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第十八話 未来を託し、故郷を想い眠る

 寒空の下、老いた元は義息子公孫起におぶられながら、故郷を想起する。

 公孫起と公孫元は、厚着をして、付近の林を眺めながら歩いていた。出会った頃はハキハキとしていた元は、今となっては髪は白くなり、シワが増えていた。杖を突かねば歩けなくなったのはいつからだったろうか。起は、元の過去の姿を絶え間なく思いだしていた。

「元殿。私はあなたに、なにかをしてあげられたでしょうか」

「数え切れないほどに、色々なものを与えてくれたよ。私がお前にしてあげた以上のことを、してくれたよ」

「そんなことはありません。あなたこそ、血の繋がらぬ私を、息子のように育ててくれました。飯が少なければ私にくれました。体調が悪ければ、側で看病してもくれました」

「幽霊が怖い時も、眠るまで側で話したわ」

 そういうと、元は笑った。歳をとって姿が変わっても、この笑顔だけは変わらぬと起は感じた。

「いいかい起よ、血など関係ない。私が越という息子を亡くし、お前は身寄りがなかった。私は息子がいなくなった寂しさを、あなたで埋めようとした。でも、あなたは越じゃない。いつからか、あなたは二人目の息子になっていた」

「私は、孝行を果たせていません。まだあなたには……元気でいてもらわねばいけません」

 元は疲れた様子だった。起は彼女をおぶって、「そろそろ帰りましょう」といった。

「ここの景色が好きで、あなたとゆっくり見てみたいと、ずっと思っていたのよ」

「十分眺めました。早く戻らないとお体に障ります」

「まだよ……森の橋にある、池を見たいわ」

 起は迷いながらも、「見たら戻りますよ」といって、池の方へ向かった。

「この林も、雍の城外にある林に似ているわね。仕事を求めて、よく近くの畑へ出向いた頃を思い出すわ」

「懐かしいですね。女手では畑仕事はできぬと断られ、結局は城内にて仕事を見つけ、それ以来二人で林を眺めることはありませんでしたな……。もう十年近く前ですね」

 背中で起に寄りかかる元は、かすれた声で「懐かしい」と呟いた。耳元でなければ、聞き取れぬほど小さな声だった。だが、重たく、思いの詰まった一言に感じられた。

 それから、元が言葉を発することはなかった。静かで、眠ったように思えた。

「元殿、池まで来ましたぞ」

 起の声を聞くと、少し動いた。そして「綺麗だね」といった。

「故郷に似た池があってね、一人でここに来ては、息子や旦那、故郷のみんなを思い出していたわ。その池の魚を食べたり、水を飲んだり、遊んだり。そこで育ち……そこで生きていたわ」

「なにもこんな雪の季節に来なくとも……よいではありませんか」

「故郷も雪が降っていた。白家村もそうよ。白い雪の中にある、西の端の小さな小さな村だった。よく遊びに行ったものよ」

「もうなん度も聞きました。さぁ、もう帰りますよ」

「起よ……」

「なんですか……?」

「お前の母親になれてよかった。お前が息子でよかった……。お前のおかげで、憎しみの暗い闇を抜けだせた。お前がなにをしても、私はお前の味方だよ。だから……自分を信じて、体を大切に……なさいよ」

 背中の元から温もりが消えていく。雪のように冷たくなるのを感じながら、起は静かに泣いた。


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