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第九話 郿県の人

 新天地にて心を癒す公孫起。しかし秦では王が代替りし、それを認めぬ王位継承者によって、次なる戦の気配が漂っていた。

 前306年(昭襄王元年)


 公孫起は義母ははげんと、亡き友人の両親の四人で、雍の地を離れ郿県びけんで暮らしていた。

「雍は城壁に囲まれた街でどこか息苦しかったが、ここは山林が近く、暮らしやすいな」

 公孫起は澄んだ空気を肺いっぱいに吸い込み、心地よさを感じていた。公孫亮を亡くした心の傷を、彼らの両親は、三年の月日で少しづつ癒していた。

 元も両親の経済的援助を受け、穏やかな日々を送れるようになっていた。三人がよく街へ茶を飲みに行き楽しそうにしている姿を見て、公孫起も嬉しくなることが増えた。

 この地は幼い頃に本当の家族と過ごした家族と似ている。それは、心から楽しいと感じる日々があったことを思い出させると同時に、その日々を奪った板楯や、その背後にいる義渠への憎しみを強めた。

「日々は少しづつよくなっている。そなたがいてくれればな……亮よ。必ず仇を討つぞ。いつか必ず………」



 同年 咸陽宮


 秦国では秦王の嬴蕩えいとうが薨去し、弟の嬴稷えいしょくが王位を継いでいた。力自慢のためにかなえを持ち上げた嬴蕩は骨折が元で薨去したのである。

 孟賁もうほん将軍も落命し、烏獲将軍も出血により失明するという惨事であった。

 世継ぎがいなかったため、その地位を巡り、弟たちを担ぎ上げた有力者の政争がおこった。それを制した大将軍の魏冄は、公子の嬴稷を即位させ、秦王となった嬴稷は力の追求に生きた先王へ、『武王』とおくりなした。

 嬴稷は『七雄』と呼ばれる大国の一つえんで人質生活をしており、幼児期より久々に秦の地を踏んだ。

「魏冄大将軍、余は齢十九だ。それのみのらず、この秦のことや咸陽かんようのことも詳しく知りえていない。政を行えるのであろうか」

「心配ご無用ですぞ秦王様。先王が薨去されたとはいえ、優秀な臣下は生きております」

「その優秀な臣下の第一は、魏冄、そなたであるな」

 嬴稷の言葉に魏冄は笑い、顎に生えた髭を撫でた。ご満悦の様子である。

 嬴稷は長い人質生活で、自分に出来る身を守るための唯一の方法が、有力者の機嫌を取ることであると学んでいた。

 彼は自分が飾り物の王であると悟っていた。所詮は、政争を勝ち抜くための旗頭に過ぎないのだ。

「しかし将軍、余よりも、秦王に相応しい公子は多い。戦にはならぬか?」

 秦王の問いに、魏冄は黙った。少し顎髭を撫でたあと、彼は神妙な面持ちで秦王の目を見て、口を開いた。

「きっと、戦になりましょう。されどそれは、誰が王位を継承したとて起こること。気に病む必要はありませぬ」

 そういって、魏冄はほほえんだ。

 女官が運んできた茶を、なに食わぬ顔ですする魏冄からは、余裕の色が見てとれた。

「今、宮中は派閥が割れています。秦王様をお支えしようという派閥と、秦王様のご即位を認めぬという不届き者たちの派閥です。後者は実に愚かなものです」

「将軍は、戦に勝つ自信があるのか?」

「左様にございます。これはよき戦ですぞ。この戦いにより秦国は一丸となり、更なる躍進を遂げる時代を迎えることになりますゆえ」

咸陽……現在のは中華人民共和国陝西省咸陽市。

紀元前352年に秦の孝公が築城し都とした。秦滅亡まで、首都として繁栄を極めるも、後に起こる楚漢戦争時代に楚の将軍項羽によって焼き払われた。


昭襄王(生:紀元前325年〜没:紀元前251年閏9月)……戦国時代の秦の第28代君主。第3代の王。姓はえい、諱はしょく

始皇帝の曾祖父。自身の祖父である孝公が商鞅を用いてから始まった、秦国の強国化を引き継ぎ、対外戦争を繰り返した。彼の時代に他の強国を弱体化させ、天下統一の布石を置いたことで、曾孫の始皇帝の時代に天下統一が成された。


魏冄(生没年不詳)……戦国時代の秦の政治家、将軍。姓は羋、氏は魏、諱は冄。別名を魏厓、または魏焻。

昭襄王の母である宣太后と将軍の羋戎は同母異父兄弟。

秦の昭襄王の即位を支援し、その後、王室の財宝を越すほどの私財を得るほどの権勢を誇る。

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