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第四四話 秦王、周攻めを決意する

 韓攻めで新城を初めとし、多くの城を陥した将軍白起。秦王は将軍白起へ、周の洛陽を攻めるよう命じる。

 東周 洛陽


 周王は函谷関の戦から僅か二年で、秦が韓や魏へ報復に出たことを知った。孟嘗君が東周の都洛陽を訪れ、秦の蛮行を止めるべく、天子に拝謁した際、天子である周王は恐れおののいていた。

 戦意を高めるべく、孟嘗君は得意の弁舌を奮った。

「秦は今や、我が斉と並び立つ雄です。周の故郷ともいえる周原の都、鎬京は函谷関の内に入れられ、今や咸陽の一部となっています。そして秦の先王である武王は、洛陽にも兵を向け上洛し、神が治水に用いたとする鼎を乱暴に扱いました。悪逆非道な秦は、肥沃で歴史ある関中だけでは飽き足らず、中原の韓と魏を併呑しようとしているのです」

「それは非常に由々しき事態だな、孟嘗君よ……。秦が魏や韓を併呑すれば、ここ洛陽にも本格的に兵を向け、虐殺を働くやも知れぬ……! 秦は周が滅ぼした(いん)(しん)(てい)に仕えた悪来の子孫が建てた国。本質は暴力であり、そこに道理や正義などないのだ」


 周王朝は暴虐な殷王朝を滅ぼし、長きに渡り封建体制の頂点として君臨してきた。肥沃な周原の一帯を、天子が統治する畿内と呼び、中心都市として鎬京を築いた。また周国内の東方地域である広大な中原の支配拠点として、中国(周の領土の大部分を指す語)の首府である洛邑(らくゆう)を築き、七五〇年に渡り、天下を支配してきた。

 しかし徐々に地方有力者の台頭により周室の権威が失われると、秦は周原の地を奪い、函谷関などを築いて関中とした。そして武王は対外戦争を繰り返し、その極めつけとして、周室のための軍という建前で洛陽に上って、天下に秦の力を誇示したこともあった。

 周にとって秦は不倶戴天の敵であり、また斉は秦と同等の国力を誇る大国であった。

 その有力者である孟嘗君が自ら洛陽に足を運び、礼をもって参戦を乞うというのは、天子を立てつつ、共に秦に抗うよう促すのにうってつけの行動であった。

「斉は、函谷関を攻めた際の傷が未だ癒えず、また敗戦を喫したことで、宮廷内では有力者たちによる責任の擦り付けあいが起こり、乱れています。どうか斉に代わり、魏と韓をお救い下さい」

「よかろう……! やるしかないな……! さもなくばここ洛陽は虎狼に蹂躙されてしまう! 中原の宗主国として、西方の野蛮人どもから祖廟や民を守り抜いてみせようぞ!」



 咸陽


 秦王は魏と韓を攻めた魏冄、向寿を評価した。

「向寿、魏冄には金五万貫と銀二万貫、絹織物五千反を与え、爵位も上げ、封地を加増せよ」

「秦王様、恐れながら申し上げます」

「なんだ魏冄丞相、まさか足りぬと申すか」

「左様です。しかしそれは私にではなく、副将にも与えたい者がいるからであります」

「それはそなたの褒美から、分ければよい」

「それではいけません。なぜなら彼は、特別な将軍だからであります。そやつは今、前線にある新城に駐屯しております」

「あぁ……それは白起のことであるな。報告にあったが、あれは事実なのか。韓の新城を僅か一万の兵を用い、二刻(一時間)で陥したというのは……」

「事実にございます」

 その声に文武百官は動揺した。口々に白起という新参者の将軍の名を呼び「新星」「名将」と評価した。

「その後も幸い、韓は大きく抵抗することもなかったと聞く。ゆえに白起単身で多くの城を手に入れられたようだが、いくつだ」

「此度の出征で陥した城の半分は、白起の独力で落としました」

「将軍としての初陣で、数十の城を陥したか。よかろう! それでは白起にも褒美をやる。そして、次の役目も与えよう。詔書を持て」

 秦王の命令で側仕えの宦官は、詔が記された布を運び、秦王に手渡した。

 秦王はそれを勢いよく開くと、読み上げた。

「命を下す。秦は諸国を征服する一端とし、天下の宗主国たる周を支配下に置くため、九鼎(きゅうてい)を奪う。将軍白起を総帥とし、洛陽を攻めよ」

長安……現在の陝西省西安市。周の時代には鎬京と呼ばれ、首都となった。その後も歴代王朝の首都となることもあり、また中世にはシルクロードの東端として栄えた。


洛陽……現在の中華人民共和国河南省洛陽市。長安と並び、古代中国で何度も首都となった。


中国……何尊の銘文にて、殷を滅ぼした周の武王の言葉として、洛陽一帯を指して用いられた。現在の中華人民共和国とは無関係。

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