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第百話 斉西の戦い 一

 蘇秦は燕王に、兵を興す時が来たことを伝えた。すぐさま燕王は大将軍楽毅に精兵の大軍を与え、斉への侵攻を命じる。

 同年 燕


 燕王は蘇秦より竹簡を受け取った。それは行動を起こすように促す内容の竹簡であり、燕王が朝な夕な待ち望んでいたものであった。朝議にて燕王は、軍へ命令を下した。

「今こそ傍若無人な斉王を殺し、斉を滅ぼすのだ! 楽毅将軍に命じる!」

「ここに!」

「燕軍の精鋭七万を率い、南下せよ。どの国よりも速く、斉を攻めるのだ!」

「御意!」


 燕王は楽毅に命令を下した後、高揚したまま朝議を終えた。しかし自室へ戻った後、体の不調から倒れ込んだ。この頃は目眩や立ちくらみが増えた。初老というほど若くはないが、老齢というほど歳を取ってはいない。

 主治医に見てもらった時、初めは感昌(風邪)だと診断された。しかしそれは少し経って思い返した時、やぶ医者の戯言であったと断じざるを得ない。



 斉国境 楽毅


 楽毅将軍は軍を率いて進軍し、楚、秦、趙、魏、韓の合従軍進軍の報を受け取るよりも前に、斉の城へ猛攻を仕掛けていた。

 斉軍は燕軍の突然の攻撃に対応が遅れ、各城は楽毅の攻撃で各個撃破されていった。

「騎劫将軍。国境守備軍も、我が燕をみくびっていたあまり、いい加減な対応でした。各城も警戒意識が低く、全ての動きが後手に回ってます」

「数が多いとはいえない我が軍が、軍を分けて各地を同時攻撃しているにも関わらず、各個撃破された部隊は未だありません。また楽毅大将軍。先刻、秦を初めとした合従軍が出発したとの報を受けました」

「そうですか。我が軍の強みは、斉への憎しみ。その憎しみが兵に力を与えるのです。そうすれば、私の采配などなくとも、斉を破る程の強兵となるのです。騎劫将軍、敵の抵抗が少ない今、我々は攻め方を変える必要があるようです」

「どのように軍を首都まで進めますか」

「速度を重要視し、重要拠点を除く小城の陥落を待たずに進みます。小城は恐らく包囲などせずとも、我が軍の進撃に恐れおののいて、自ずから降ってくるはずです」

「それなら、兵も兵糧も時間も、浪費せずに済みます。とにかく進み、憎き斉人を皆殺しにしてやりましょう!」


 楽毅の優れた采配と、厳しく訓練された兵は、斉人への怒りにより、死をも恐れない死に体となった。その猛攻で、数多の城が数日で抜かれ、遂には楽と記された旗を目にしただけで降伏する城も現れた。

「罪深き降将が、城邑の印綬を、大将軍へお渡しいたします」

「優れた判断だ。互いに、無駄な血を流す必要はない」

「恐れ多い言葉にございます……ありがとうございます……!」

「私の兵が、補給の為に城へ入る。強姦や略奪、殺人を行わぬよう厳命を下すつもりだ。破れば厳罰に処すこととする。だが……いかんせん、燕人は斉人に対する恨みが深い。どれ程まで命令が守られるかは分からぬ。それは身から出た錆である故、逆恨みするでないぞ」

「ぎょ……御意」

 城に入った燕軍は、楽毅の危惧した通り、城を荒らした。女は襲われた後に首を刎ねられ、家畜や財は奪われ、男は投降兵さえ殺された。闘鶏用の鶏さえ食われ、酒を呑んだ燕兵が互いに揉め出す有様だった。

「先が読めぬ将兵が……怒りに身を任せて惨劇を巻き起こしている。中には子供を誘拐し売りさばこうとする兵まで出ていると、報告されてきた。騎劫将軍……止められるか」

「恐れながら大将軍、私は止めたくありませぬ」

「駄目だ、止めるのだ。これは軍令だ」

「軍令に則って、将兵を罰してまいります」

「抜かりなく頼むぞ。駐屯軍を除いた全軍は、私が率いて明日、城を出る。この地は任せたぞ」

「御意!」

 蹂躙された各城の治安が回復することを願いながら、楽毅は本分を全うする為、進軍を再開した。

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