56、美人も大変です
「私って、変でしょうか・・・」
「突然、何?」
誰もいないバーで、水瀬が聶園に問いかける。何をどうして、そんな話になったのかも一切わからない聶園には、どうしようもできない。悩んでいるということはなんとなくわかるが、どうフォローしてあげればいいのか、見当もつかない。
「私の経歴についてです」
「経歴?空港税関になろうと思ったけど、色々あって、ホテリエになった、っていう?」
「それもなんですが・・・」
水瀬の経歴を初めて聞かされる人が、まず最初に驚くのは高卒ということだろう。しかも、特別偏差値の高い高校に行っていたわけでもなく、私立に行っていたわけでもない。普通、と言って良いものなのかわからないが、とにかく、結構簡単に行けるような公立に通ってた。
それに、水瀬は確かに地頭が良い。しかし、それだけで、こんなに賢くなるわけもない。水瀬は、地頭に頼ることなく、学校から帰ってから、食事、風呂、トイレ、洗濯など、家事以外の時間を勉強に費やしていった。
夜零時に就寝し、六時に起床。前日の夜に用意しておいた朝食を食べ、少ない洗濯物を干し、学校へ出かける。もちろん、部活はしていない。
「聞き直すと、すごい経歴だね」
「孤児だったら、そういう生活を強いられます」
水瀬は好きで一人暮らしをしているわけではない。そういう生活をしなければならないのだ。
両親が亡くなってから、水瀬は父方の叔父と叔母に引き取られることになり、中学三年生まで、そこで暮らしていた。
こんな自分を引き取ってくれた叔父と叔母に迷惑をかけまいと、中学生ながらバイトを始め、バト代と免除、奨学金を使用し、高校から一人暮らしを始めた。
「寂しくなかったの?」
「・・・もとから一人だったので」
物心つく前に孤児になり、兄弟もわからない。叔父と叔母のところにいたとしても、それでも、静かな水瀬と叔父と叔母の間に会話はほとんどなかった。食事以外は一人で過ごし、勉強に打ち込む日々。お金をかけまいと、使うノートのページはほとんど黒。小さな文字と、余白のないノート。節約もそれなりにしていた。
「合コンとか、一度も行ったことないっけ?」
「無いです」
「そうだよな、合コンに行くようなタイプじゃなさそうだし」
「あ、でも、今度行かされるんですよ、合コンに」
「え、本当!?」
水瀬が合コンに行くことに対して、聶園が驚く。見た感じ、水瀬は乗り気ではなさそうだし、「行かされる」と言っていたので、強制的に連行でもされるのだろう。
だが、こんな性格の水瀬が合コンで花開きそうには思えない。ましてや、甘い春が来るとも思えない。お酒だけ飲んで帰ってきそうだ。しかし、そうとは限らない。水瀬の顔立ちは見目麗しいを通り越している。どこかの国の、白馬に乗った、王子よりも美しい。そんな男を、面食い女子が放っておくわけにはいかないだろう。
特に面食い女子でなくとも、中身が大事だと思っている女子であっても、水瀬に惚れる。その自信が聶園にはあった。
これは、聶園の大妄想というわけではない。前に、このバーであったのだ。バーにやってきた女性客が水瀬に惚れたことが。
女性客が水瀬に失恋話をすれば、優しく話を聞いて、綺麗な言葉で返し、またまた、他の女性客が何かしらのコンクールを恐れている話をすれば、ちょっとした豆知識を教えてあげたり。それはもう、女性客に絶大な人気を誇っている。そんなことが、今度の合コンでもありそうな予感しかしない。
「大丈夫なの、それ」
「何がです?」
「他の男たちに殺されるんじゃないかい?」
「やめて下さいよ、物騒なこと。それに、そんなこと、あり得ませんでしょう?」
「そうとも限らないじゃないか」
独身者のみならず、カップルや夫婦できた女性も虜にしてしまう水瀬だ。何度裏で騒動があったと思っているのやら。そして、その騒動を頑張って収めているのは聶園なのだ。
「わかってますよ、男性に妬まれることを恐れていらっしゃるんでしょう?」
「わかってるんだ」
「最近なんとなくわかってきたところです」
「暁、もしかして色仕掛けしてるんじゃ・・・」
「そんなことしませんし、できません。人を怒らせることは得意ですが」
「おいおい・・・」
色仕掛けなんて、水瀬にとっては無縁の長物だ。いらないものは持たなくて良い。それが水瀬のモットーだ。
「だから変だって言われるんじゃないか?」
「そうなんでしょうか・・・」
特に人を怒らせようとはしていないのだが、常時無表情と高身長が相まって、人に恐怖と警戒心を与えてしまうのだ。なんとか白井の真似をして、笑顔を作ってみるものの、やはり、どうしても作り物になり、不自然に見えてしまうのだ。
結構な付き合いの聶園は、水瀬の苦手なことをよく知っている。だから、よくアドバイスをしはするものの、水瀬が苦手なこと全て、微塵も水瀬に向いていないのである。
「やっぱり、バーテンダーに転職したら?」
「遠慮しておきます」




