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第三話  百将の声

 十五歳となり徴兵された起と公孫亮。異民族の侵略に対応するため招集され、百将の李雲の配下となる。

「行って参ります父上」

「よく戦働きをしてくるのだぞ」

 公孫亮は雍の一角にある、徴兵対象者の集合場所へ向かった。道中で、見知った顔の男が手を振っていた。

「すぐそこだ。なんとなく、そなたを待っておった」

 起はそういって微笑んだ。

「早く行こう。起よ」

 彼らは集合するや否や、その場を仕切ると思われる、なにやら一際ものものしさが目立つ服装の男に注目することとなった。その男はとりわけ大音声だった。

「今日から貴様らは、ここ雍でともに訓練を受けることとなる! 私は諸君らを訓練する百将、李雲りうんだ。甘やかすつもりはないゆえ、心せよ!」

 不快そうに目を細め耳を塞ぐ亮の肩を、起は、微笑みながら二度叩いた。

「心が沸き立つ思いだ。そなたは?」

「やかましい……!」

「なんだ? なんといった?」

「そなた、聴力が弱まっておるではないか……!」

 ため息をこぼす亮を横目に、起は笑っていた。戦が待ち遠しいのだということが、公孫亮には見て取れた。

 鋭士えいしとなるべく日々の地道な鍛錬を経て、起や公孫亮は雍の都尉が率いる部隊の一員として、兵役に従事することとなった。



 紀元前309年(武王2年)


 起と公孫亮が徴兵を受けたその年、秦国の西方で異民族の侵略を受けた。

 徴兵とは普段は農民や商人として各々の生活を送りながら、有事の際は兵役を全うするというものであり、必ずしも戦に行くというものではなかった。

 起は内心、戦が起こらぬのではないかと不安もあった。だがこの侵略により、ついに彼は、復讐を成す時が来たのである。

 雍から西方の村へ移動するあいだ、起は興奮しっぱなしであり、それは戦を気だるそうに感じる公孫亮の憂鬱を多少は軽くした。

 珍しく減らず口となった起と話す中で、いつしか公孫亮は、目まぐるしく変わる秦国を振り返っていた。

「思えばこの国は、戦つづきだ。約三十年前に孝公こうこう様が商鞅しょうおう(公孫鞅)を重用し、秦という国を、猿にも劣る戎狄じゅうてきと罵られる国から、屈強な軍を擁する国へと変えた。それからはもう、この国はそこかしこで出征の話が聞けるほどの戦争狂いとなってしまった」

 公孫亮はやはり、戦というものにあまり価値を見出していないらしい。それは恐らく、本音では父君の仕事を尊敬しているから、商売の妨げとなる争い事が憎いのだろうと、起は思った。事実彼はこうして、秦国の近代史を理解できるほど、父君に課された座学に励んでいるのだ。

 やはり公孫亮は商人として、街にいるべきだったのではなかろうか。起は、そういう気持ちになって、少し俯いてしまった。

 浮かない顔をする起を横目に、公孫亮はつづけた。

「そして孝公様が薨去こうきょなされたのち、専横を働く商鞅は太子様によって処断され、太子様は中原の地を統べるしゅうの天子様より、秦国初の王号を賜った。すなわち、恵文王様となられた訳だ……」

 横を見ると、起は相変わらず曇った顔をしていた。

「聞いておるのか起よ。まさか知らぬとは申さぬだろうな」

たわけ。そのくらい学んでおるわ」

「ではなぜ黙っておるのだ。戦に怖気づくということは……そなたにとって、絶対に有り得まい」

 戦の話題にも関わらず尚も押し黙る起を見て、公孫亮は、不思議なこともあるものだと思った。

孝公(生:紀元前382年12月6日〜没:紀元前338年)……戦国時代の秦の第25代君主。姓はえい、諱は渠梁きょりょう。商鞅を登用し、穆公以来衰退した秦を強国へと生まれ変わらせた。また都を咸陽に遷都した。


商鞅(生:紀元前390年〜没:紀元前338年)……中国戦国時代の秦国の政治家。別命「公孫鞅」「衛鞅」。

『変法』により秦を強国に導くも、孝公死後に恵文王ら反商鞅派らに狙われ逃亡を図る。道中、自らが敷いた、旅券を持たぬ者の宿泊を禁じる法により隠れることができず捕まり、「法律を徹底させた結果、その法律により災難に見舞われた」と嘆きながら車裂きの刑に処される。


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