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第五八話 一新

 穣候魏冄がいなくなった宮殿にて、秦王は朝議をし、白起へ新たな役目を与える。

 魏冄が罷免されて穣の地への蟄居を命じられてから、宮廷内の勢力に、動きが見られた。

 魏冄派は徐々に熱を失い、秦王の命に従ったり、穣候魏冄の利益ではなく秦国の利益を求めた政策を献じるようになっていった。

 老臣の楼緩は今まで、どちらとも取れぬ態度を貫いていた。しかしこの日、彼は意気揚々と献策した。

「申し上げます。周は九鼎を我らに渡し、天下は動揺しています。そして周と国境を面する魏と韓は、周ともども伊闕で、散々に打ち払われました。国尉の威光もあり、三国とも、我々に手を出せません」

 その声は嬉々としている。彼が今まで、この朝議で肩身の狭い思いをしていたが、それももう終わったのだという希望が、宮廷中に木霊しているかのようであった。

「加えて、今、天下で秦とともに覇を唱えるは、東方の雄たる斉です。しかしその斉も、我々の数年の策の甲斐もあり、宰相の孟嘗君と斉王のあいだに不和が生じています。宰相の孟嘗君派と、斉王派による政争が激化し、先日、遂に孟嘗君が罷免され追放されました」

 秦王はそこまで聞き、これから自らの裁量で、歴史に残る大きな大炎を巻き起こせるのだと感じた。

「新たに宰相の位についたのは斉王の寵愛を受ける蘇秦ですが、彼は……斉を滅ぼさんとする策士であります。近い将来……斉を滅ぼす戦をする為、我が方は地方の安定や武具兵糧の調達に、務めています」

 秦王は、満悦であった。大きく息を吸い、大きく笑った。

「報告ありがとう楼緩。近頃の、嬉々としたそなたを見られて、余も嬉しくなる。そなたは先王が薨去した後に丞相となり国を支えたが、魏冄ら三貴に取って代わられるように位を譲り、その後は足を掬われぬように、穣候とも余とも距離を取って影を潜めていた。これからは、そちの経験と見識の深さを存分に活かしてくれ」

 楼緩は拱手をして、深々と頭を下げた。


 朝議のあいだ、白起が口を開くことはなかった。彼にとって派閥争いなどどうでもいいことであった。だが秦王にとって白起は当に魏冄の右腕であり、咸陽に留めおきたくない存在であった。だが彼には、罷免し追放するだけの理由がなかった。

「国尉白起よ」

「ここに」

「そなたには、大将軍司馬錯の補佐として巴蜀の統治を命じる。かの地は統治が難しい。蘇秦とともに斉を攻めるまで、司馬錯をよく補佐せよ。七日の内に、任地へ赴くのだ」

「御意。大将軍とともに、兵学について論じ、見識を深めて参ります」

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