70、支配人の苦悩
「支配人、いかがなさいますか」
「ああ、それぞれの希望も聞いてみたところだ。で、お前たちの目はどう見た」
ある日の昼ごろ、水瀬と白井は支配人部屋に来ていた。支配人は新人たちの資料を見ながら頭を抱えていた。
「こうだと断言はできませんが、彼らにあった役職は大体決まっています」
「そうか」
ホテリエというのはいくつも役職がある。宿泊部門、料飲・宴会部門、調理部門、営業部門、営業・管理部門。その各部門でも細かく役職が分担されている。水瀬や白井は宿泊部門のうちのロビーアテンダント、紅露は営業部門のブライダル、聶園は料飲・宴会部門のバーテンダーとソムリエ。
そんな一つの職場でいくつもの役職が存在するホテルで役職の移動、というのはおかしくはない。どちらかというとば一般的なのである。
そして、新人が最初にする役職というのは大体ロビーアテンダントやベルアテンダントなどである。そこから時間をかけてそれぞれに合う役職を見つけていくのである。
「・・・しかし、まさかお前が山田を気にいるとは」
「私は正直な方が好きですよ。何も意外なことではないでしょう?」
水瀬と白井は新人育成と共に、彼らがどの役職に適しているのか性能を確かめていたのである。
「それで、二人の意見を聞かせてくれ」
「承知しました」
まずは白井からメモを取り出して読み始めた。
「まずは倉橋さんですが、彼女はロビーアテンダントよりコンシェルジェに向いています。倉橋さんはどんな方にも分け隔てなく質問に対して正確に適確に返答されます」
「なるほど。・・・石川はどうだ」
「石川さんはご自身でロビーアテンダントは向いていないとおっしゃっていました」
「確かにそう言っていたな。石川は水瀬と似ていると思っていたがその部分は似ていなかったか」
「代わりに、人手が足りない時にハウスキーピングに借り出されたとき、楽しかったそうです。確かに楽しそうに掃除をなさってます」
支配人は手元の資料を見ながら白井の言葉に耳を傾けている。白井の隣で水瀬もなるほどと思いながら静かに聞いている。
「・・・なるほど。水瀬はどうだった?」
「はい。私は一年間西野さんを観察した結果、彼はルームサービススタッフに適しているかと」
「・・・なぜだ?」
「西野さんは行動に移すのがとてもお早いです。記憶力も良い方ですし」
「ルームサービスか・・・。で、山田は?」
「彼はこのままロビーアテンダントでよろしいかと」
「移動は無しか?」
「はい。宴会部門やブライダルも考えましたが、彼は今の仕事に誇りを持っているようでしたし、まず、山田さんがホテリエを目指したきっかけがロビーアテンダントのようでしたので。彼も本望ではないかと」
「・・・その話は面接の時のか?」
「はい」
「よく覚えているな・・・」
「私は記憶力が良いので」
「そうか・・・」
一通り、西野も含めた新人たちの移動先が決まったところで、支配人、鈴木が机にペンを置いた。ゆっくりと伸びをして、今度は肘を机に乗せた。
「・・・ところで、お前らどうした」
『はい?』
唐突な支配人からの質問に二人がハモる。
「いやなぁ、お前たち二人の距離が遠くないかなと思ってな」
「いつも通りですよ〜」
「そんなこと考えてらっしゃったんですか」
水瀬は一切表情を変えず、白井は二パッと笑う。しかし、支配人の目にはどうしても二人の距離が遠く見える。
「斥力でも働いてるのか」
「せ、セキリョク・・・?」
「バカ言わないでください。磁石じゃないんですから」
唐突な難しい言葉に白井は意味がわからず混乱しているが意味がわかった水瀬は平坦に返した。まるで上司に言う言葉ではない。
「じゃあなんなんだ。その微妙な距離感は。ちょっと前まではもう少し近かったぞ」
「ですからただの錯覚です」
「そうかなぁ・・・」
首を傾げる支配人に否定るすような言葉を返す水瀬だが、確かに最近白井が少しずつ離れていっている気がする。この前の結婚式の手伝いの時も、一切話すことはなかった。まるで数年前に戻ったようで、水瀬はぎゅっと心臓が押しつぶされているような感覚になった。
極め付けは髪型だ。白井は一日も忘れる事なくハーフアップをして水瀬がプレゼントした髪飾をつけてきてくれていた。なのに、あの合コン以来、白井が髪飾をつけてくることは無くなった。
理由はなんとなくわかっている。が、どうも踏み込めない。
「白井は髪型も戻ったし、水瀬は最近いつも体調が悪そうだ。また倒れるんじゃないかと心配しているんだぞ。。これでもお前たちの上司なんだからな」
「・・・十分気をつけております」
とかなんだか言っているが、結構今でも限界である。表情筋がいつも以上に硬くなっている。
ふと、水瀬が横の白井に目をやると、白井もこちらを見ていたのか目が合う。しかし、すぐに白井が目を外した。水瀬は目を少し細めて目を逸らした。
「・・・すみません、用が済んだようですので失礼します」
「あ、あぁ・・・」
ぺこりと支配人に会釈をして白井は支配人部屋を出て入ってしまった。
「・・・なんだ、喧嘩でもしたのか」
「いえ・・・なんというか、勘違いされてるというか・・・」
「早く訂正すればいいじゃないか」
「話す機会がないんですよ」
「・・・携帯、持ってないのか」
「あ・・・」
どうも支配人にとって可愛くてたまらない面倒な部下たちは人付き合いが苦手なようである。
(お前らホテリエだろうが・・・)
こういうところでも大変な支配人、鈴木であった。
ホテルの役職移動に関して各ホテルによって違いがあります!




