27、お疲れ様です
メロンパンカップルが来て二日目の昼。今日はちょうど三連休の一日目。いつもよりも客が多く、水瀬たちはメロンパンカップルを構っている時間はなかった。
「はい、申し訳ございません。本日から三日間、満室でして・・・」
「はい、こちらホテル・グランド・リリスです・・・」
今日は特にフロント業務が忙しい。
チェックインだけではなくチェックアウトもあり、電話が鳴り響いて止むことはない。
ホテルの職員の役職はいくつかある。チェックイン・チェックアウト、予約受付、会計などフロントで働くフロントクラーク、玄関で顧客の送迎や案内、車やドアの開閉をするドアアテンダント、荷物運びや客室への案内、説明などをするベルアテンダント、利用者のさまざまな要望に応え、情報提供を行うコンシェルジュ、料理や飲み物を提供するウエイトレス・ウエイター、ワインなどの専門知識で仕入れやセラーの管理をするソムリエ、バーを経営するバーテンダー、主に結婚式の段取りや当日の司会などをするブライダルなど。
ただ、このホテルでは客室の掃除をするハウスキーピングやルームサービス、ベルアテンダントの仕事をロビーアテンダントと呼ばれるスタッフが担っている。そして、そのロビーアテンダントに当たるのが水瀬や白井達である。
ちなみに、ソムリエも役割分担の一つだが、正式なソムリエはいない。ただし、バーテンダーがソムリエの資格を持っており、そのバーテンダーと共にワインに詳しい水瀬がソムリエとして体裁を保っているのだ。
そんな多忙なのにも関わらず、ホテリエがどんどん減っていっているのが今の状況だ。
ホテリエは早番、遅番、夜勤の三つのシフトがあるが、最近ではほとんど遅番がない。人が少ないため、遅番の人を作るのは少々難しいところがある。
夜勤の人には休憩室で、仮眠をとってもらうこともある。
「いらっしゃいませ。」
渾身の笑みを見せ、客の荷物を持ち、部屋へ案内する。
更にはリピーターの場合、顔と名前、車のナンバーを覚えておく必要がある。
起床、就寝時間が定まることのないホテリエの生活習慣は狂ったものと言える。
でも、そんな体調不良を客に悟られるわけにはいかない。
「お疲れ様で〜す。」
「あ、白井さん。今日は遅番でしたね。」
「はい。珍しく遅番です。」
珍しく遅番の白井がやって来た。
「水瀬さん、早番お疲れ様です。」
「いえいえ。よくあることですからね。」
水瀬は特に遅番がない。午前だけ仕事のことはあるが、夜勤や早番が多い。
若く、結婚をしていない人は夜勤や早番が多い傾向がある。家族への支配人からの配慮である。
「ちょうど今、休憩時間でして。」
「そんなんですか。今日もあのカップルに振り回されたんですか?」
「えぇ。まぁ、そんなとこです。」
いつも疲れ果てている水瀬が今日は一段と白井には疲れて見えた。確かに、水瀬は朝からメロンパンカップルに石川と振り回され、今度は今日来た客の接待、西野と分担して行ったルームサービス。あれもこれも大変だった。
「あのメロンパンカップルも明後日で終わりですよ〜。」
「まだ明後日まであるじゃないですか・・・。」
「そうネガティブに考えちゃだめですよ〜。」
相変わらず元気な白井に水瀬は今、元気づけられていることを知らない。
いっておくが、水瀬が気づいていないだけで白井は毎日のように疲れて倒れそうな水瀬を元気づけている。それは白井が意図的にやっていることである。
しかし、水瀬はそれを白井の素だと勘違いし、なんか元気貰う、みたいな感じに思っている。
「そうだ。頭なでなででもしましょうか?」
「何でですか・・・。」
「なんか元気になるような気がします!」
「え!?」
白井が水瀬の頭の上に右手を乗せ、撫で撫でし始めた。
白井と水瀬は身長差があるので白井は背伸びをして水瀬の頭を撫でている。
「・・・白井さん。」
「うふふ。なんか犬みたいです。」
「・・・。」
白井はずっと水瀬の黒い髪をワシャワシャと撫で回している。
水瀬はこんな歳にもなって女性に撫でられるというのは恥ずかしいものだと思い、白井を止めようとするが何故か笑顔で撫でる白井を止めることが出来なかった。
そんな恋人まがいな行為を宇山と西野、山田、倉橋、石川はバッチリとそれを目撃した。
「宇山さん、これ、写真撮っちゃ駄目ですか?」
「撮っちゃえよ。」
「良いと思います。」
「撮ったら後で送ってください。」
「あ、俺もお願いします。」
全員一致で西野がスマホを取り出し、カメラをセット。
パシャッと一枚、写真を撮った。
その音に気づいたのかパッと水瀬の白井が五人の方を向く。
「壱丸、気づかれたぞ。」
「やば。」
必死で隠れたが意味はなかった。目の良い水瀬にははっきりとそこに宇山達が居ることがわかった。
水瀬は五人を遠めながらも睨んだ。
「ひぇ!!」
熊をも圧倒する圧と美人の睨む顔は人には攻撃にも近い。五人は完全に固まった。
「さっき、写真撮りましたよね?」
「・・・撮ってないです・・・。」
「私に嘘は通用しないとわかってますよね?」
「うっ。」
嘘なんて元税関志望の水瀬にとっては赤ん坊のようなものだ。
「その写真、今すぐ、この場で、フォルダとゴミ箱の中から完全に消してください。」
「・・・・・・はい。」
水瀬の鬼の形相に負けた西野は素早く写真を完全に削除した。
ついでに、宇山は土下座で水瀬に謝罪した。
その様子を白井はクスクスと笑いながら拝見していた。
あまり恥ずかしがっている水瀬を見ることもないし、水瀬に謝罪する宇山も見たことがない。その光景は珍しく、面白いものと言える。
「白井先輩、なんだか楽しそうですね。」
「えぇ。だって恥ずかしがってる水瀬さん初めてみたんだもの。」
「そうなんですか?」
「そうよ。」
倉橋がやって来て白井が笑っている理由を尋ねた。
白井は楽しそうに倉橋と話している。
「小さい頃、親や兄、姉に頭を撫でてもらったら嬉しかったでしょ?」
「まぁ確かに。」
「だから水瀬さんの元気が少しでも出せるんじゃないかなあって思ってね。」
いかにも白井が思いつきそうな発想だ。優しいというか、お母さんらしいというか、朗らかな気持ちになるというか。白井のやんわりとした性格はたしかにホテリエたちの疲れを吹っ飛ばしてくれる。
「私は親にも兄弟にも撫でてもらった記憶がありませんけどね。」
「水瀬さん。お説教は終わりですか?」
「ある程度ですよ。」
「あら、怖い。」
水瀬の後ろには説教をされてくたばる西野と宇山の姿があった。
宇山はともかく、西野がしばかれるのは珍しいものである。
「白井さんもあまり人前でこのようなことをするのは控えてください。」
「でも、悪くはなかったでしょ?」
「・・・。」
正直、撫でられるのは悪くはなかった。
「・・・えぇ、まぁ。」
「ふふ。」
恥ずかしそうに水瀬は白井から顔を逸らした。
「また疲れた時は言ってくださいね。いつでも撫で撫でしますから。」
「ですからいいですって!!」
白井は水瀬が疲れた時はいつでも撫でる準備は万端だ。
しかし、水瀬には恥ずかしいことなので遠慮したいがやる気満々の白井を水瀬はなぜか蔑ろにはできなかった。
その頃、休憩に入ろうとした同僚たちは七人の空気が面白くて休憩室に入りたいけど入れなかった。
一部、男は水瀬を羨ましがっていた。
ホテル用語を覚えるのが大変です。
皆さんもぜひ、覚えてみてください。




