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密談その1

 

 ヒューバートからの連絡があるまで、ベアトリクスには特にやることがない。

 ディランに計画を気づかれてはならないので、今日もジョシュアとともに普段通り過ごしていた。


 庭園のガゼボ近くを通ると、鳥の鳴き声に交じって、見知った声がぼそぼそと聞こえる。

 遠目に見えるのは、蜂蜜色の髪と、アプリコットオレンジ。ムキムキポーズはとっていないようなので、ディランとクロエだろう。

 ベアトリクスは、ガゼボで起こるイベントを思い出した。


 ディランと目が合ったような気がして、思わずさっと隠れる。後ろについていたジョシュアも空気を読んで一緒だ。


「はい、これで大丈夫ですよ」

「いつもすまない……」


 クロエの手がディランの頭に添えられ、暖かい光を発している。

 光がおさまると、そのまま頭を撫でていた。


「謝罪なんていりません。お礼のほうが嬉しいです」

「そうだな……ふふっ、ありがとう」


 暗い赤の瞳が柔らかく細められ、優しく笑うディラン。

 そんな表情、ベアトリクスには見せたことがなかった。

 私の知っているディランは、いつも強い目線で睨んできたり、怖い顔ばかり。


「なによ、あんなにデレデレして……。昨日は私にききき、キスしたくせに」

「は?」


 思わず漏れた愚痴に、返事があるとは思わなかった。

 すぐ後ろに控えていたジョシュアから、普段よりもさらに低い声がする。


「今、なんと、仰いましたか?お嬢様?」


 一句一句区切るように、ねっとりと絞り出された声が恐ろしく、私は振り向かないことにした。

 なんか知らないけどめっちゃ怒ってる。

 そんな私の肩ががしり、と掴まれる。


「もしかしてお嬢様、だから昨夜あんなに慌てて部屋を飛び出されたのですね?」


 おかしい。語尾にクエスチョンマークがついているはずなのに、絶対にそうだと断言されている。

 私なにも悪くないはずなのに責められている気がする。


「ふぅん、あの王太子、随分と舐めた真似をしてくれやがりますね。結婚前のお嬢様にそんなふしだらな事をしておいて、しかも断罪しようとしているなんてとんだ糞じゃないですか。ちょっとくらい懲らしめてもいいですよね??」

「きゃー!やめて!待ってとまってぇ!」


 そのまま陰から飛び出していきそうになるジョシュアを慌ててとめた。

 小声で叫ぶという難易度の高いスキルを発しながらジョシュアがでていかぬよう腕を掴む私を、金の瞳が見下ろしてくる。

 

「何故止めるんです」


 背の高いジョシュアをしゃがませ、私は一生懸命に説得した。


「今懲らしめたら、確実に逃亡前に不敬罪で捕まっちゃう!」

「……それは、困ります」


 ジョシュアは落ち着きを取り戻すと、ため息をついた。

 そのままいつも身に着けている黒い革の手袋を外す。

 胸元のポケットから、真っ白なハンカチーフを取り出した。


「それで、キスされたのはどこですか?唇でしょうか?あの下種野郎……」

「ジョシュアあなた、なんだか口が悪…むごごががが」


 ごっしごっしと口を強く拭われる。

 力強すぎ!口がもげそう!絶対腫れるからやめてええ!



「そんなところで何やってるの?」


 もしかして隠れているのが見つかった!?と思い、ガゼボを振り返ると、すでにディランとクロエは居なかった。


「こっちこっち」


 きょろきょろする私。

 ジョシュアが気づいて上のようですね、と言った。

 ガサガサと音を立て、生垣の方の、木の上から降りてきたのはヒューバートだった。


「えっなんでまた木の上に?もしやイベントはいつも木の上からはじまるのですか?木に隠れるのが癖などとかいう設定が?」

「ないよ!この間ベアトリクス嬢がきたからやれなかったイベントの消化がまだなんだよ。この分だと今日も起きなさそうだな。毎日待機するのも大変だぜ」

「それは…確かに大変ですね……」


 木の上なら日焼けはなさそうだけど、虫刺されはありそう。

 1週間続けて似たようなことをしたのでわかる。


「でもベアトリクス嬢に会えてよかった。伝え忘れていたことがあったんだ。俺からあまり呼び出すとよくないからさ~」

「伝え忘れていたこと?」

「そう。例の件で、服だけは自分達で用意してもらおうと思って。さすがにサイズわかんないからさ。1~2着、役に立ちそうな、それっぽいやつ」

「なるほど」

「お嬢様は自分で使える資金ある?」

「それくらいなら、大丈夫よ。ほかで暮らす分は不安ですが…」

「それについては用意があるよ。じゃ、よろしくね」


 それだけ言うと、ヒューバートはさっさと生垣の方へ戻っていった。

 また木の上に登るのだろうか。


「ジョシュア、さっそく今度の休みの日に出かけるわ。用意しておいて頂戴ね」

「かしこまりました」


 公爵令嬢という身分と、王太子の婚約者という肩書のせいで、街にはなかなか行けなかった。

 勿論お忍びでいくので、それなりの格好でいかねばなるまい。

 うーん、服を買いに行くための服、あったかなあ。

 なんだか前世でも似たような事で悩んだこと、あったような気がするわ。


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