55、難度の経歴
「失礼致します」
白井に連れられて、水瀬は、今度結婚式を開くカップルと、何も教えてくれなかった紅露のいる部屋へと入っていった。
「ロビーアテンダント兼、ソムリエの代わりを担当しています、水瀬と申します」
ぺこりと頭を下げて、紅露の隣に腰を下ろす。
前を見ると、若いカップルが座っていた。仲睦まじく、二人とも優しそうな表情で座っていた。
「お世話になります、津和野泉と彼女の神代みつやです」
「よろしくお願いします!」
にっこりと笑う二人。二人とも綺麗な顔立ちをしていて、まさしく美男美女カップルだった。確かに、紅露が言った通りのカップルなのかもしれない。
「では、披露宴に参加される人数はわかりますか?大体で構いません」
「はい。五十人は来ると思います」
「わかりました。ワインということで、お二人はワインがお好きですか?」
「僕らはあんまり飲まないんですけど、大勢の友達が結構ワインが好きで」
「そうなんですね。ちなみに、お友達の好みのワインのタイプはございますか?赤ワイン、白ワインなど、簡単で構いませんよ」
「そこまでは分からないんですけど、前に飲みに行った時、みんなお酒に弱い方らしくて・・・」
「承知いたしました。他に、たった一人のゲストに向けた方へのワインのご注文があれば承りますが」
「そこまでは大丈夫です。知り合いの偉い人なんていませんし」
「承知いたしました」
水瀬はメモを終えると、メモ用紙を次のページに移った。
「あとは、ワイン以外のお酒等に関し、神代様にはお渡ししないようホテリエの耳に入れておきましょうか?」
「え!?」
カップルが顔を上げる。驚いた表情で水瀬を見る。
「これは失礼致しました。私の目が節穴でなければ、神代様は妊娠をされておいでかと」
「!!」
「よく気がついたわね・・・」
隣に座っていた紅露も驚く。
「紅露さん、先に言ってください。見逃すところでした」
「な、なんでわかったんですか・・・?」
水瀬に新郎が聞く。
「先ほどから私の質問に津和野様しかお答えしてくだされませんでした。それに、膝の上にカバンを置き、腹部を隠したり、無意識に腹部をさすったり、水分や飴を持っているのは、妊婦の特徴です」
「すごい・・・」
「まだ初期だと見受けます。ですが、食事関連については複雑で繊細ですから。なるべく、座っていただき、換気をこまめにさせていただきますね」
「は、はい!ありがとうございます!!」
流石に、食事関連において、紅露が手を抜くわけがない。ちゃんと、シェフにも新婦が妊娠をしていると知らされているだろう。長年、この仕事をしている紅露に抜け穴はないだろう。
だが、水瀬は新婦が妊娠中ということが知らされていなかった。おそらく後で紅露から話があったのだろうが、一応の確かめである。それほど、お腹が大きいわけでもないので、水瀬のように見抜けるのは、妊娠をしたことがある女性しかわからないだろう。
「ごめんなさい。あまり妊娠していることを知られたくなかったので・・・」
「なるほど、そういうことでしたか。不躾なことを申し上げました。申し訳ありません」
「い、いえ!謝られるようなことでは・・・」
いい人たちだ。この人たちなら結婚式の手伝いなんていくらでもできる。
「僕たち、まだ二十二歳で、結婚も妊娠も普通の人より早いからみつや、隠したかったんです」
「はい。誰しも隠したことはございますから。それに守秘義務はございますので、ご安心ください。不快に思われるようなことは一切しないと約束いたします」
「・・・ほんと、ここのホテルの人はいい人ばかりですね」
突然、新郎が言い出した。
「こんなに僕らのためにやってくれるなんて・・・ありがとうございます!」
新郎が頭を下げた。
ホテル側がこのくらいのことをするのは当然のことであり、客の半分以上が金持ちなこのホテルではそうそう、このように感謝はされない。まだ若く、世間を知らないということもあるのだろうが、逆に感謝ができるというのは大人である。
「いえ、ホテリエとして当然のことです。お客様の身の安全を守るのも我々の役目ですから」
二人の顔は終始笑顔であった。
「・・・あの、水瀬さんって何歳なんですか?し、失礼だと思うんですけど・・・」
「私・・・?」
津和野が興味津々で目を輝かせながら水瀬に問いかけてくる。まるで犬のようだ。
「現在二十七歳です」
「え、二十七!?」
「あ、はい・・・」
津和野と神代が思いっきり驚いた表情を浮かべる。どうしてそれほどの驚いたのか水瀬には全くわからない。そんなに老けて見えるのか、と、水瀬の顔が少し濁る。
「もっとお若いかと思っていました!」
「私たちと同じくらいだと・・・」
「あ、・・・」
思いもよらぬ二人の言葉に水瀬は唖然とした。老けて見えるどころか若く見えていたらしい。
「あ、いやでも、その気品は僕らの歳じゃ身につかないかも・・・」
「気品・・・?」
ホテリエなので気品相応のものは身につけているはずだが、水瀬からは気品が溢れ出しているようだった。見目麗しい顔つきと相まって、大人の色気ダダ漏れの水瀬には、どうやら気品も溢れているらしい。
「そう言えば津和野様、この水瀬、こう見えてもこのホテルで一番の頭脳を持っているんですよ」
「ちょっ、紅露さん!?」
バシッと紅露が水瀬の背中を叩く。
そんなわけがないと水瀬が紅露に言うが、紅露は「だって事実でしょ?」と、言い返してくる。
「津和野様、高校の教師を目指していらっしゃるんだって」
「大学生、でいらっしゃるんですか?」
「は、はい・・・まぁ、一応・・・」
確かに二十二歳なのだから、大学に通っていてもおかしくはない。
「しかも、照耀大学だそうよ!」
「名門大学じゃないですか」
こそっと紅露が水瀬に教える。
津和野が通っていたのは照耀大学という超名門の大学だった。そこで津和野は高校教師に免許を取得しようとしているわけだった。
「そんなこと言うあなたは空港税関の実習まで行ったんでしょ?」
「空港税関!?」
紅露が余計なことを言う。水瀬は頭を抱えた。
「空港税関って、難しいんじゃないんですか!?」
「皆さんが思っているより難しくはないですよ。五感が良いことと、法律、各国の有名物や有名どころ、あとは人の特徴を把握しておけばなれると思いますよ」
「・・・それを難しいって言うんですよ・・・」
「まぁ、なれなければ難しいですね」
難しいことをさらっと言い退ける水瀬。おそらく感覚が狂っているのだろう。
それに加え、ワインやその他のお酒に関しての知識も豊富だ。どれほど頭に知識を詰められるのか、どれほど詰めたいのだろうか。普通の人ならもう壊れているだろう。
「みつやの妊娠を見破られたので、賢い方だとは思っていたんですけど、そこまでとは・・・。僕なんかじゃ到底太刀打ちできないです」
「いえ・・・私は、大学とか行ってないですし・・・」
「大学行ってないんですか!?」
「それでこの頭の良さってどうかしてるわね、水瀬くん」
「・・・紅露さんまで・・・なんですか、私、そんな変ですか・・・?」
「えぇ、充分変よ?」
紅露の「変」という言葉が水瀬に刺さる。
確かに、ちょっと変な自覚はあった。バスには乗れないし、買い物も友人にしてもらうし。よくよく考えてもみれば、変なところしかないではないか。水瀬はようやく自分が変であることを自覚した。




