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第七二話 蘇秦、愛しの人と再会す

 久々の休日、臨淄にて余暇を楽しむ蘇秦は、愛する女性と再会する。

 斉 臨淄


 蘇秦はこの日、余暇を楽しんでいた。丞相として休日も少ない中で激務をこなしながら、空いた時間や休日は、燕の策士として斉を滅ぼす為に奔走していた。

 特に予定がない日など、数年ぶりかもしれないと思いながら、彼はすることもなく、臨淄の中をさまよっていた。

 茶を飲み、菓子を食って、ふと空を見上げる。なにをしているんだろうと、妙に冷静になった。

 郊外に行き池でも眺めて目の保養をしようと思い、馬車で郊外までいった。

 そこには、東屋がある店があった。普段は人をもてなしながら、大事な話をするときによく訪れる場所だ。しかしどうも寂しい。景色は同じなのに、目的がないとこうも心を打たれないものかと、そう思った。

「退屈な休日というのは、なんともいえぬ虚しさがあるな」

 無駄にした時間を思い返し、鼻で笑いながら、彼は馬車へ戻ろうとした。

 すると、見覚えのある女性が、そこにはいた。

「お久しゅうございます、丞相様」

「そなた……(きょう)か……! こんな所でなにをしているのだ! 生きていたのか……!」

「丞相様、あまり強く抱きしてられると……苦しゅうございます……!」

「す、すまぬ。まさかこんなところで……そなたに会えるなどとは(つゆ)にも思わず……。なんという僥倖(ぎょうこう)か!」

 喬は、かつて蘇秦と大恋愛をした燕人(えんひと)の女性だった。

 彼女は当時まだ無名の縦横家であった若年の蘇秦を見つけ、自分も貧しいにも関わらず、何度か食べ物を与えてくれた。教養があり、大志を抱く蘇秦に、彼女は次第に惹かれていった。それから男女の仲になり、数年のあいだは二人で健やかに暮らせた。しかし斉が燕を攻め、民が虐殺された時、喬の家族は皆殺しにされ、燕は斉の属国となるほどの浮き目にあった。

 蘇秦は喬を探すも、見つけられなかった。彼の胸の内にあったのは、喬や家族、そして祖国燕を蹂躙した斉への復讐であった。

「そなたを失った悲しみが、私を強くした。愛する人と別れる苦しみより、辛いものなど、この世には存在しない。最悪な痛みを知った私にとっては、そのほかの苦しみなど、かすり傷でしかなかった」

「私は現れない方が良かったですか? 今その胸に抱く正義の志が、揺らがせてしまいうことになりはしませんか……?」

「そんなことはない。誰にももう私を止めることはできぬ。喬よ……私のそばで見ていてくれ。私が復讐を果たし、失われた燕人の無念を晴らす、臨淄を包むその怒り大炎を!」


 それから二人は馬車に乗り、丞相府へ向かった。そのあいだ、二人は馬車に揺られながら、思い出話に花を咲かせた。

 喬は燕で斉の兵に強姦されかけ、蘇秦に会うべく斉を尋ねてきたらしかった。

「これからは、丞相府で召使いとして働けるように手配しよう。それならば怪しまれず、側で守ってやれる」

「ありがとうございます、丞相様」

「丞相などと呼ぶのはやめるのだ。今まで通り接してくれ」

「覚えてる? 私が初めてあなたに声をかけた時に、呼んだ言葉」

「あぁ……私はまだ、十四、五の子供だった。だから、坊やと呼ばれた」

「『雨に濡れたままだと、風邪を引くよ、坊や』。そういってあなたを着替えさせる為、家へ招いた。ねぇ秦、おばさんになった私を、以前の様に可愛がってくれる?」

「当たり前だ。そなたは今まで通り、若々しく美しいままなのだから」

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[一言] 蘇秦登場! あれ?張儀は? と思ったけど年代的にはもう死んでるのか
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