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第四六話 伊闕の攻め方

 新城に入った任鄙は、白起とともに、どこから攻めるか協議し、命令を下す。


 一方その頃、新城に入った歴戦の兵らは、下された攻撃の策に対し、疑問を抱く。

「洛陽まで上るなら、この伊闕を抜けるしかないだろう。しかし白起よ、この伊闕を進むのはやはり困難だ。渡河できたとして、陸地には高い崖がある。その隘路(あいろ)を抜ける間は、弓兵からの格好の餌食となるぞ」

「しかし、もし抜けられれば、我が軍は洛陽を襲えます」

「魏冄丞相は、周が韓や魏と同盟したとの情報を伝えてきた。いくら韓や魏の国力を削いでいるとはいえ、我が秦も万全ではないのだぞ。我が方も更に魏を攻め、陽城を獲ってから洛陽を挟撃すべきではないか?」

 白起は土を盛り上げて木彫りの兵馬を並べた模型の地図を眺めながら、瞬き一つせず思案していた。

「穴が空くほど模型を眺めても、なにも変わらんぞ白起よ。それに、私は戦場の話をしているのではないのだから、模型は関係ないだろう? 宗主国たる周が敵になったのだ。諸国が重い腰を上げて、秦を包囲するかもしれんという、天下の勢力図の話をしているのだぞ」

「それもすべて、戦が長引けばという話です。短期決戦ならば、諸国は手を出せません。こちらは法の下に一つにまとまった勇猛果敢な兵に、経験豊富な将が大勢います。私が指揮するのなら、勝てます」

「ほう……挟撃もせず、この新城の兵だけで攻めると……。ではどのような攻め方をするのか、聞かせてもらおうか」


 新城に入った任鄙の後続の軍は、白起からの命令を受け取った。その内容は、数日の内に攻撃を開始し、一直線に洛陽へ向かうというものだった。

「任鄙様が好まれそうな力攻めだなぁ……しかしこの伊闕は、力では押し切れぬように思うが……どう思う、張唐よ」

「私はただ……従うのみです」

 自分の意見がない張唐では話にならないと感じた胡傷は、驁にも意見を求めた。

「私は……任鄙様の戦い方をよく知らぬのでなんともいえません。ですが……」

「ですが、なんだ?」

「このような無謀な攻め方は、天下にその名が轟く任鄙様の策には思えません。かといって、総帥の公孫……いや白起殿の策にも思えません」

「つまりなにがいいたいのだ、驁よ」

 胡傷のその問いに答えたのは、驁の故郷からの友人、(きょう)であった。男でも色を感じるほどの美形であった。驁とは相反して、長身でありながらも華奢な体つきであった。

「驁殿は、奇策の類いだと感じているのです」

「ほう……では摎よ、そなたは、将軍らがどんな奇策を用いると思うか」

「私ならば……死を覚悟して崖を登り、敵の弓兵を妨害。そしてその隙に川を渡る……と見せかけ予め崖の遠くを迂回していた兵が、洛陽の西門を攻めるのです。敵は南門に兵を集めていると予想できますので、これなら洛陽へ入れます」

「崖上の弓兵に背後を討たせぬよう、目眩しをさせるのか。まだ若輩にも関わらず、素晴らしい戦略だな」

「幼少の頃、驁殿とともに斉の臨淄にて兵法を学びましたので。しかし驁殿は……からっきしでした」

 驁を指さして笑う胡傷を他所に、張唐は感嘆していた。

「そうかそなたは臨淄で学んだのか。臨淄は兵法書の名著を記した孫子こと孫武や、その子孫で同じく兵学書を記した孫臏そんぴんがいた地。つまり、兵学の最先端だな」

「えぇ。二人して、まだご存命の孫臏様の愛弟子様に師事して頂きたく、故郷より臨淄へ行きましたが、既に孫臏様はご隠居されていました。落胆したものの、やはり臨淄は、腕っぷしに自信がある偉丈夫が多く、それを活用する兵法が発展した土地として、目を見張るような知識や考え方を教えてくれました」

 摎はそう言うやいなや、笑い続ける胡傷に釣られて、少し笑った。驁も恥ずかしそうに笑い、和やかな空気となった。だが張唐だけは笑わず、摎見て呟いた。

「見かけによらず、そなたからは覇気を感じる。そなたもいつか……歴史に名を残す豪傑となりうるやもしれぬな」

陽城……現在の中華人民共和国山西省晋城市


孫武(紀元前535年頃〜没年不詳)春秋時代の軍事思想家。

字は長卿。兵法書『孫子』の作者とされている。


孫臏(生年不詳〜没:紀元前4世紀頃)戦国時代の武将。

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