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第八話 公孫氏

 唯一無二の友を亡くした起は、その両親より提案を受け、転機を迎える。

 李雲は、新兵に名前を尋ねた。新兵はその声に気づき、慌てて涙を拭い、立ちあがった。

 右手を丸め、左手でそれを包む。そして頭と手を下げるという、拱手きょうしゅという挨拶をした。

「礼はいい、名をなんと申すのだ」

「起、と申します」

「農民か。にも関わらず、素晴らしい気迫だった。あの時の激で勇気づけられた者もいよう。感謝する」

「滅相もございませぬ」

 そういって起は再び、拱手をした。

「誠に農民か? 礼が染みついておるようだが」

「私は農民ですが、この公孫亮は豪商の子で、友人でした。彼とともに礼や教養を学びました」

「そうだったのか。公孫氏か……先祖をたどれば、国に仕えた者がいたのだろうな。彼もまた追撃時、勇ましく戦った。みな、秦国の宝だ」

「そのお言葉は……ご両親のお慰めになります。お伝えさせていただきます……感謝申しあげます」

「よく休め起よ、貴様もよく戦った」


 数日後、無傷の右翼や本隊の大半を再編成し、山の麓で再戦した。そして板楯族を撃退し、秦軍は撤退していった。

 起は公孫亮の家を訪ね、亡骸を渡した。母親は泣き、父親はただ、暗い顔をしていた。戦働きをすることが秦人しんひとの勤めだと信じていたようだが、それでも、息子の死に堪えぬ親など居はしないのだ。


 それから数年間、起は、自分も死んだような感覚で生活していた。ご馳走の白米も無味であり、目覚めても眠たく、鷹を狩る気にもなれなかった。

 そんな日々を過ごしていると、公孫亮の父に呼ばれ、家を訪ねた。

「実は商いの規模を縮小しようと考えているのだよ。亮は死んだが、すでに巣立っている長男に子ができ、そちらの商いは繁盛しているようなんだ。だからもう、衣食住に困らない程度のお金以外は、必要がなくてな」

「しかしこれだけ財を成したのに、なんとも勿体のないお話です」

「堅実な君はそういうと思ったよ。実の所、君を呼んだのは、お願いをしたかったのだよ」

「お願いですか?」

「前にもいったが、私たちは君を、息子のように思ってきた。亮も君と兄弟のように接し、切磋琢磨してきた。そうだね」

 その問いに起は、はい、と答えた。なにをいいたいのか、まるで分からなかった。だが公孫亮の両親が、穏やかな顔をしているのは分かった。

「私たちは、君を養子にしたいと考えているのだが、どうだろうか。戦乱の世だ、信じられる人との繋がりは大切にしたいのだ」

「これまた……!」

 まさかの申し出に呆気にとられる起を見て彼らは、ふふふ、と微笑んだ。

「なにも難しく考えることはない。それに、君の義母君ははぎみもともに連れていきたいと思っておる。あのようなあばら家に住まわれるのは、そなたの本意ではあるまいて」

「それはそうですが……連れていくというのはどのような意味でしょうか?」

「実は、雍の地を離れて、少し南にある郿県へ行こうと思う。商いを通じて知りうた友から、小さな屋敷を買ったのだ。そこには、そなたら親子の部屋もある。どうだ、ともに行かぬか。悪い話ではなかろう」

郿県……現在の中華人民共和国陝西省宝鶏市眉県。

春秋戦国、秦の将軍白起の出身地。

また、後の三国時代に董卓が数十年分の兵糧を蓄えて、要塞化した城としても有名。


公孫氏……先祖が王朝に仕えた諸侯だった一族が名乗る氏。

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