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Wine・Red  作者: 雪白鴉
五章
54/70

52、知られたくない

 すぐに病院に着き、水瀬は運ばれて行った。宮河からの連絡が来るかもしれないので白井はぎゅっと携帯を握りしめている。


「ホテリエさん、私はここの医者に話を通してきます。ロビーで待っておいてください」

「あ、はい」


 水瀬は倒れるところを一番間近で見ていた健太郎が病院の中に走って行った。

 白井は病院のロビーで宮河を待った。


「夏希ちゃん!!」

「宮河さん!」


 駐車場から走ってきたのか、宮河の息は上がっている。持っていたハンカチで額の汗を拭き取り、白井のもとに駆け寄った。


「あいつ、大丈夫なのか?」

「わからないです・・・。あるお客様が過労・疲労の可能性が高いと・・・。精神的なものもあるかもしれないとおっしゃっておられましたが」

「心あたりありまくりだな・・・」

「そうなんですか?」


 宮河が落ち着きを取り戻し、ポケットにハンカチをしまい込んだ。電話の時も、まるで大きな出来事が昔、あったように宮河は語っていた。白井はそれが気になってしょうがなかった。

 踏み込んではダメだとわかっているのに、なぜか、どうしても無性に、水瀬のことが知りたくなってくる。


「ごめん夏希ちゃん。俺の口からは言えんわ。こういうことはアイツの口から聞いたほうがいい」

「・・・そうですよね、ごめんなさい」

「いや、謝ることじゃ・・・」


 曇天模様の空気が二人の間を流れていたその時、廊下からロビーに走ってくる健太郎の姿を見つけた。健太郎の後ろには、白衣を着た、いかにもな医者がおり、健太郎と同じくらいの歳に見える。


「ホテリエさん、検査をしてみたところ、命に別状はありませんし、特に目立った病気等もありませんでした」

「そうですか・・・!」


 ほっと白井は胸を撫で下ろした。


「すみません、水瀬暁の友人の宮河です」

「これは、どうも」


 ぺこりと挨拶をした宮河は白井に待っておいてと合図をして、健太郎と医者と共に、病室へ向かった。


「あの女性の方は置いてこられて良かったんですか?」


 不意に医者が宮河に聞く。宮河は即座に「はい」と答えた。


「・・・もしかして、彼の目が赤いことに関係しているんですか?」


 医者がドギマギした声で宮河に問う。宮河は少し黙ったあと、小さく頷いた。

 宮河は水瀬の許可無く、白井に水瀬の赤い目を見せたくなかったのである。もし、あの赤い目を白井が目の当たりしたら、水瀬と白井の関係が一気に悪化しそうで怖かった。黒いカラーコンタクトをして、極力外に出ないようにして、知られないようにしていた水瀬の努力が無駄になる。

 

 水瀬にとって、あれは見せたくない代物だ。そんな呪物のようなものを許可無しに見せてしまうわけにはいかないのだ。


「普通に黒目かと思っていましたが、黒いカラーコンタクトをしているなんて思いませんでした」

「あの目を知っているのは俺とアイツの家族、この病院の外科のある先生しか知りません。どうか、この秘密はここでとどめていただきたい」

「・・・わかりました」


 健太郎と医者が頷いた。


 水瀬が眠っている病室に入った宮河はその寝顔を見てゾワっとした。

 まるで、死んでいるかのように透明感のある寝顔。いつものスマートな髪型は解かされ、長いまつ毛に前髪がかかっている。元から薄い肌が今は青白く見えるのは宮河だけだろうか。


「先生、結果はどうなったんですか?」

「働きすぎの疲れだと思われます。睡眠はしっかりとれているようですが、その睡眠でも追いつかないほど働いていらっしゃいます。そちらの男性が女性のホテリエさんから聞いた話だと、ホテルの支配人やホテリエの皆さんが水瀬さんに過度な労働をさせていた様子は伺えませんでしたし、どちらかというと、過度な労働をさせていたのは水瀬さんご自身だそうです」

「確かに、休みを取らせるために支配人がわざわざ休暇を押し付けた時があったような・・・」

「しかし、精神的な疲れがある可能性も大いにあります。そのことに関して、お話を伺えますか?」


 的確な状況判断と情報の整理。宮河の直感が言った。この先生と健太郎という男なら大丈夫だと。


「わかりました」


 宮河は初めて水瀬の素性を話した。


 宮河の話に二人は驚く素振りを見せず、真剣に聞いていた。


「なるほど。そのような過去が・・・」

「今じゃ人権侵害ですね・・・」


 水瀬の壮絶な昔話は二人の耳に昔、少し入ってきた内容だった。


 まだ幼かった二人だったが、それでも当時の衝撃的なニュースは俄にも覚えていた。全国的にもニュースで取り上げられたまだ赤子だった頃の水瀬のニュース。そのニュースは当時、あまり真実を語らなかった。あのニュースの背景に、こんな大きなことが隠されていいたとは寝耳に水だろう。


「あまり覚えていない内容ですけど、メディアで叩かれるのは彼の両親ですね。もしもそうであればもっと広く知れ渡って水瀬さんは今、こうした生活が続けられていなかったのかもしれませんね」

「それは思いました」


 確かに、全国的に広く知れ渡ったニュースではあったが、毎年毎年、繰り返されるような内容では無かった。ニュースに出てきた水瀬家一家の名前もそう知れ渡らなかった。


 もしも、真実が語られていれば、もっとニュースになっていたのかもしれない。そうすれば自然と「水瀬暁」という名が少しの世間の間であっても広がっていた可能性があった。


「水瀬さんが起きるまで入出を禁じましょう。水瀬さんの目が赤いことを知っている外科医の方にも一応話しておきます。精神疾患の原因が何であると決め付けられたものではありませんから」

「ありがとうございます」


 優しそうな先生で良かったと宮河は安心した。


「そういえば、あなたは・・・」


 医者が病室を出て行って、病室には水瀬、宮河、健太郎の三人になった。ずっと気にはなっていがこの健太郎とかいう男が一体何者なのかさっぱりわかっていなかった。


「あ、すみません、自己紹介が遅れてしまいました。私、京都にある宮古病院の精神科医、関野原健太郎と言います。ちなみに、さっきの医者、私の同期なんですよ」


「えっ!?」




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