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Wine・Red  作者: 雪白鴉
五章
55/70

53、暇つぶし策

これは、苦しいという感覚なのか


寒いという感覚なのか


目の前が赤く染まり、血生臭い匂いがツンと鼻を刺してくる。


冷たい銀の何かが己の手に触れる。


それと同感覚に、ランドセルについている熊鈴が鈴らしからぬ冷たい音を出す。


まだわからない兄の顔は人を見る目をしていなかった。


「はっ・・・」


 苦しい思い出に見舞わられ、大きく目を見開いた。隣では誰かが話している。


「・・・みやかわ」

「!!」


 開かない口を精いっぱいに開けて、親友の名を呼ぶ。


「暁!!」


 赤い目が宮河をとらえる。宮河の顔を見ただけで、なぜかほっと安心する。

 痛い頭を抱えながら、重たい体を起こす。


「大丈夫か?」

「・・・わからない」


 自分でも今の体調がどうなっているのかわかっていない。ただ、体が重い、頭が痛い、それだけだった。何か、思い出してはならないものを見た気がするが、それは宮河に言えない。


「宮河さん、医者を呼んできますね」

「あ、お願いします!!」


 健太郎が病室を出て行った。その様子を見て水瀬は、自分がコンタクトをしていないことに気がつく。だから目が痛くない。


「宮河、コンタクト・・・」

「あぁ、ここの精神科医の人が外してくれたんだ」

「さっきの人は?」

「お前の客だろ?」

「あぁ・・・そっか、お客様の前で・・・」


 だんだんと状況が掴めてきた。迷子の子供の親の前で倒れてしまったこと。ホテリエ失格だと水瀬はあからさまに落ち込んだ。ホテルでまた騒ぎを起こし、病院送りになったこと、客に不快感を与えてしまったこと、水瀬には色々、悔やむことが多い。自分のことなんて、考える時間の方が少ないのである。


「お前なぁ、働きすぎなんだよ。じゃなきゃ、ほぼ健康体のお前が倒れるわけがない」

「でも、やることないし・・・」

「なんか楽しみでも作ったらいいだろ?やっぱり、彼女作るとか」

「・・・」


 宮河が言っていることはど正論だ。全く、楽しみというものを持たない水瀬にとって、パートナーというものを作ることは暇つぶしになりそうだ。今の所、一切興味がないが、持ってみたらそうでもないのかもしれない。


 自分を受け入れてくれるような人に出会えればの話だが。


「・・・わかったよ」

「よし、じゃあ、俺のつてで合コン開いてやる」

「結果に期待しないでよ」

「期待するもんか」


 前に一度、こんなことを言われた際、水瀬は断った。ノリの悪い自分が、合コンなんていけるわけがない。そう思っていたし、興味もない。面倒。そういう感情しかないのだ。


 しかし、ここまで親友に迷惑をかけるわけにもいかない。宮河は警察という仕事がある。無闇に遊びに誘うこともできない。水瀬の買い物等はなぜか自主的にやってくれるため、ありがたいと思っているし、誕生日にそれなりのプレゼントを用意している。


「で、この際聞くんだけど」

「なに?」

「お前の好きなタイプってなんだ?」

「・・・なんでこの際?」


 宮河は昔からぶっ込みタイプである。


「合コンやるんならお前の好きなタイプ集めとくしかないだろ?蕾に紹介してもらうから!!」

「こんなことに奥さん巻き込まないであげて・・・」


 なんだか、自分が恋愛するより楽しそうな宮河。蕾という妻がいるからではない。昔からだ。自分の恋愛は普通に楽しみ、他人の恋愛に関しては繋ぎの役割を宮河は毎度毎度、こなしていた。ちなみに、水瀬も巻き込まれたことがある。


 顔がよく、身長が高い水瀬がモテないわけがない。水瀬のことを好きになった女子を何度連れて来られたかとか。その度に断って、泣かせた女子は数知れず。恨んできた男子も数知れず。


「だから、好きなタイプ、教えろ」

「・・・元気な子」

「それだけ?」

「・・・・・・礼儀正しい子」

「それでそれで?」

「・・・・・・お酒に弱い子」

「なんで?お前、酒強いだろ?」

「弱い子だったらあまり飲まないから制限がかけられる」

「なんだそのビジネスみたいな理由」

「ちょっとよくわからない」

「元気だな、お前」

「常に元気じゃないよ」


 こう変な話をしていれば医者は入りにくいが、入らざるを得ない。


 健太郎に連れられた健太郎の同期の精神科医がドアを開けて入ってきた。


「水瀬さん、体調はいかがですか?」

「頭痛と体が重いですが、特に大した症状はないかと」

「そうですか。頭痛薬を処方しておきましょう」

「ありがとうございます」


 にっこりと柔らかな笑顔を浮かべる精神科医。いい先生だなと、そういう感想しか出てこなかった。


「そういえば、ロビーにホテリエの女性の方がまだいらっしゃいますが・・・」

「!」


 それを聞いた水瀬が反応する。


「もしかして、白井さん・・・?」

「おう」

「・・・目、見てない?」

「あぁ。お前が倒れた時、真っ先に俺に電話してくれたんだ。お前の過去に踏み込もうとせず、お前を心配してな。しっかり言うこと聞いてずっと待ってくれてる」

「・・・そっか・・・迷惑かけたな」


 水瀬は重たい体をベッドから下ろし、宮河から黒いコンタクトを受け取り、目につけて、病室を出た。


 体と頭の辛さを隠しながらトコトコと廊下を歩いてロビーに出た。


「白井さん」


 静かな声で白井を呼ぶ。ロビーのソファに座っていた白井が驚いてパッと水瀬の方を見た。


 よほど心配していたのか立っている水瀬を見て白井の目がかすかに潤んだ。


「水瀬さん!!」


 すぐに水瀬の方へ駆け寄ってきた。


「心配したんですよ!もう、大丈夫なんですか!?」

「はい、大丈夫ですよ」


 本当は大丈夫じゃないのに。


「よかった・・・」


 ほっと安心して胸を撫で下ろす。


「すみません、ご心配をおかけしました」

「はい。もう、倒れないでくださいね」

「・・・約束は、できません・・・」

「ダメです!!約束してください!!」

「・・・ゆびきりげんまんで?」


 水瀬の一言に白井が一瞬止まる。

 そういえば、来年、一緒に花火を見に行こうと約束をするときに、ゆびきりげんまんをしていたことを思い出した。ブワッと白井の顔が赤くなる。


「ま、まぁ・・・水瀬さんがそうしたいなら構いませんけど・・・」


 縮こまって小さな声でそういう。別に水瀬がしたいわけではないがちょっとしたいじりだった。そんないじりに親身に応えてくれる白井が可愛らしい。


 水瀬は「しませんよ」と言って、少しだけ、微笑んだ。



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