチなのだろう。
動画の向こうからは「自費購入案件!」とデカデカと赤文字が写った後に見知った顔が出てきた。加藤拓郎がトレードマークのハーフミラーのサングラスをかけて野太く通る声で挨拶をする。
「お前らに割と緊急で知ってもらいたいことがあるから、今日の動画はいつものに加え3本目の動画を緊急で撮影して追加させてもらったぜ。スタジオじゃなくて家でやってて雑なのはごめんな!」
確かに傾いているのか画角の水平が少し曲がっている気がする。
「今日3本目の動画はこちらM.A.R.U.シングルショットを挙げていく。この銃は一言で言えば「サバゲーで使うには苦労する」タイプの銃だ。ただ銃を撃つ楽しさってのを俺たちに思い出してくれる」
加藤は説明がてらに銃を箱から取り出し付属品類を説明していきそこから一通りの操作説明が行われ、中折れを戻すだけでコッキング可能な部分などに触れる
実射パートに鳴りカートリッジのビニールが破かれカートリッジは机の上に5発分綺麗に立てて並べられ手際よく弾が装填される。
「ここからが本番だ、この銃がただの10歳以上用のオモチャでない部分を見せていく」
加藤はシューティングレンジとしては短いが家の部屋の中に作ったのであればかなり広い場所でまっさらなペーパーターゲットを見せてから部屋の奥に黒い天幕を垂らした手前に積んである紙コップの隣に設置しそこに射撃を行う。5メートルも無い距離に次々と手際よくカートリッジを装填して発射し当てていく、弾の軌道がペーパーターゲットに向かっていく、そしてからペーパーを画面に見せる。ペーパーは中央に1つかなり大きな穴が空いている。この近距離とはいえ6発を1ヶ所に当てていたのだ。
加藤はBB弾を再装填して紙コップを狙っていく、上から一個ずつ倒していきシングルショットの性能をこれでもかと見せてくる。
「と、このように挙動が素直で撃っていてとても楽しい、しかもライブカート式といういい銃だ。サバゲー向きじゃないがな、遊んでいてとても楽しい銃だ」
円はその動画を見てなぜ加藤拓郎が「サバゲーで使うには苦労する」、「サバゲー向きでない」と言ったのか疑問に浮かんだ。
先ず単純な答えを出すなら単発銃であるから、これは1発撃つたびに装填が必要になり結果としてオートマチックやリボルバーのエアーコッキングガンよりも連射速度が遅くなるからだ。
果たしてそれだけであるのだろうか?
1発、1発が遅くなるなら狙撃で使えばいい……否、狙撃でこそいつでも撃てるようにしておきたい故にある程度の連射速度とまとまった装弾数が必要になってくる。現用の軍用狙撃銃で単発銃がほぼないのはそれが理由だ。
ノートにそれらを書いてから「やっぱりサバゲー向きでじゃないよなー」と納得しかけた時に「あ、サイドアームとして持っていればいいんだ」とひらめく。
大抵のサバゲーマーはメインで使うアサルトライフルやらSMGやらスナイパーライフルやらの他に拳銃をゲームに持ってきている、実際に大なり小なり使っている人もいればほぼお守り代わりに持ってる人もいる。特に後者のお守り代わりに持っている人が普通のハンドガンでなくこれを持っていたら実質的にメインウェポンを2本持っている事になる。どうせ使わないのなら必要なときが明確にわかってつかいどころがわかるシングルショットを持っておくのもアリなのではと思った。
が、確かにシングルショットをサバゲーで使うには苦心するのも事実であった。
装弾数が少なく、再装填するにしても小さいカートリッジを無くさずに即座に出して装填する方法が必要だ。
そして合いそうなホルスターがほぼ無いのも問題だ、10歳以上用で性能はすごいものの大きさは6インチバレルの小さなデザートイーグルよりも体感大きく長かった。
そういう方面も含めた上で「サバゲー向きでない」と結論づけたのだなと思った。
円はノートとパソコンを閉じて電気を消して眠った。
――――――――――――――――――――――――
翌日は1限目から講義であったが明らかに人数が少なかった、見た感じサバゲーマーがほぼ全員いない。スカスカの講堂で日野教授は、「今日は静かでいいですね」と笑って講義を行っていた。
2限中頃までには2割ぐらいのサバゲーマー達が戻ってきた。昼時になり残りのサバゲーマー達が学食でどんよりと屯して空気が悪かったので居づらくて午後も講義があるものの昼休みにパンを買い部室に向かう。全く理由がわからなかった。
部室のドアを開けると中は学食とは違いどんよりとしていなかった、よかった。田所ヨウはいつもと同じくソファーにいた、今日は漫画を読んでいる。シイちゃんはここ最近はずっとミシンを踏みっぱなしであったが今日は珍しくいなかった。
「おーす、おつかれ」
円に気づきヨウが挨拶をする。
「おつかれさまです」
円はテーブルに座り昼食を食べる、サンドイッチの2つめを食べ終えると同時にヨウが向かいに座りあの箱を机の上に置いた。
「いいだろう? 1限サボって買いに行った」
円はそこでようやく皆シングルショットを求めて不在だった事に気づく。
「みんなこれ探してたんですね」
田所はキョトンとして聞く。
「なんだ、知ってるのか」
「ええ、ウチでも売ってますし」
「え、オマエガンショップでバイトしてんの?」
「ええ、デッカーズです」
「ああ、あそこなー。行ったことないなー」
「今度来てくださいよ」
「って事はもう手に入れてるのか?」
「いえ、買う予定はないです」
「なんでよ、こんないい銃なのに?」
「お金ないし、もっといいの出るの知ってますからね」
円はヤティ・マティックの事を思い出しながら話す。
「これ作ってるトコにも知り合いがいんの?」
「え、これ作ってるの部長ですよ?」
「は?」
「おはよう! みんな最近構ってあげられなくてごめんよ!」
ヨウが驚くと同時に部長が部室に入ってくる。前みたいなパンツスーツではなく白衣だしかし白衣は綺麗に洗われている
「いいね、いいね。講義バックレてまで早速買ってくれててサバゲーマーの鏡だね。もう使ってみたかな?」
部長は嬉しそうに2人に聞く。
「部長サンよ、アンタ一体何者だ?」
ヨウは部長に尋ねる。
「何者……、ああ、そうか! 毎回部長で済ませてたから多分自己紹介をしていなかったね」
部長は机の前に立って自己紹介をする。
「私は丸全、全部の全ですべてと読む。サバゲー部の部長兼有限会社MARUというエアガンメーカーの経営者をやっている」
「すげぇ名前だな……」
「自分でもそう思うよ、今後ともよろしく」
メカニック解説
M.A.R.U. シングルショット
M.A.R.U.から発売されたカートリッジ式エアガン
最大の特徴としてはマガジンを抜く、空撃ちをする、セーフティをかけるとシングルショットを扱っていればガス、電動、エアーコッキング問わず他のエアガンの扱い方も大体覚えられる操作系統である
それ以外にも異常ともいえる命中精度、中折れをコッキングにしたためとても軽いトリガープル、部品の完全モジュール化、カートリッジを大型化し紛失を防ぐ等多くの野心的設計を10歳以上対象のガンとして組み込んだ