65、上手な男
十月。燦々と照りつける太陽の日差しは衰えを見せ、六時にはもう太陽が去っていこうとする。
夏から秋へと移り変わるこの時期に、また、ブライダルサロンが動き出した。
「今一度、お客様の名簿確認を!カウンターの人に連絡!あと、宿泊予定のお客様の確認も!」
ブライダルサロンの責任者は各担当者に指示を出している。
結婚式というのはホテルで行われる行事の一大イベント。そして、ブライダルサロンの力が発揮される最高の場である。ブライダルプラナー、ドレススタイリスト、美容スタッフ、フラワーコーディネーター、写真映像スタッフ、そしてブライダルサロン責任者。もちろん、ホテルのホテリエも大忙しである。
「お待ちしておりました、津和野様、神代様」
ホテルの玄関口には大きなお腹を支える花嫁と花嫁を支える花婿が立っていた。二人とも元気よさそうで、妊婦である花嫁の体調も良さそうである。
紅露が二人を控室に案内し、そこで花嫁花婿は衣装に着替える。
「神代様、体調はいかがですか?」
エレベーターの中で紅露が花嫁に話しかける。
「はい!絶好調です!!」
元気よく笑顔の花嫁は聞くまでもなく見るからに元気である。
そんな花嫁よりも花婿の方が緊張している。さらには、花嫁の身体を心配している。
「そんなに心配しなくても大丈夫だって。私は大丈夫だから」
「でも・・・」
せっかくの結婚式だというのに彼の頭の中は彼女の体調のことでいっぱいであろう。
そんな二人を見ていた紅露は自分が妊娠した時のことを思い出した。だんだん大きくなるお腹を心配そうに見つめたりさすったりしてきた旦那によく似ている。大丈夫だと言っているのに聞く耳を持たず、とにかく心配していた。その行動は嬉しいに越したことはないが、それに加え、可愛さまで見えたのである。
そんな初さをまさか見ることができるなんて思ってもいなかった。自分たちを見ているようで、周りから見たらこんなにもほっこりとするようなものだったとは。今になって少々感激である。
「大丈夫ですよ。私も子供がいますので妊娠の経験がありますから何かあれば言ってください。ホテルスタッフも万が一に備え、応急処置ができるよう指導してありますし、産婦人科への連絡も早急にできるよう控えておりますので。それに、神代様のご体調を考え、このような時期にできるよう配慮されたのは津和野様でいらしゃいますでしょう?」
紅露の緊張を和らげる温和な言葉に花嫁が大きくうんうんと頷く。花婿も少しは緊張が和らいだようだが、それでもまだ、優しい彼は険しい顔をしていた。
そこへ、花婿の袖を花嫁が引っ張った。
「私は泉のこと、大好きだから一生に一度の結婚式は大丈夫だよ!」
「みつや・・・」
花嫁の言葉は全くもって理解のできないものであるが、妙な説得力がある。やはり、好きな人の言葉には安心感があるのだろう。
やんわりとした空気のまま、エレベーターは控え室のある階に到着した。
その階にはドレスコーディネーターや美容スタッフ、そして、宿舎ホテルのスタッフが待機していた。
「花嫁様はこちらへ」
「花婿様はこちらへ」
それぞれスタッフに連れられ、別々の控室に入っていった。紅露は一旦その場は他のブライダルサロンのスタッフたちに任せ、司会進行や会場の最終チェックなどの作業にかかった。インカムで仲間たちと情報共有しながら着々と進めていく。
そして、花嫁と花婿の準備も進んでいくのであった。
「お久しぶりです、津和野様」
「水瀬さん!本日はよろしくお願いします!皆さんもよろしくお願いします!」
ブライダルサロンのスタッフではないが、一応ブライダルサロンもホテル内のスタッフであるため、宿泊担当のホテリエが結婚式のサポートに当たることは珍しくない。
ただ、専門ではないため、ドレスコーディネーターや美容スタッフなどの手伝いや、花嫁花婿の緊張を和らげるような役割を担う。
「いよいよ本日ですね」
「はい。長いだろうと思っていた準備の時間が思ったよりあっけなく終わってちょっと驚いています」
「それほど準備時間が楽しかったのでしょうね」
「それでも今日が一番早く一日終わりそうです」
「それは少し残念ですね」
この会話も緊張をほぐすためのものである。
準備していた衣装を着付けながら水瀬と花婿、津和野泉は会話を楽しんでいた。
「いつからお付き合いを?」
「中学三年の冬からですね。命令と言われて付き合い始めましたね。今思うと、一切ロマンスのない告白をされたのもです」
「神代様から・・・。命令というのは面白い告白ですね」
「本当ですよ。それに、僕らの周りは男子から告白することが多くて、みつやから告白して付き合った僕らは異質の存在でした」
小さく笑う花婿の笑顔を見て、水瀬も自然と表情筋が和らいだ。
女性から告白をされることが多かった水瀬は、男性から告白をする方が一般なのかと少し疑問に思ったが、それは人それぞれのことだと解釈した。
しかし、本当に結婚式を挙げようとしている人たちを見ているとなぜかこちらまで幸せな気分になってくる。
家族というものに幸せを感じたことのない水瀬にはなぜこうも穏やかな気持ちになれるのかわからなかった。
「野暮なことかもしれないですけど、水瀬さんはお付き合いされないんですか?」
「・・・」
水瀬は黙った。いつもなら「私にはもったいないものです」などと言い返すことだろうが、白井のことが好きだとはっきり自覚した水瀬は、言う言葉が出てこなかった。
「・・・私には・・・勇気がないので・・・」
ぽそっと聞こえずらいほどの声でそう言ったが、なんと花婿にはちゃんと聞こえていたらしい。
「僕も、勇気がなかったから先にみつやが告白しちゃいました。確かに、告白って勇気いりますし、振られた時の反動が恐ろしいと聞いているので、余計勇気なくしちゃいますよね」
水瀬は告白されることに関しては慣れているし、振ることも慣れている。
しかし、合コンで椎奈に告白をされて、なんて勇気のある人なのだろう感心した。自分は人前で告白なんてできないし、人前でなくてもできない。そう思うと、余計に振るのがつらくなってしまう。自分にはできないことをした人の勇気を無碍にするのである。だからと言って、責任を取るために付き合う、なんてことはしない。本当に心にある人を見つけてしまったのだから。
「でも、僕の質問にあぁいう回答したってことは、水瀬さん、好きな人がいるんですね?」
「!!」
図星を突かれ、水瀬の肩がビクッと跳ねる。なかなかに観察眼の良い花婿はそれを見逃してくれるわけがなかった。そして、また、水瀬は図星を突かれることになる。
「白井さん、ですよね?」
「・・・っ」
なぜわかった!?と問いたい口を抑え、ダンマリしている。
「確証はないんですけど、結婚式の話し合いの時に水瀬さんが白井さんと話されている時、ちょっと笑っておられるのが見えて、何かあるのかなとは思ってました。付き合っているような感じではなかったですし、最初に僕がした質問で付き合っておられないことがわかりましたから」
さすが、高校教師を目指す大学生である。ほんの少しの時間だったのにも関わらず、よく見ているし、あの質問がこういうことに繋がるとは思ってもみなかった。水瀬より、花婿の方が一枚上手だったようだ。
「神代様のご懐妊をあててしまった仕返しですか?」
「あ、いや、そういうわけじゃ・・・」
冗談でそう言った水瀬はふっと花婿に静かな笑みを見せた。
「えぇ、初めて好きな人ができてしまいました」
そう言った水瀬は今までになく幸せな気持ちでいっぱいだった。
津和野泉くん!なかなかハイスペックですね!!水瀬によく似た人物でした。相当賢いのでしょうね〜。




