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第四十話 論功行賞

 苦い終戦を迎えた秦であったが、秦王は論功行賞をおこなって、将兵を労う。そんな中、百将でありながら公孫奭の将旗を振るった公孫起は、軍法にかけられ牢に入れられていた。

 塩氏城 合従軍


 魏将芒卯は、怒りに震えていた。

 本国からの使者は、領土割譲を条件に函谷関からの完全撤退することを、魏冄と約束した旨を伝えてきた。

「死力を尽くして函谷関を破り、塩氏城という補給地点さえ得たにも関わらず、撤退だと……?」

 芒卯は激昂し、刃を使者へ突きつけた。慌てて公孫犀武はそれを止めさせた。

「函谷関が陥落したことが伝わるよりも前に、交渉で同意し調印したのでしょう。戦が続いたのは三年、函谷関が落ちたのは昨日です。遅すぎたのです……!」

 芒卯は散々に暴れた。そして落ち着きを取り戻したのち、塩氏城から撤退を始めた。

 本国への撤退途中、芒卯は恨み節を続けていた。

「偵察に出ていた斥候が先ほど合流してきた。武関の匡章は敗走し、隴関では義渠県が敗走していたようだ……。なにが総帥だ……なにが大計だこの無能め!」

「匡章にしろ孟嘗君にしろ、斉は無能揃いですな、将軍。孟嘗君は趙王の説得にしくじり、函谷関攻撃に参加させるという計画も失敗させています」

「公孫犀武よ、二つの関で、秦はギリギリの勝利を手にした。函谷関は陥ち、城は虐殺の浮き目にあった。領土割譲による撤兵は、要は敗北を認めたということであり、奴らは我らに深く恨みを持つに違いない。この怒りを必ず我らに向けてくるぞ。近い将来……我らは必ず、報復を受けるだろう……!」


 秦王は、国の窮地を救った魏冄に賞賛を送り、一連の戦いで奮闘したすべての将兵の労を労った。防戦のみで得たものはなかったが、秦王は国庫から宝物を下賜し、総帥の羋戎は魏冄と同様に、国民からも救国の英雄として賞賛された。


 これらの結末を見届けた楚王熊槐は、秦の打倒が達成されかったことを嘆きながら、病没した。

 そして楚の国内では新王が即位し、熊槐に懐王と諡した。楚国内では秦打倒の気運が高まりつつあり、戦争の準備が着々と進められていった。しかし、その野望を打ち砕くほどの怪物が秦で生まれつつあることを、彼らは知らなかった。



 秦 咸陽


 論功行賞を経て、多くの将兵が昇進していた。公孫起とともに戦った張唐、胡傷は百将から五百主へと昇進し、驁は百将へと昇進していた。

 しかし公孫起は、軍法に従い牢の中にいた。彼は百将でありながら、公孫奭の将旗を振るい兵を扇動した罪で、処分を待っていた。

 冷たい石造りの牢で、雑に敷き詰められた藁の上に座る彼は、胡座(あぐら)をかいていた。解いていない髪を固くなり、まるで敗軍の将のような、みすぼらしい見た目になっていた。

 そんな彼を訪ねる男がいた。

「お前が公孫起か。思っていたよりも、みすぼらしいな」

 そういうと、男は笑いながら、顎髭を撫でた。男の服は上等な絹でできており、その風格から、彼が只者ではないことは明らかであった。

「恐れながら、あなた様は……」

「私のことはどうでもよい。そなたのことを知りたいのだ。そなたは公孫奭の旗を振り、動揺する味方を御して、勝利を掴んだ。軍法で処罰されることを恐れず、勇敢で、臨機応変だ。真の勇者だな」

「恐れ多いお言葉にございます。兵の命を救えるのであれば……軍法で処分されることも、本望にございます……!」

「殊勝な心がけだ。そなたを増々気に入ったぞ公孫起よ」そういうと男は獄卒に命令し、公孫起を釈放させた。唖然とする公孫起に男は、告げた。

「大将軍ならば軍法にも融通を効かせられる」

 その瞬間、公孫起は気づいた。彼は跪きながら拱手をして叫んだ。

「感謝いたします、魏冄大将軍!」

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