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第五四話 魏冄、位人臣を極める

 魏冄は秦王から褒美として、穣の地を封じて貰う。

 咸陽


 魏冄は白起の活躍で、更にその名声を高めていた。無名の士を取り立て、秦の躍進を担う名将を世に送り出したという功績は、彼の自尊心を肥大化させた。

 朝議にて彼は、秦王へ封地の加増を求めた。秦王は内心、これ以上の富を求める魏冄に呆れていたが、白起という宝を見出した功績に報いるため了承した。

「魏の多くの領地を支配し、統治せねばならん。どこを封地としたいか、余は偉大なる丞相に、好きな城邑(じょうゆう)を選ぶ権限を与えてやろう」

 その対応に、魏冄は「秦王様万歳」といった。すると魏冄派の臣下は唱和した。

「して、どこが良い。丞相よ、忌憚なく申せ」

「では申し上げます。穣の地をお与えください」

「なんだと……?」

 魏冄がいう穣とは、魏ではなく、韓から奪った地であった。また数ある邑の中でも肥沃な地であり、人口も多く、その広大な田畑から徴収できる税は膨大なものであった。

 魏冄はその税を国にではなく、自らの懐に入れたいと、いっているのである。

 秦王は眉のあいだに深い皺を刻んでいた。苦慮しているのは火を見るより明らかであったが、臣下は誰も魏冄を咎めはしなかった。

「よかろう。魏冄丞相は我が国の発展に大きく貢献した大人物だ。そなたに穣の地を封じる」

「感謝申し上げます。秦王様、万歳万歳万々歳」

 彼がそういうと、魏冄派の臣下は「万歳万歳万々歳!」叫んだ。



 同年 巴蜀


 巴蜀では日常的に川の氾濫が起こり、家財や人、作物が流されてしまう被害が、相次いでいた。

 その度に大将軍司馬錯は、日々節制をして蓄えた税を民草へ還付し、生活を支えた。反乱を防ぐ為に、それは必要なことであった。

 しかし状況は悪くなっていた。大将軍司馬錯、蜀候の公孫綰(こうそんたく)を支える従者は、穀物庫の備蓄が尽きかけていることを、二人に伝えた。

「大将軍、このままでは……蜀の民へ配る穀物が底を尽きます。畑を捨て山へ逃れる民も増え、また反乱が起こりかねぬ状況です」

「私のみならず蜀候様も、日々節制し、食するものも上等な(きび)(あわ)は控え、粗食である。今年の収穫の量から察するに、例年の傾向から、山賊による村民や家畜、収穫間近の穀物の略奪が増えることを予測している。その為、それに対応するための軍費も(かさ)む一方だ。今は継続して各地で……治水や灌漑事業を効率よく進めるための人を、集めているところだ」

「大将軍が兵士をよくまとめておられるので、食うものが少ない中でも、兵士は民家に無断で入り食べ物を取るようなことは致しません。ですが……状況は一向に改善せず……このままではまた大きな反乱が起きてしまいます」

 その言葉を聞いた蜀候は、司馬錯へ提言した。

「大将軍よ……やはり人手を集めるよりも、治水の方法に心得がある賢者を招こう。そんな余力がないことは……百も承知だ。だが私は……反乱が怖いのだ」

「確かにそうですな……。今まで通りの方法で十分に結果を出す為には、途方もなく人手が必要になります。山地や渓谷にある村々を巡り、賢人を探しましょう」

穣……現在の中華人民共和国河南省鄧州市。

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