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第七話 包囲からの撤退

 包囲から逃れた李雲たちだったが、部隊全体の損害はあまりにでかかった。そして起も、心に深い傷を負う。

 防戦一方の李雲率いる部隊は、逃げることも難しいほどの猛攻に対し、盾が壊れたり疲労から構えていられず体勢が崩れたところを射抜かれ、死ぬ者が増えていた。

「大丈夫か、亮! しっかりしろ!」

「大丈夫だ……自分の心配だけしていればよい、起よ」

 公孫亮は額から汗をかいていた。重い盾を構えることで体力を消耗しきっており、その目は、どこか覚悟を決めたような目をしていた。それはつまり、彼はここで死ぬだろうと感じているのだ。

 必ず切り抜けられる、などという慰めの言葉は、いえなかった。

 公孫亮の諦観は、周囲にも伝播していった。

 起の頭には、義母親ははおやげんの顔が浮かんだ。復讐を果たすという約束は果たせず、また義息子むすこを失う心痛を味あわせてしまう。それはお世話になった公孫亮の父親にも、同様だった。

「私は生きて帰るぞ……亮よ。そして板楯に復讐し、失われた故郷を取り戻すのだ!」

「その意気だぞ、新兵よ!」

 起の言葉を聞いた百将の李雲が、呼応するように叫んだ。

 まだ諦めてはいけない。必死に盾を構えつづけていると、なにやら矢の攻撃が緩んだ。

 崖上へ目をやると、本陣の部隊が板楯族を切り捨て、崖下へ落としていた。

「将軍がおん自ら助けに来てくださったぞ! この好機を逃すな! 下山せよ!」

 李雲の合図で、部隊は一斉に下山を始めた。しかし全ての板楯族が討たれた訳ではなく、慌てて逃れる兵は背を射抜かれ、倒れた。

 すでに倒れる一歩手前の公孫亮を励ましながら、起は下山していた。まばらに飛んでくる矢が、周囲の兵に刺さり、脱落者が増えていく。

「亮、伏兵のいない平野まで戻るのだ! あとは走るだけだ!」

 公孫亮はもはや声も出せず、なん度か頷いていた。全身が疲労によりうまく動かず、ついに彼は、ひざまづいた。

 起は数歩戻って彼を担ぎ、足を動かした。起も体力は消耗しきっていた。あるのはただ、気力だけである。


 やっとの思いで下山した部隊は、野営地まで撤退した。すっかり日も暮れた頃、李雲は戦況を上官へ報告し、休んでいた。

「今日の戦は、一応は撃退したということで勝利だ。だが、被害が大きいし、決定的な一撃を与えられた訳ではない……。板楯の背後に義渠がいるという、任鄙じんひ将軍の考えを、上官の馮様がこっそり話してくれた。それならば伏兵も納得だな…」

 彼は部隊の残存兵を見舞いに行った。矢傷に苦しむ者が大半であった。矢傷に苦しむ一人の兵士の手を握り、必死に励ます男がいた。それは、山中で『生きて帰る』といっていた男だった。

 近づくと、さっきは暗くてよく見えなかったが、彼は泣いていた。泣きながら相手の腹に顔を埋め、「頼む、死なないでくれ」といっていた。相手は、すでに事切れているようだった。相手の矢傷は心の臓の付近にあり、その傷は深く、化膿していた。

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