13.ORIENTATION Act.2
最初のゲームで銃を落としてから円は未だ落ち込んでいた。ストックの頬当て部分にかなり目立つこすり傷ができている。
切り替えて遊んだほうが楽しいとは頭ではわかっているのだが落としてしまったP90への申し訳無さからかどうしてもそれを心が理解をしない。
心あらずで午前のゲームを終えてバーベキュー大会になった。
「ゴン太くん! 銃というものは使えば使うほど傷つき汚れるものなのだ、気にすんじゃねーのだな」
ハジメは円をそう励まし、どんどんと肉を焼いていき円の皿においていく。円は心あらずながらも出てくる肉が積まれていくのを見ているだけであった。
――――――――――――――――――――――――
「吾妻の野郎元気ないな……」
ヨウは肉をかじりながらたまきに話す。遠目には金髪の子に肉を盛られているだけの円がいた。
「なんかね銃落として傷つけちゃったみたいだよ?」
「そらしょげるわな」
「たしかに。アンタは落ち込むわね」
ヨウの向かいにはエリが座ってかぼちゃを食べている。
「えっと……2人は知り合いっスか?」
希は2人に疑問を投げる。
「「腐れ縁」」
希の質問に2人同時に答える。
「こいつとわたし幼稚園の頃からの幼馴染」
ヨウはエリを箸で差しながら説明をし「箸で差すな、行儀悪い」とエリは嫌な顔で指摘する。午前中にはお互い憎まれ口を叩きながらも絶妙な連携を見せるのが特に多かった2人だ。15年以上の付き合いであれば納得。
「んでサバゲーの道に誘ったのもわたし」
ヨウはスマートフォンを少し弄って希に渡す。そこには今とあまり変わっていないが髪が短いヨウと今のハキハキした性格とは正反対な冴えない風貌のエリがお互い初心者らしい装備や格好をしていた。
ヨウは袖余りの明らかに軍用品ではない迷彩ジャケットにブカブカのチェストリグを履いていて、銃もSCAR-Lで箱出しらしいシンプルな構成、エリはジャージでレンタルらしい古びたMP5を持って写真に写っていた。お互いいい笑顔で体裁や映えを気にしてないいい写真だ。
「聞きたいんだけど、手に銃を持たないで撃つ方法ってなんかあります?」
グリコは肉を突きながらみんなに聞く。午前中に起こったあの状況を事細かに説明をする。
「ないわね」
「ないな」
「ないよね」
グリコは午前中の謎を解けないままでいた。
「あ! 吾妻くんならわかるかも」
「あー、ワンチャンあるか? あいつそういうの好きそうだしな」
「吾妻?」
グリコは聞き覚えのある名前が誰なのか思い出した。あのチビだ。
「キミの彼氏だっけ?」
グリコは希に聞いた。飲んでいたお茶でむせて咳き込む。
「そ、そういうわけじゃねえっス」
希は慌てて否定する。正直な話妄想はしていた。
「ふーん、そういう事言っちゃうんだー、吾妻クンカワイソー。じゃあ、ハナシ聞くついでに吾妻クンの事わたしが好きになっちゃおうかな? よく見るとカオ悪くないし、ああいうコ嫌いじゃないし、丁度落ち込んでるし押せばコロッとイッちゃうかもねー」
グリコは意地悪な笑みで悪ぶりながら希の耳元で「あの怖い姉さん達には黙っておいてやるわ、行け」と囁いて希の背中を押す。
いきなりの展開に希はついていけなかった。遠くではグリコがいい笑顔で手を降っている。
「ご一緒してもいいっスか?」
希は円といる金髪に話した。
「肉はやらねーのだ」
「別にいらないっスよ」
金髪は焼いたそばから肉を円の皿によそう。円は心あらずで皿にはこれでもかと積まれているし円の担当であった眼鏡の上級生の姿は離席しているのか見えない。
希は銃は汚れて壊れる消耗品だと教えられたので残念ながら円の心境に寄り添えななかった。壊れれば新しいのを調達すればいい。しかしそういった類の話を楽しい場で話していい話題でないとマツケンから教わった。
希は意を決した。そして悪役に徹し、円の股間を膝で蹴り上げる。円は悲しみよりも痛みが上に出てきた。「感情の上書き」これはネガティブな感情を痛み等の生理反射で上書きして忘れさせる方法、鏡子から教わった事だ。落としそうになった紙皿は希が奪う。
「ウジウジ泣いてんじゃね-よ、泣けば銃が元通りになんのか? お?」
「銃落ちた、傷ついた、壊れた。それで終わりでいいじゃないっスか。っていうかウチで新しいのもう1本買え」
希はそう言って円の皿から落ちそうなほど積まれた肉を箸でつまんで食べる。
「肉……いらねーんじゃねぇのか?」
「そんな昔の事なんてどうでもいいでしょ」
もう自棄になって皿の肉の半分以上をほぼ一口でかっ食らってから円に突き返した。そうして無理くり会話の輪に入って雑談をする、金髪から白髪頭のちびと円に因縁があり銃を落としたことを揶揄された旨も教えてもらった。遠くにいる白髪頭は女の子達と楽しくやってる。
「それはそうとして手を使わないで銃を撃つ方法ってなんか無い?」
そして本題。事細かに聞いた話を説明する。
「手を使わないで?」
円は少し考えて金髪にも相談をした。
「バックルガンじゃねーのだ?」
「アレだって結局手で撃鉄引かなきゃだめでしょ?」
「電動ガン腹に巻きつけてるとか?」
「とは言っても何かしらのアクションは必要じゃない?」
「センサー式のトリガー?」
「お腹周りから一旦離れよう」
そこからしばらく3人でウンウンと考える。
「一応……思いついたけど……」
円が自信なさげに言う。
「とりあえず言う」
「もしかしたら義足に仕込んでるんじゃないかなーって、引き金は遠心力かなにかで引いてるとか?」
向こうで見た映画を希は思い出す。片足にマシンガンを装着してゾンビと戦う映画だ。
「それはねーのだ。弾速検査してる時に足出してるヤツはいなかったのだ」
「そうだよねー」
「ごめん、わからない。とりあえず胸元から下に何かしら隠してるって結論しか出せないや」
結局何も情報を得られないまま元のテーブルに戻り会議の結果胸元から下に気をつけるという対策と義足に銃を仕込んでるかもしれないという与太話をグリコに伝授した。
グリコは希の予想に反しその意見に納得し「がんばったな」と希の頭をなでてくれた。
こそばゆい。
そうしてから「アレ治すのにタマ蹴りとはやるじゃん」と笑いながら肘で突かれる。
そして希が円のからをずっとツカサに見られていた。ツカサはとめどない怒りに苛まれ苦虫を噛み暴力性に駆られていたがファンの女の子達の手前表面的にはそれを隠していた。円にあれだけ親しい間柄の女子がいることが許せないのだ。
ファンの女の子達といちゃついてからツカサは河野サキを裏に呼びつける。
「あのチビフレンドリーファイアで潰せ」
「やだ」
サキは無表情のままツカサの命令を拒否する。
「あ?」
ツカサが凄むがサキは無表情のままその滑稽な姿を見る。
学年で最も低身長なのが円だとすれば2番目がツカサだ、そんな相手に何を怖がる必要があるのであろうか?
「初めてのサバゲーで浮かれてるだろうから忠告するけどサバゲーってのは無闇やたらに誰でも撃っていいゲームじゃないんだ」
サキは駄々っ子をなだめるように説明する。
サバイバルゲームにおいてフレンドリーファイアはよくある事だ。大抵はフレンドリーファイアした側とされた側の両方ないしされた側のみが退場する、ここのフィールドのルールであれば前者がとられる。だがこのような明らかな妨害行為となると話が違ってくる。意図のある妨害行為の時点でミスではなくトラブルの元になってしまっているし、午前中のゲームを見てもサキは三本指に入る強者であった。彼女がリスクを取ってまでやるよりもツカサがもっと周りと協調して戦えばいい。実際勝機はあるはずだ。
サキの理性的な提案にツカサは暴力性が抑えきれずサキの頬を一発叩く、手下に煽られながら意見具申されたのも女の子達に対しての面子が保てないのも何よりも吾妻円という人物に対しての害意が成せないのが最も大きかった。痛くないからこそムカつく一撃。
「あぁ、ふざけんじゃねぇぞ。使えねぇのはアシだけに……」
「アシ」という単語が出た途端サキの目は駄々っ子を宥めるものからゴミを見る目に変わっていた。ツカサもそれを感じ取り萎縮する。ツカサの今までの振る舞いは単にワガママなだけのガキに過ぎないのだ。サキに命令は出せても屈服させるだけの力は無かった。
「いいな、やるんだぞ!」
ツカサは萎縮して精神が落ち着いたのか戻っていった。サキはしばらくぶたれた頬をさする。
「あらら、困りましたね……」
まりが背後から現れる。
「まりちゃん……」
「お怪我はないですか?」
まりはやさしく打たれたところを撫でる。
「大丈夫です。その……まりちゃん」
サキはツカサから命令された話をまりに伝える。
「えっと……わたし、あの人のジャマとかしたくありません。まりちゃんの事助けてくれたし」
サキははじめてのゲームが終わった時に彼がまりが転んだのを自分の銃を捨ててまで受け止めたのを見ていた。転んでから助けるならともかく転ばせないためにとっさにあそこまで身体を張れる人物は中々いない。
まりは少し考えてからサキに「大丈夫です」と諭す。
「午後、チーム替えしましょう。そうすればサキちゃんも引き続きお手伝いしていただけますよね」
まりはニッコリして提案をする。「そのためのお手伝いよろしくおねがいしますね」と先程と違い合理的で的確な指示「円とツカサの直接対決」という指示を出す。
方針を共有しサキを帰らせてからまりはスマートフォンで電話をかける。
――――――――――――――――――――――――
「ハルトのヤツ露骨にやる気なくしてんナ」
向こうの昼休憩に合わせてこっちも小休止を行っていた。ハルトは途中からK2と代わりスタンとバーベキューグリルをいじっていた。
「ああ、すごいいやーな予感がするよ。こういう時は大抵がハルトの悪巧みが巧くいってない時だ」
「んで、見た感どうヨ?」
「動きがいいのは3番、6番、7番、12番、20番辺りかな? あとタグなしにも結構いい動きのが多いな。前線で大暴れしてるのと狙撃が馬鹿みたいに巧いのがいる」
「ツカサは?」
「空気、足は引っ張ってない程度」
K2はユキヲからファイルと使ってない方の双眼鏡を借りて眺める、そしてある違和感に気づく。
「おい、ツカサのシリアル別なヤツになってないか?」
K2はツカサの白頭とシリアルが別な動きをしている事に気づく。そしてそれが即座にまりのミスではなくハルトの企みだと感じる。
「バレたか、俺が推してたヤツを入れた。ツカサ君は頭目立つからそれで見てた」
ハルトは悪びれもせずにユキヲに説明する。
「でも見込み違いかもしれないな、マトモな活躍してないし」
ハルトの尻のスマートフォンが鳴る。
「あ、俺」
「お疲れさまです、真壁です」
「どったの?」
「例の吾妻さんにツカサさんをぶつけようかと思います」
「ふーん」
「興味なさそうですね」
「うん、失せた」
ハルトの悪い癖が出ている。だれもが興味を持つ絵図や展開は組めるがそれがしょっぱい展開になると即座に飽きる。まりもそこは電話前から承知の上であった。
「面白い話をしますね。ツカサさん吾妻さんに何かしらの因縁があるらしいですよ」
「それ、ちょっと興味ある。詳しく聞かせて」
そのハルトの悪い癖を治すには彼が興味を持つ面白い情報を与えるのが最善策だ。特にこじれた関係性等人の黒い感情はハルトの好物だ。
しばらくハルトとまりは会話してから「対抗意識煽ってね」と言って電話を切る。
「ユキ、交代」
「お、おう……」
ハルトはユキヲから双眼鏡をひったくるとサマーベッドに座らず立ち見でサバゲーを眺める。
「ユキ、キムくん、サム。これ面白くなるぞ」
――――――――――――――――――――――――
「ゲームの関係で午後は相手チームに移動します」
まりは円とハジメにそう言った。
「あ、吾妻くんやっほー」
「おう、もう立ち直ったみたいだな」
「さっきはどうも」
たまきとヨウとグリコが挨拶をする。
「新堂さん、田所さんよろしくおねがいします!」
まりは勢いよくお辞儀して頭を机の角にぶつける。
「おいおい……大丈夫かよ」
田所は痛い思いをしているまりに寄り添う。
午後のゲームがはじまり、皆でフィールドに入る。
円は相変わらず先程の金的の痛みを思い出して身震いしていた。しかしそのおかげで身体は良好、思考は明瞭、目的は明快。午前のことなど既に忘れていた。
そして円と共に歩む仲間たちが多くいる。その事実が今まで銃を落として傷をつけた程度のちっぽけな事で悩んでいた己の矮小さを認識する。
――――――――――――――――――――――――
河野サキはツカサから距離を保って、ゲームスタートを待っていた。
先程の事もあるが何よりも重要なのは黄チームよりも赤チームが個々の戦力も総合力も上であった。黄チームが勝っている部分といえば後半から最年長かつ元自衛官の松永を中心として即席とはいえ連携と情報共有がなされている事だが、プライドがあるからかツカサ組はそれを受け入れていない。
この場においてサキは最強格の1人であったが赤チームには同格と呼べるサバゲーマーが何人もいた。
その上でサキは松永組と通じ正面での殴り合いを任せつつ自分たちは北側に回り側面からの援護をすると買って出た。まりとの方針では最北端でお互いをぶつけるという話になっていた。
ゲームがはじまりツカサ組は北側に展開した。先行したフリをしてツカサの取り巻きと相手を消耗させ、ツカサと円の直接対決でもってツカサの実力で勝つ、サキは取り巻きが取りこぼすであろう相手の掃討と円をツカサの元に誘導するという作戦だ。
が次の瞬間目に飛び込んできたのは瞬殺される取り巻き達だ、赤チームの最強格がたまたま固まって北側に展開していた。
いや、違う。明確に1人の人物を中心としている。腕の立つ前衛スナイパーも動きのいい上級生も吾妻円という指揮官を中心として動いていた。
その光景に呆気にとられているとグリコが高速で接近してくる、歩きや走りでなく低い軌道で飛んでくる異様な動きをする彼女に対して立射で射撃を当てるのは難しい。理由はその姿勢の低さから距離、向き、速さ以外に高さという変数が組み込まれているからだ。立体的な戦いを強制できる時点で最強格であった。
サキはまたアレを使おうと左脚に遠心力をかける。「カチリ」とギミックのセーフティが解除される音が鳴る。
そう、吾妻円の予想通り彼女の左脚は義足で内部にP90が組み込まれていた。弾速チェックの際に足が出されてなかった理由は義足とP90が分離できP90だけを取り外してチェックしていたに他ならない。
構造としてはスネの部分にP90が上向きで格納されセーフティの解除と共に膝の下にある可動域が回転しP90が展開され射撃をする、セーフティの切り替えはP90の本体側で行う。そこに手持ちのP90も併せて使う。
義足のP90は不意打ちできるサイドアーム扱いで不意打ちが必要な相手にはためらいなく実行するだけの経験と胆力があった。そして何より重要なのがサキの左脚はグリコの低さという武器を完全に殺す高さであった。
同じテを同じ相手に何度も使いたくないが相手の排除のため不意打ちを行う。グリコは軸足を中心にサキの周りを移動する、身体で射角が遮られるため状態ではなく身体全体で回転をする、この身体になってから苦手な動きだ。そこでサキは違和感を覚える、何かが違っていた。
先ずアサルトライフルでなく小型のハンドガンを2丁握っていた。そして午前では直線的にジグザクに動いていたのが遠巻きに円形で移動して障害物に隠れてからは顔を出さない。来ないのか?
次の瞬間グリコは地面を足で蹴る、最初の2歩はいつもの動き、ただジグザク移動ではなく二度とも角度を浅くして真っ直ぐにサキに近づく、早い。そして3歩目でそれは横方向の移動でなく縦方向への飛翔になった。サキの左脚では到底届かない場所に飛ぶ。
高い……それは嫌悪感すら抱けないほど美しく飛翔しサキの瞳に写る。
いつの間にかサキはヒットを受けていた。久方ぶりのヒットを受けサキはへたり込んでしまった、変な力の入れ方をしてしまったせいで腹筋が引きつり悲鳴を上げる。情けない。
無様な姿を晒しているサキと対比してグリコは軽やかなステップで着地しハンドガンをカイデックス製のホルスターに収納し戦闘を止めサキに手を差し伸べる。
「キミ、強いな。名前は?」
フルフェイス越しのその表情は見えずとも笑顔であった。腹痛にさいなまれながらもサキはその手を握り返す。
「……河野サキ」
「江崎グリコ、よろしく」
グリコはサキの手を力強く握って持ち上げた。腹痛は無くなっていた。
次の瞬間サキの目の前でグリコが撃たれた、ついでに自分も弾に当たった。撃ったのはツカサであった。してやったというしたり顔がフルフェイス越しからも見て取れる。自分だけは無闇やたらに誰でも撃っていいと思っている嫌なヤツ、友達がいないのも納得だ。
――――――――――――――――――――――――
ヨウとたまきそれとエリとまり、ハジメは側面からの攻撃に応戦をしていた。
円と希はある作戦のために待機していた。
その作戦とは円達のチームと本隊で相手を包囲する作戦だ、人数は少数であるものの赤チームきっての精鋭ぞろいであるために独立した2つの別働隊として動き支援隊は本隊ともう片方の潜入隊の支援、潜入隊は少数で奥まで潜行し後方から本隊と挟撃という作戦を皆で様々な意見を述べた結果決めた。北側というのはまりのアイデアで主戦場が南側が多いため北側に布陣しそこから奥へ潜入するといいのではと意見が出てそれを採用した。
支援隊はヨウ、エリ、まり、たまき、ハジメと安定した戦果を出せる上級生と狙撃組、潜入隊は円、希、グリコの3名であった。
北側は円の想定よりもずっと戦力というか人が少なく、出てくるなり支援隊と共に返り討ちにした4名以降は全く出てこなかった。
情報共有された中で注目されたのは2名、元自衛官の松永と謎のサバゲーマーの河野であった。
松永はこの中では戦闘に関して一番のベテランであり午前の中頃から的確な指示を飛ばし間接的に戦績を上げていて戦力の中核にして司令塔的役割を担っていた。それに対しては本隊が正面で受け止め、支援隊が側面支援を行形で対応する。
河野は先程の謎の動きが解明されてないことから最も戦績の高いグリコを先行させヒットさせればそれでよしそうでなくとも時間を稼いでいる間に円と希の2名が後方に潜入し大暴れするといった作戦となった。
「待った」
希は円を手で遮る、そこにはヘンリーが立っていた。
「よぉーし! いいぞぉ辺見ィ。俺がそいつを潰す間女を逃がすなよ!」
ツカサが後方から現れる。作戦を見抜かれた形になる。
「ま、そういう事でお付き合い頼むよ」
希はヘンリーと円はツカサと1対1で戦う事となった。
ヘンリーはSAAを2丁持っていた。その構え方は妙なもので右手は照準を合わせ左手は腰だめであった。希は通路に置かれている腰丈の高さのバリケードの裏に隠れて様子見を決め込む。
射撃音が2発、同時。バリケードの中央に隠れていた希はその時点で嫌な予感を覚え真ん中から身体を転がし通路側に身を寄せる。マツケンが「隠れてても撃ってくるのは初心者か隠れた事に気づいていないか、それか当てる策があるか」と言っていた。初心者はSAAは使わないし真正面から隠れた、つまり多くない弾数で当てられる方法があるのだ。次の瞬間BB弾が狙いすましたかの様に落ちてきた。
マツケンがその後に「バリケードは弾を防ぐ以外にも動きを見えなくする効果もある、それを活用しろ」と言っていた、それを聞き流さなくてよかった。
どうやらヘンリーはBB弾の軌道を変えられるらしい。初見殺しとしては有用な戦術だ。しかしネタが割れた時点で必殺技でなくただの曲芸だ。
ヘンリーの勝利条件はヒットではなくあくまで時間稼ぎ。ツカサの話てた事から希はそう推測し、ならばこちらは速攻で潰すのみと結論づけた。
次弾の撃鉄が鳴る前に希はバリケードを正面から出る、ヘンリーはそれを予想をしていなかったらしく慌ててSAAのコッキングを行おうとする。
希はSAAをよく見て接近していた。ハンマーが起きていなければ弾は撃てない、銃口の前にいなければ弾に当たることは無い、向こうでそのための訓練を受けてきた。一方のヘンリーは普段と違い片手での射撃に慣れていないらしく未だにコッキングすら出来ていなかった、技は凄いものの基本がなっていない。
希はMP5をセミオートで1発撃つ、これはこっちに来て一ヶ月間かなり練習して身体に覚え込ませてきた技術だ。ヘンリーは回避する間もなくヒットされた。
「今日はいいところがまったくない……」
「そういう日もあるっスよね」
ヘンリーはそう言うと大人しく引き下がっていった。
――――――――――――――――――――――――
円はツカサと銃撃戦を繰り広げていた。
円がセミオートで1発撃つとツカサはフルオートで反撃してくる。
円は最早ツカサに対しての嫌悪感やP90を傷つけた罪悪感はなくなっていた、むしろこの銃撃戦を楽しむ余裕すら生まれていた。
楽しい。今、まさにこれであった。
一方のツカサは余裕が全く無かった。ここで円程度の初心者をあしらえなければアンダーメンバーへの降格もあり得るとまりから忠告され、この戦いはハルト達が見ていると昼休みに聞かされた。そして何よりも自分よりも格下で嫌悪していた円の周りに人が集まりあまつさえはボディタッチもしてくれる女子までいたのだ。しかも顔が好みでかわいい。
ツカサが円を嫌悪している理由はさておき、今この場で簡単に制圧できなければ立つ瀬がなく、事実簡単に制圧できていないのだ。強くはない、しかし粘り強く、当たりはしないものの的確なタイミングで撃ってくる。昔から嫌なヤツ。
ツカサはバリケード越しにフルオートで盲撃ちをし円を寄せ付けないように牽制する。がエアガンの音から弾切れになった、多弾マガジンの底のネジをクルクル回し始める。そのスキを逃さず円が突撃しツカサを至近距離で撃つ。
「オマエはいつも、どうしてそうなんだ!」
怒りを制御できず円に感情的にヒステリックに怒鳴り散らし、自分の銃を地面に叩きつけ踏みつける、銃がズタボロに傷つく。すると銃から「プスプス」と嫌な音が出てきて微量の煙が立ちはじめる。ツカサは何が起こっているかわかっていなかったが円は事前に勉強していたからかそれがバッテリー異常による発火だと気づき「火事だ!」と叫ぶ。
ツカサはその時点で慌てて逃げてた。円は火事が起こった旨を皆に伝えるべくフィールドを駆け回る。皆慌てて自分の装備を持ってフィールドから逃げる。
皆でフィールドを見守る、凶兆の前触れの様な不穏な静けさがセーフティを支配する。未だ火災は起きていないが予断も許さない状況。
「英さん見ませんでした?」
まりが円に聞く。辺りを見回すが特徴的な声とオレンジががった金髪頭はいなかった。円とまりは慌てるがその直後にハジメはフィールドの入り口からゆっくりと現れた、手にはツカサのPDRを抱えて出てきた。
「自分の銃は大切に扱うのだな」
ハジメはぽかんとしているツカサにズタボロに傷ついたPDRを担がせた。
「か、火事は?」
円はハジメに事の次第を聞いた。
「火事? リポバッテリーが膨らみ掛けてたからセーフティバッグに突っ込んで燃え広がらない場所に放置してあるのだ。あのクソ配線に感謝するのだな」
その言葉に係員と上級生が慌てて消化器を持ってフィールドに入る。
「解決なのだな」
ハジメはVサインをいいながら事態の収束を宣言する。
皆がほっとするが消防に通報をしてしまったためこの会はお開きになった。
――――――――――――――――――――――――
「潮時だナ、こっちも帰るカ?」
K2は下の騒ぎの原因をスマートフォン越しに聞きながら皆に問う、原因はツカサのエアガンの故障によるバッテリーのボヤ騒ぎらしい、キャンプ場に火災や火の手は無いもののの消防車が来ている事からも大事になってしまったらしい、もうグダグダ。
ハルトはスマートフォンの通話を切ってサマーベッドに座ったまま皆を集める。
「先ず今回の収穫は2つ。1つ、僕たちが思っていたよりも在野の人材が多い事、多分一番デカい収穫。2つめ、ツカサ君の今後の運用方針のアイデアが浮かんだ」
「ツカサの話を聞こう」
「Yes.」
ユキヲが隣のサマーベッドに座る。ハルトはユキヲに最後の缶ビールを渡す。
「個人的にアイツ、HEROESの知名度を笠に着てイキってて嫌いだったけど今回のでむしろ好きになった。ああいったこじらせたヤツは面白い。んでこの前の会議でまりちゃんに食って掛かったの覚えてる? アイツあのサバゲーマーになぜが敵愾心を抱いてる」
「あったナ。どんな奴ダ?」
「動画あるよ? っていうかユキが林達をけしかけた時の相手」
ハルトはスマートフォンで動画を再生する、それはサバゲー部の定点カメラであった。数十秒に満たない動画だが、それを見て皆息を飲む。この場にいる全員が彼のヤバさを実感していた。
「それで?」
ユキヲがハルトに聞く。ハルトは少し思案してから口を開く。
「先ずツカサ君とサシ飲みで原因を聞く。まぁ大体こういうのって女かでなければ嫉妬かその両方だろうね。僕よりユキのほうが適任だからユキに任せちゃっていい? そういうお店詳しいしついでにメンタルケアもしてやってよ」
「いいだろう」
「僕はその間に彼に話を聞いてみる、幸いまりちゃんが関係組んでくれたからそこから探ってみる」
「もしかして昼に話してたのって?」
ユキヲが昼に指摘したツカサのタグを別人に流用していた事やまりと話をしていた事をハルトに聞く。
「そういうこと」
「んで例の彼にツカサ君をぶつけて勝ってもらう、これで年末まで持たせる」
ハルトはサマーベッドから起き上がり伸びをしてから話を続ける。
「んで新規メンバーの方なんだけど、みんながツカサ君に掛かりっきりになる以上。中止にしたほうがいいなと僕は思うんですよ」
「今までのは無駄だったな」
「いや、そうとも言えないぜ。ツカサ君の育成と並行してリストのメンバーを片っ端から俺らで狩っていくってのはどうだ?」
「ふむ……」
「アリだナ」
「Yes.」
話がまとまりこの場にいないメンバーにはユキヲが議事録を後日渡しK2とサムが主体となり撤収準備を行い向こうより先に撤収を済ませる。
――――――――――――――――――――――――
火災事故があったという事で新歓は解散となった。新歓の運営は施設への謝罪と学校や保護者、消防への応対と忙しかった。バスで帰る手はずだったが手配が遅れツカサをはじめ一部の1年は心配した両親などが迎えが来てくれた。
エアガンが発火するのを未然に防いだハジメは新歓の運営と施設、消防から念入りな聞き込みがされている。本人は辟易とすらせずに何度も同じ話を繰り返し説明していた。
エリやヨウをはじめとしたフェローシップ運営のメンバー全員に話を通し、それぞれが迎えの来ない1年生を最寄り駅まで送る事で話をつけ、大型車で乗り付けたヨウとエリはピストン輸送のため不在であった。
「あー、後藤ちゃん。なんかアホ来るって言うからクルマいらんわ」
「そっスか、高屋サンによろしく言っておいてください」
希は無関心そうに帰り支度をしている。
「なぁ、いいこと教えたるわ」
グリコが隣に座る。
「クルマの座席が1つ空いた、後藤ちゃんの気になってる子……吾妻くんだっけ? がいて帰りのアシを欲してる……」
無関心そうに作業を続けるが手が滑ってBB弾の袋が落ち小さめの大惨事が足元に広がる。
「それ、一緒に帰れってコトっスか?」
冷静を装いBB弾を諦めてグリコに尋ねる。
「んー、もっと深入りしてもいいんじゃない?」
意地悪そうな顔でグリコはささやく。
「深入りって?」
言葉の意味を理解し希は急に赤面させる。
吾妻を連れてロードサイドのモーテルに入りベッドイン、受付で鍵をひったくりドアを開けあの華奢な身体をベッドに投げ込み……
いやダメダメダメ! そういうのはノクターンノベルでやるヤツよ。
頭の中に芽生えた思春期特有のピンク色の妄想を消すべく先ずモーテルのドアを破って殺人鬼を突入させた、マイケル・マイヤーズ、ジェイソン・ボーヒーズ、ババ・ソーヤー、ラスティネイルやキャンディマンも呼ぶ。次にヒーローを窓から突入させる、バーニー・ロス、ジョン・ウィック、ハリー・ハート、ブルース・ウェインとフランク・ウェストは3人ずつ同時に来た。
部屋が狭く殺人鬼とヒーローで乱闘になったところでクローゼットから鏡子とマツケンが現れ片っ端から部屋の外に投げて飛ばす、吾妻も消えていた。
「その様子じゃ深入りは無理そうね」
グリコは呆れながら「じゃ」といって去っていく。それと入れ替わりにホテルから消えてたはずの吾妻円がやってきて落ちてプチ大惨事になった足元を見て「大丈夫?」と聞かれた。
「は、はい!」
「片付けるの一緒に手伝うよ」
円は手際よくほうきとちりとりで足元の大惨事を1人で片付ける。
「ゴミとして捨てていいよね?」
「ど……どうぞ」
ちりとりであつめたBB弾を捨てにいった後に円は自分の荷物を持って希の隣に座る。近い。
沈黙、ぬるい風が吹き抜ける。
「「えっと」」
お互い同時に話し出す。お互い譲り合い円が先に話す事になった。
「さっきは……その、ありがとう」
円はタマ蹴りの話をする。
「痛くなかったっスか?」
「正直、痛かった」
「ごめん!」
希は手を合わせて頭を下げて円に謝罪する。
「むしろ助かった……かな? アレ大切な人から貰ったものだから最初は悲しかったけど、何ていうんだろ踏ん切りついた」
円はにっこりと笑う。
次は希の番だ。何も怖がる必要はない言え、言うのだ。後藤希よ。
「あっと、一緒に帰りませんか? そのクルマの座席開いてるんですけど……」
か細く絞るように出した少し裏返った声でも円にはその意図と意思が伝わった、伝わらなかったのは下心だけだ。「是非、おねがいします」と力強い声で返ってきた。
メカニック解説
H&K P7M13
東京マルイ製のエアーコッキングガン、18歳以上用と10歳以上用がある
最大の特徴はスクイズコッカーというグリップセフティが稼働する事でそれ以外にも使いづらいもののマニュアルセフティもある
江崎グリコの持っているのは18歳以上用である
この銃、ひいては東京マルイ製のエアーコッキングハンドガン全般を購入する際に注意したい点は同じ銃で10歳以上用と18歳以上用の2種類がある事、新品で購入する際には外箱に中身のエアガンが見れるプラスチック製の窓があるのが10歳以上用で外箱に写真みたいなイラストがあるのが18歳以上用である
また予備マガジンも10歳以上用と18歳以上用の2種類があり、購入する際には注意したい
河野サキの義足に仕込んでいるP90
義足に仕込むにあたってトップレールとレシーバー、ストック部分の切除を大胆に行い短くして義足に組み込んでる、それ以外にもトリガーの深さによりセミフル切り替えが出来る機能を使いセミオートの位置までしかアクセスできないトリガーに替えフルオートにアクセス出来ない様にしている
動きに関しては膝を上げる動作でP90が展開され射撃出来る角度に達したらトリガーが引かれる、戻すには手でもとの位置に戻す
若宮ツカサのマグプルPDR-C
ベースはMAGPULPTS製のマグプルPDR-C
そこにLIMITLESS製のパーツを組み込んだらしい銃
しかしバッテリーコネクタの配線が直にコネクタにつながって無くミニSとTX30変換を組んでいる事からあまりいいカスタムをされていない
ベースとなったマグプルPDR-CはP90と同格のPDWで、P90と同じくブルパップ方式であり左右共用仕様で右利きでも左利きでも扱いやすい
最大の特徴は東京マルイ製のスタンダードタイプのM4A1系マガジンを使用でき、マガジンの種類の多さがP90との最大の差異点である
欠点はマニュアルセーフティが無く、セミオートフルオートの切り替えもトリガーの引き代で左右されるため使えるフィールドが限られる可能性があり基本的に不自由すると思っていい