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協力者あらわる

 

 そういうわけで、ヒューバートと連れ立ってベアトリクスは再びプライベートルームに戻ってきた。

 先ほどディランに口づけされたことを思い出したが、かぶりを振ってとりあえずは忘れることにする。


 今はもう、ディランもその護衛のアイザックもおらず、ジョシュアも消えていた。

 もしかしたらベアトリクスのことを探しているかもしれない。

 申し訳ないと思ったが、事情が事情だけに今はヒューバートとの話を優先させることにした。


「それで、さっきの続きだけれど」


 個室に男女が2人、というのは少々まずいのだが、誰かに聞かれては困る話をしているので仕方がない。

 会話が効かれないように魔法をかけて、念のためベアトリクスとヒューバートは距離をとって話を始めた。


「君は――ベアトリクス嬢は、シナリオを知っていて、協力しているわけではないのかい?」

「協力など、しておりませんわ」

「なんてことだ……。俺はてっきり、君は甘んじて悪役イケニエを受け入れていると思っていたよ。自分1人でそんな役割を担うなんて、若いのに随分と高潔なひとだと思っていた」

「そんな……私、シナリオを受け入れていません。なんとか断罪を回避したいと思っているのです」


 ベアトリクスは、自分が実は1度死んだ記憶がある事と、その時に前世を思い出した事をヒューバートに告げた。


「なるほど。それでシナリオを知ったのか。ディランのやつ、肝心なことはいつも何も俺に伝えない。できるやつだが、そういうとこは嫌な奴だよ」

「ヒューバート様は、なぜシナリオに協力なさっているのですか?もし可能であれば、シナリオを変えるのを手伝っていただきたいのです」

「うぅ~ん、シナリオを変えるっていうのはつまり、君が断罪される未来をってことだよね?」


 ヒューバートは頭を抱えた。


「実は、俺がディランのいうことを聞いてシナリオ通りにイベントをこなすのには、契約が関係しているんだ」

「契約、ですか?」

「そう。ちょっと話が長くなるんだけどね……」


 話は、ヒューバートの本来の境遇についてであった。

 ヒューバートルートは、ベアトリクスはプレイしていないので、あまりわからない。

 初めて聞くことが多かった。


 曰く、シナリオ通りでのヒューバートは、早くに両親を亡くす予定だった。

 事故が起こり、一人ぼっちになったヒューバートは若すぎるため爵位をつげない。

 成人するまではと、母方の叔父が中をとりつぐために屋敷に現れた。

 ところが叔父はヒューバートに対して陰湿な嫌がらせをし、召使いのようにこきつかった。

 人間不信になり、自分を卑下する癖のついたヒューバートは、学園でヒロインと出会い、イベントをこなすうちに自信を取り戻し、叔父との問題を解決させてハッピーエンドへと至るらしい。

 (ちなみにベアトリクスはその過程でもライバルとして出てきて嫌がらせ行為を行い断罪される。身も蓋もない言い方だが、たぶんイベントの使いまわしだろう。)


 この事をディランに知らされたヒューバートは、当然両親の死を受け入れなかった。

 事故が起きぬよう先回りして注意したので、両親は亡くならず今も健在である。

 おかげでヒューバートも人間不信になることもなく、おおらかにのびのびと育った。


 ただし、両親を助ける際にヒューバートはディランと1つだけ契約をすることになった。

 それは、予言書通りに『イベント』を起こすこと。指定の時刻に指定の場所へ赴き、決められたセリフを吐き、行動する。

 まるで演技だ。

 それさえすれば、両親を助けられる。

 ヒューバートにしてみれば破格の対応だったので、否応もなく了承した。


「魔法で結んでいるから、契約は絶対なんだ。俺はイベントを起こすしかない」

「そんな……」

「だけど、イベント外でなら何をしようと自由だ。君を助けられるかもしれない」


 ヒューバートは水色の瞳をきらりと光らせて、なにか悪戯でも思いついたかのような顔をしている。


「俺はね、シナリオ通りに行動はしているが、予言書には否定的なんだ。死ぬはずだった両親だって生きてる。予言書は変えられるはずだ。君も理由あってシナリオを了承していると思っていたが、違うのなら話は別だよ。俺にできることなら君に協力するとも」

「うっ…ありがとうございます…!」


 ディランにすげなく無駄だ、と告げられたあとだったので、ヒューバートの優しい言葉に、思わず私は涙した。

 最近涙腺が緩い。


「でも、駄目なのです。私がどう足掻いても、イベントは起こるし、変わらないんです」


 私は出会いイベントを妨害しようとしたことから、つい最近の努力までヒューバートに話した。


「最近では、もう関わらないほうがいいんじゃないかって思ってクロエ様を避けていたはずなのに、それすら『ベアトリクスはクロエを妬んで無視している』『嫌がらせをしている』などと噂される様になってしまい……。私はやっていないのに、クロエ様の教科書が盗まれたり、危ない目にあったりしているようなんです」

「ふぅむ。思っていたより厄介かもしれない。努力が裏目に出ている気もするが……」

「それに実はさきほど、ディラン様に直接忠告を受けまして」

「どんな?」

「『予言書からは、逃げられない』と」


 ヒューバートはしばらく黙ってしまった。


 協力してくれるといったが、無理だって匙を投げられたらどうしよう。

 私はまた半泣きになる。

 もうすでに1回泣いたのだし、また泣いたっていいよね?2回も3回も変わらないよね……?


「ベアトリクス嬢、隣国へ身を移す、というのはどうだろうか?」

「え?」


 ヒューバートが説明しだす。


「この学園にいる限り、シナリオを変えることは難しいのではないかな。現に関わらないと決めても向こうから勝手にやってくる。絶対に届かない場所に行くしかないだろう。どうだろう、死ぬよりはマシなんじゃないかな?」

「死ぬよりは、マシ……」


 それは確かに、今の私にとっては救世主のような言葉だった。


「やってみます、私!できることがあるなら、何だって試すわ。婚約破棄も断られたし、実家にも見張られているんですもの。確かに隣国にいくしかありませんわ!!」

「えっ、婚約破棄しようとしたの…?」

「いけませんか?」

「いや、気持ちはわかるけど…ディランのやつ相当機嫌悪いだろうな……」


 ヒューバートが何事かぼやいたがよく聞き取れなかった。


「えっと、それはさておきベアトリクス嬢。隣国へ逃亡するにあたって、ご実家の侯爵家からの援助は見込めないと思っていいね?」

「その通りです。決めたはいいものの、どうしたらよいか案が思い浮かばず…」

「言い出しっぺなんだから俺に任せてくれないか?君が困らないように、必要なものを用意してあげるよ」

「いいのですか…?何から何まで……」

「いいよ。君だけが不幸なハッピーエンドなんて、後味が悪すぎる。それを知っていて何もしないなんて良い男じゃない」


 ぱちん、とウインクが飛んでくる。確かに良い男かもしれない。

 なにせ攻略対象さまだし。


「失礼します」


 プライベートルームなのに、ノックの音もせず扉が開いて、私とヒューバートはビクリ、と慌ててそちらを見た。

 そこにいたのは、ジョシュアだった。


「話は聞かせてもらいましたよ、お嬢様。貴女は急に消えたと思ったらどこにもおらず、ようやく見つけたと思ったらまた逃げる算段をたてているなんて…」

「ジョシュア、どこまで聞いて…?」

「君はベアトリクス嬢の従者だね。このことは彼女の実家には黙っていてもらいたいのだが」


 ジョシュアが侯爵家に漏らせば、計画は台無しである。

 まだ一ミリも始動してないというのに!


 手荒な真似はしたくはないが、ヒューバートにはジョシュアをしばらくの間預かってもらうことになるかもしれない。

 ヒューバートもそのつもりなのか、その顔は険しく、ジョシュアの動向を探っている。


「お嬢様。たった一人で、いくおつもりですか」


 ジョシュアは本当に私を探し回って乱れたのだろう、後ろで小さく結んでいる髪が乱れてほどけかかっていた。

 綺麗な銀の髪。それを見ている私の目線に気づいたのか、結い直しながらも、金の瞳はまっすぐにこちらを見返してくる。


「それは、見過ごせませんね」


 その言葉に、がたりとヒューバートが席をたった。

 ジョシュアをとらえようと手を伸ばすが、彼は護衛も兼ねた従者である。

 簡単に捕らわれる筈もなく、さっとヒューバートの手を払い、そのままつかつかと真っすぐ私のほうへやってくる。


 手を掴まれて抵抗する私にもビクともせず、このまま連れていかれるかと思ったが、ジョシュアはなぜかそのままその場へ膝をついた。


「僕を雇いませんか?お嬢様」


 金の瞳は、一瞬たりとも私を捉えて離さない。

 それは、まるで獲物をみつけた鷹のようだった。


「1人で隣国なんて、危険です。僕を雇えば、護衛もこなせるし、なにより侯爵家に秘密を漏らすこともしませんよ」


 私は、どう返事するべきなのだろうか?ジョシュアを、連れて行っても、いいのだろうか。


「ジョシュアといったか」

「はい」


 ヒューバートに声をかけられているのに、ジョシュアは返事だけはするが目線は私から離さない。絶対に逃がす気がないのが伝わってくる。


「ちなみにどこから聞いていたんだ?」

「そうですね、お嬢様が1度死んで、前世の記憶があるということから」

「ほぼ全部じゃないの!」

「……はあ。盗聴防止の魔法はどうした?」

「あの程度、僕には何の意味もありませんよ」


 仮にも公爵家嫡男のかけた魔法なのよ?

 普通ではない従者にヒューバートが頭を抑えているわ。


「ずいぶんと優秀なようだ。ベアトリクス嬢、君はどうしたい?」

「ジョシュアがいれば、確かに安心ですけど……」

「ならば雇うといい。契約主は君の名前で、必要な逃亡資金として賃金代も含めて用意してあげるよ」

「決まりですね。もし信用ならないというなら、魔法契約にしても構いませんよ」


 私の返事を待たずに、ジョシュアが魔法契約の宣誓をした。

 私の秘密を絶対にもらさないこと。

 私を裏切らないこと。

 2つを誓うと、銀の光がくるりと私とジョシュアを回って消えた。


「では、詳細はまた後日。必要なものが揃ったら連絡するよ」

「私のほうで用意することはありますか?」

「ない。強いて言うのなら、絶対にディランに気づかれないことだ。彼が君を逃がしてくれるとは思えない。準備が整うまでは、普段通りに悪役を演じてくれ」

「演じてるわけではないのよ!?」



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