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逃亡の為の準備はうきうきします


 休みの日。

 私はミルクココア色の髪を緩く編んでサイドにたらし、ホワイトベージュのノースリーブブラウスに、翡翠色のアシンメトリースカートを履いた。

 重なった布のドレープが、歩くとゆらゆら揺れてとても可愛い。

 アクセサリーには小粒のエメラルドをあしらったイヤリング。


 これくらいのおしゃれであれば、誰にでもわかるお忍びとしてオッケーと言えるだろう。


 敢えて匂わせておけば、店側が勝手に推測して人払いをしたり、詳しく探らずにいてくれたりと何かと便利なのだ。


「今日もたいへんお綺麗です」

「ありがとう」


 恭しくエスコートしてくれるのはもちろん護衛をかねたジョシュアである。


 いつもの執事服とは違い、青のVネックに灰色のスラックスと、フォーマルだがいつめよりはラフな格好である。

 銀色の髪の毛はおろされ、襟足の部分が背中に垂れている。

 普段見慣れない姿をまじまじと眺めていれば、攻略対象ほどではないが、なかなかに整った顔立ちをしている。

 やっぱりゲームで立ち絵くらいはあったかもしれない。



 街は大変に賑やかだった。


 市場は休みのようだが、中央に大きな噴水のある広場には人が多く行き来しており、あちこちで露店がシートを広げていた。

 雑貨もあれば、変わった色に染めた布なんかもある。

 シートではなく、屋台を直接設置している飲食系のものも幾つか。

 商店街の方では、設営されたステージで流れの楽団が演奏をしてチップをもらっている。


 例の作戦のための服は、今着ているような上等な、明らかにお嬢様だとわかるような服ではいけない。


 そして庶民は、服を新しく仕立てることはあまりしない。

 基本的に自分たちで手作りする。

 どうしても必要な時だけ一張羅を頼むためのお店や、制服、作業着などを取り扱うがあるくらい。


 つまり私たちが、()()()()()庶民服を手に入れるには、服屋ではなく――古着屋が正解だった。


 商店街の一角に店を構えている服屋は、少しくたびれ色褪せた看板をさげた小さな店だった。

 しかし入ってみると、狭い店舗の中にはびっしりと服が並んでいる。

 一応の大きさや形ごとに並んでいるようで、私は女性用のワンピースを手に取った。


 店員がちらりと私とジョシュアを伺い、近づいてきた。

 お忍びだと気づいているだろうが、それをおくびにも出さず声をかけてくる。


「お手伝いは必要ですか?」

「ありがとう。どういったお店なのかだけ教えて頂戴」

「ここの古着は、どれでも1着1,000バイトです。あっちの棚のぶんだけは、3,000バイト。試着を希望されるなら2階にご案内します。返品はいかなる形でもお断りしておりますので、購入時に服のほつれや痛みの状態はしっかりとご自身で確認しておいてください」


 あまり長居したりして、人の目につきたくないので、いくつか目についた服を手に取って2階に案内してもらった。

 2階は窓のない小さめの部屋で区切られており、扉には簡素だがひっかけられる鍵がついている。


 手に取って持ってきた服は、目立ちにくい、藍色のワンピースと、クリーム地に花の刺繍が少し入ったスカートだった。

 どちらも割とぴったりだったが、クリーム色のスカートの方はとれないシミのようなものがお尻のあたりにあったのでやめた。

 多分これを古着屋に持ちこんだ人もそれが理由だろう。


 藍色のワンピースだけでは替えがないと不便だろうということで、もう1着だけ色んな生地をパッチワークで継ぎ接ぎしたチュニックも選んだ。

 よく着古してあり、すこしベアトリクスには大きかったが、うまくすれば誰かのおさがりを着ているようにも見える。

 それにパッチワーク生地の中に丸々としたヒヨコの絵があって、可愛くて気に入った。


 私が服を決めて2階から降りてくるころには、ジョシュアは既に自分の分を選び終えていた。

 そのままあわせて4着分の代金を支払おうとすると、店員が奥からくたびれたブーツを出してきた。


「見ない顔でいらっしゃいますお客様、こちらはおまけにつけさせていただきます」


 どうやら貴族だと見抜いて、勝手に手心してくれたようだ。

 確かに服だけ買って満足していたが、ブーツも必要だろう。

 それならなるほど、こちらも口止め料として多めに支払うことにする。


 暗黙の了解として服は貴族用の紙袋にいれて持たされる。

 中身は見えないので、まるで高級品が入っていてもおかしくないように見えた。


「これなら怪しまれずに持って帰れるわ」

「行き届いた店でしたね」


 用事がすんでしまえば、あとは自由である。

 来たくてもなかなか来れなかった街なのだもの、ちょっとくらい遊んだっていいでしょう?


「寄り道したいわ!」

「仰ると思いました」


 ランチでもスイーツでも、どちらでも選べる店を予約してあるらしい。

 確かにこの人の多さにちょうどお昼を過ぎたころの時間帯なので、どこもかしこも並んでいる。

 来るときにも見た、広場にあったサンドイッチの屋台の周りもぐるりと列がとぐろを巻いている。

 予約をとるのは必須ともいえた。

 その点抜かりなく下準備してあるのはさすがとしか言いようがない。


 ジョシュアが案内してくれたのは、テラスでも食事が楽しめるような、開放的なカフェだった。

 白い家具で統一された店内に、パステルカラーの可愛いウサギやユニコーンがキラキラとした羽根やハートと共に飾り付けてありとてもメルヘンチックな雰囲気である。

 


「まあ、素敵……!」

「お好みにあってよかったです。食事も評判ですよ」

「楽しみで仕方ないわ…!」


 前世でもこんなおしゃれなカフェで過ごすなんてこと、したことなかった。

 目をキラキラさせて予約席に案内され、明らかにご機嫌な私を見て、ジョシュアがにっこりと微笑む。

 わたしのために用意してくれたんだ、と思うと主従の関係であるとはいえ、とても幸せな気持ちになり、浮かれた姿を見せたことに照れてしまう。

 そんな私をみて、ますますジョシュアは笑みを深める。


 だが、たどり着いた個室には、椅子は1脚だけだった。


「え……」

「どうされました?」

「ジョシュアは、一緒に食べないの…?」


 笑顔はあっという間にしぼみ、ジョシュアも困った顔になる。


「お嬢様、以前でしたら…あ、いえ、お嬢様は変わられたのでしたね。お忘れかもしれませんが、お嬢様は侯爵令嬢で、僕はその従者です。共に席をすることはありませんよ」

「そうだったわ……」


 一緒に街へ出かけて、服を選んで……近いうちには、二人で隣国へ行く。

 そう思っていたから、従者だというのに、いつの間にか戦友のような、近しい友人のような気持ちになっていた。

 何の疑いもなく同じ食事をとれると思い込んで、実はちょっとだけデートみたい、などと浮かれていた気持ちが、どんどんと萎んでいく。

 明らかに元気をなくしてしまった私。


「ほんとにもう。困った人なんですから……」


 ジョシュアがため息をついた。

 個室の扉を開け、店員に声をかけると、椅子がもう1脚運び込まれた。


「個室ですから。今日だけ。お嬢様の命令に僕は逆らえませんからね。仕方なくですよ?」

「!!」


 ベアトリクスの顔に、ぱっと笑顔が戻った。


「やった。やったやった。えぇと、メニューどれにしようかな…」

「お勧めは、小人のアップルパイに、人魚の海鮮パスタだそうです」

「どっちもおいしそう!でもそんなに食べきれないわ」

「おひとりなら、食べきれないかもしれませんね」


 でも今は、ふたりですから。

 分けっこなんてどうでしょう?と笑ったジョシュアがすごく格好よくみえて、私ってもしかしてチョロいのかも……と思った。



 お腹も満たされ、心も満たされ、満足して帰ろうと個室の扉を開けると、ばったりとディランと出くわした。

 ディランの後ろにはクロエもいる。

 どうやら私たちの隣の個室へ案内されるところだったようだ。

 ちらりと部屋の中が見えたのだろう、まずいと思って見えない様に扉を閉めるのが遅かった。


「椅子が…2脚。従者と一緒に食事をとっていたのか?」


 目ざとい。

 けど、普通に答えてあげなくてもいいわよね?


「あら…ディラン様こそ、クロエ様とお二人ですか?お世話係を陛下に頼まれているとはいえ、こんなことまで?一体どんなお世話なのやら」


 言い返されたディランがくっ、と言葉に詰まった。

 ざまぁみなさい、どうせイベントを消化してるんだろうけれど、どんな言い訳をしたって浮気にしか見えないのよ!……ってそんなイベントあったかしら?あったような気がする。

 ディランの後ろで、クロエが青い顔をしている。

 何か言いたいことがあるのか、口を開いたり閉じたり。


「クロエと二人きりなわけではない。下にアイザックも来ている。彼はその……ちょっと息抜きに席を外しているだけなんだ」

「白々しい」


 おっといけない、思ったことをそのまま言ってしまいました。


「ほ、ほんとうです。ベアトリクス様、ディラン様とは別にデートをしていたとかじゃなくってその、たまたまさっきそこで出会って、それで……」

「たまたま出会っただけなのによく予約席がとれたわね?」

「それはっ…!この予約席は…!」

「ディラン様~お待たせしました~!」


 男のきゃぴきゃぴした声が階段側から聞こえた。

 桃色がかった金髪に引き締まった体躯……アイザックだ。


「思った通り素敵なコたちが揃っていたわ~!予約までとって来たかいがあったってものよ!しかも一緒に来てくれるなんてチョー助かりまくりんぐ!やっぱディラン様しか勝たん」


 その腕には、店内に飾られていたのと同じメルヘンチックなユニコーンがたくさん抱えられていた。


「え?」


 ベアトリクスと目が合ったアイザックは悲鳴をあげて持っていたユニコーンを落としてしまった。

 角は折れていないだろうか。


「なに?つまり本当に、ここへはアイザックの息抜きで来たってこと?予約はアイザックのものだった…?」

「その通りだ……」


 知らなかった。

 アイザックにそんな趣味があったとは。

 バレてしまったのなら隠す必要もないな、とディランは真顔で言った。


「アイザックは普段は頼れる護衛だが、その心は乙女なんだ。可愛いものやキラキラしたものが大好きで、普段はそれを隠して無理をさせているからたまにこうして息抜きをさせてやるのだが……ここへ来る途中で、クロエと会ったんだ」

「町で評判のカフェへ行かれると聞いて羨ましくてつい……!ついてきてしまいました……!」

「我々としても男二人でそのまま向かうのはちょっとな。クロエがついてきてくれるのが都合がよかったというわけだ」

「……そういうことだったんですか」


 それよりさっきから固まってしまったアイザックは大丈夫なのだろうか。


「話が逸れてしまったな。それでベアトリクスの方はここで何を…?」

「では私はこれで!次の用事がありますので!」


 やばい、とっとと逃げよう!


「待て、ベアトリクス!」


 私に向かって伸ばされた手は、パァン、とジョシュアによってはらわれた。

 いや、普通にはらうというよりは叩き落したレベルで力が籠っていたような。

 ディランの方も叩かれた手を痛そうにしている。


「――っ貴様…」

「失礼。護衛として思わず手が出てしまいました。ですが王太子殿下におかれましては、婚姻前でのお戯れはおやめくださいますようお願い申し上げます」


 涼しい顔で嫌味を言う。

 言外に、キスの事をいっているのだ。

 私が忘れかけていたというのに、ジョシュアの方はしっかり根に持っているようだ……。


 痛いところをつかれたのか黙ってしまったディランを置いて、その隙に私たちは無事、その場を後にすることができたのだった。



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