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第五五話 秦王、新たに妾を囲う

 宣太后は秦王嬴稷に新たな妾を娶らせる為、楚出身の女性を審査する。

 穣の地を得た丞相魏冄は、宮殿と見間違うほど大きな宮殿を作るため、大勢の人夫を雇い、近隣の雑木林をまるごと買いあげた。

 完成を楽しみにするあまり、魏冄は現場からの便りを咸陽まで逐一送らせては、報告に目を通して有頂天になっていた。



 同年 咸陽宮


 宣太后は色めきだっていた。結婚適齢期の秦王に二人目の妾を娶らせる為、各国の貴族や王族の女性を招き、目を通していたのである。

「あなたは少し痩せすぎかしら。顔も良いし蹴鞠は上手いけど……稷はなにより抱き心地を気にするから……さっきの娘の方がいいかしら」

 宣太后の大きな瞳が、ギョロリと宦官の方を向く。宦官は落とした目線を更に深く落とした。

「仰せのままに……!」

 震える声を聞いた宣太后は高笑いをし、「ではさっきの娘を連れて参れ」といい、()を一口頬張った。

 咸陽宮の中で日々行われるその行事に、秦王は憂鬱さを感じていた。心做(こころな)しか、具合まで悪くなってきた。

 雨が降る咸陽宮の庭園で、美しくも空虚な景色を眺め、ため息をついた。

「余が齢三三となっても、妾を一人しか抱えていないことが気に入らんとな」

 愚痴をこぼす秦王に、側仕えの女官がいった。

「太后様は既に候補を絞り、見定められたようですよ」

「なんだと? どこの女子(おなご)だ?」

「楚出身の貴族のようです」

「なんと……母上も楚出身だ。もしその女子を余の妾とすれば、同郷の縁だとかなんとかいって、自分たちの仲間にするのであろうな。余は政の不満や反対意見を、自分の屋敷でさえ零すことができぬのようになるとは」

「思惑があるというよりは……ただ美しい女子を探すこと自体を楽しんでおられるようですよ。宣太后様も政に疲れておられるのでしょう。女性は綺麗なものを目にすると、幸せになれるのです」

「ならば良いが……。我が秦と楚は、今は互いに大国としての余裕がない。楚と互いに領土を襲わぬ友好の証として送られた女どもであろう。母上がただ楽しんでいるだけであっても、これは魏冄が仕組んだ政のしがらみの一つに決まっている。あぁ考えるだけで頭が痛い。気分も悪くなってきよったわ」

 憂鬱そうに呟き、秦王は女官が持つお盆の上の器を取って、砂糖黍の絞り汁を飲んだ。


 それから数ヶ月して、秦王は妾を囲うこととなった。相手は宣太后が選んだ楚の女性であり、どこかあどけなさが残る、雅な女性であった。彼女が貴族の宮殿に運ばれる贈り物の品々は、秦では手に入らぬような珍品も多くあった。

 金に糸目を付けぬという姿勢に、なぜだか秦王は丞相魏冄の顔を思い出し、憎らしくなった。自分は王でありながら丞相やその一族に政を操られ、財産は王のよりも、丞相の方が多いという噂まであった。

「そなた、名を唐姫といったな」

「はい、秦王様」

「一つ聞かせてくれ」

「一つといわず、なんなりとお聞きください」

「そなたの主は、私か、それとも我が母上か」

「私はあなたの側室にございます。それ以外に答えはありません」

「そうか。また後日、同じことを聞かせてくれ」

 秦王は、彼女の答えに、安心感を覚えていた。この妾は宣太后ではなく自分に心を寄せているのだと、そう思ったからである。

唐太后(生没年不詳)……昭襄王の側室または妾。昭襄王とのあいだに、後に孝文王となる安国君こと嬴柱を産む。

死後は昭襄王と芷陽の地にて合葬された。

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