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第十七話 過去を捨て前へ進む

 元は義息子の公孫起をみて、死んだ実の息子を思い出していた。

 魏冄と宣太后は酒を呑みながら、話をしていた。

「義渠県令、義渠涼ぎきょりょうのことは、内密に」

「誰に対してでしょう……宮中ではすでに……」

「それもそうね……恵文王がこの世を去ってから、義渠涼は私に文を寄こすようになり、次第にここ咸陽まで来るようになった。表向きは臣従の証で、本当は、かつて恋人として愛しあった私に……すり寄るため」

「姉上の中に義渠県令への想いがあるのなら、私は姉上に謝らねばなりません。やつが反乱に関わっているのなら私は」

 魏冄がそこまでいいかけたとき、宣太后は掌をかざし、制止した。

「謝る必要などないわ。いいこと、冄よ。私が愛する男はただ一人。それは秦王、稷よ。稷を困らせる者は、例えかつて愛しあった相手であっても、私にとっては敵でしかないわ」

 魏冄は顎髭をなで、ニヤけた。そして「さすがは姉上です。やはり頼りになるのは、親族のみですな」といって、二人で酒を呷った。



 郿県


 公孫起はこの日も槍や戟を振るい、型を鍛えていた。そして雪中を走って、体力の向上を図った。冷たい空気が肺に入り、張り裂けそうな程になるが、それを吐き出すと外気との温度差から、息は白くなった。

 それを休みなくつづけながら走る姿を、元は眺めていた。

 元は屋敷の縁側に座り、炭の火に当たりながら、茶を飲んでいた。そして、まるで夢のようだと思っていた。寒さで目が霞むと、走っている起が、血の繋がった実の息子のように錯覚してしまうのだ。

 ずっと一緒に、息子と過ごしてきたような気分になった。ここは上邽じょうけい村で、ずっと二人で、こうやって生きてきた。食卓を囲い、畑を耕し、川の字になって眠って、なん年もなん年も過ごしてきた。最近は、そんな想像に耽るようになっていた。

 起が振り返り手を振ってきたことに気づき、手を振り返しながら、彼女は「大きくなったね、越よ」といった。

 不思議に思った起が近づいてくる。義息子が怪訝そうな顔をするのは、彼が死んだ実の息子ではないからだと、ハッとした。そして元は謝った。

「ごめんなさい。昔のことを思い出してしまって……」

「私も昔のことを思い出します。その度に、私は努力を辞めてはならないという強い思いに駆られ、寒さや暑さを忘れてしまう程です」

「そうね……あの日から私たちの日常は変わった。私は貧乏暇なしで、毎日お前を養うため金を作ることに追われていて、少しづつ昔のことを忘れていってしまっていた。あなたがいれば……私は、もう思い残すことはないわ」

 元はどこか穏やかそうな顔をしていた。起は、まだなにも前に進んでいなかった。常に復讐への執着が、彼を強くするだけで、あの日の白家村からまだ抜けだせずにいた。

 だが元は、すでに前へ進んでいるように、起には見えた。

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