作戦その2
次の日、私は朝からディランのところへと押しかけた。
ディランの部屋は同じ貴族寮にある。
登園までにどうしてもお願いしておきたい頼みがあったのだ。
婚約者とはいえ、二人きりで部屋に入るのは許されることではない。私は従者のジョシュアを、ディランは護衛のアイザックを連れて学園へと向かった。
学園には個人やグループで勉強やお茶会ができるプライベートルームの貸し出しをしている。
わたしが入学式の時にかりた休憩室もそうだった。
その一室でなら、他人に会話を聞かれることもない。
「昨日はどこへいっていた?」
プライベートルームにつくと、息をつく間もなくディランが話しかけてきた。
「え?」
「入学式にも出席しなかったろう。体調が悪いのかと思ったが休憩室を訪ねてももう貴女は居なかった。寮には遅く帰ってきたようだし、一体何をしていたんだ?」
「まぁ……探してくださったのですね。それはすみませんでした。実は寮へ帰る途中で素敵な菜園を見かけまして。そちらで過ごしていたのです」
菜園、といったところでピクリとディランの眉が反応した。
昨日もいっていた通り、ディランはシナリオを知っているのだろう。
だからヒロインがいつ、何をして、誰と会うかも知っている。
菜園と聞いて、思い当たる節があるということだ。
「……中にはだれかいたのか?」
「ええ。魔法学の講師の方が一人。それから女生徒が一人迷い込んできましたわ」
「ふぅん」
もちろんグレアムとクロエの事だ。
ディランだって当然わかっているだろう。
自分から聞いたくせに、ただの確認だったのかそれ以上は踏み込んでこない。
何やら少し考えているようだった。
そんなことより、昨日はもう終わったのだ。大事なのは今日の事だ。
「グレアム様。今日はクロエ様とお茶会をすると伺いましたわ」
再びディランの眉がピクリと反応する。グレアムの暗く赤い瞳が睨むようにこちらを射抜いた。
「誰に聞いた」
「あら、私にもいくつか情報網がございますもの。クロエ様とのお茶会は、エルドレッド様とアイザック様のご紹介が目的でしょう?私もご紹介させて頂けはしませんか?」
「貴女が?」
「ええ、ディラン様が聖女であるクロエ様のお世話係として努力されているのは百も承知しております。クロエ様と同学年のエルドレッド様と、武に強いアイザック様をご紹介されるのは当然のこととして、私自身もクロエ様とは同学年なのです。それも女性同士ですわ。クロエ様からのご相談事などもして頂きやすい筈です」
エルドレッドは王太子ディランの弟で、第二王子である。
アイザックはディランの護衛。
この二人もゲームの攻略対象なのだ。
グレアムの茶会で出会い、ここから何かと頼ったり、イベントが起きたりして交流を深めていくことになる。
つまりこれも出会いイベントのひとつ。
ゲーム本編ではこの茶会にベアトリクスは参加していないが、参加しないのはおかしい。
だってディランの婚約者なのよ、ふつうは紹介されてしかるべきでしょう。
多分、ゲームとしての都合が悪かったのね。
でもここは現実なのだし、私が言えば参加はできるはず。
そうして婚約者として最初に紹介されて、ディランと睦まじい様子を見せれば、ディランとのシナリオは潰せるかもしれないわ。
乙女ゲームでみたヒロインはいい子だったもの、仲のいい婚約者同士を引き裂こうとはしないでしょう。
「悪いが、貴女に人の世話ができるとは思えない。クロエは平民出だし、貴女とは価値観も異なるだろう。面倒ごとを押し付けるような真似はしたくないから、今回は控えてほしい」
「え……」
どうして断られるのぉぉ?
参加は固いと思ったのに。
目を白黒させる私に、ディランは席を立ってそっと近づいてくる。
顎をすくわれ、暗く赤い瞳がまっすぐに私を射抜いてきて、心臓がドクリ、と跳ねた。
「とにかく邪魔をしないように」
無表情でそう言い残し、ひゅっ…と息をのんで固まってしまった私を置いて、ディランは部屋を出て行った。
顔が良いのはずるい。
よくよく考えれてみれば、言われたセリフはひどいものだったのに、文句をいうタイミングを逃してしまった。
私の一瞬のドキドキを返してほしい。
くやしいくやしいくやしーい。
私は諦めないわよ、了承なんてしていないし、絶対に参加してやりますからね!!
茶会の時間と場所は、ゲームの知識で当然把握している。
私はその場所――中庭の一角にあるガゼボに向かって居た。
「お嬢様、本当に行かれるのですか?」
有名店のクリームブリュレ・タルトをいれた籠を持って、ジョシュアが着いてくる。
「当たり前でしょう。差し入れをもって様子を見に来たといえば参加させずに帰されることはないはず。私を除け者にはさせませんわよ……」
「本当に大丈夫でしょうか……」
「はっ…それよりは偶然を装ったほうがいいかもしれないわ。偶然同じ場所でお茶をしようとしていて…なんて、どうかしら」
「お嬢様はクリームブリュレ・タルトをいったい幾つ召し上がる予定でお持ちになったのですか」
「そうだったわ。ワンホールはちょっと多いわね。いえ、ジョシュアと二人でならいけなくもない」
「お待ちください。僕とお嬢様が一緒に席に着くなど、ありえないことです。どうなさったのですか一体…それになんだか雰囲気も変わられて……」
ジョシュアは困惑して歩みを止めたが、私は待ってはいられないので置いていく。
「あっ、お待ちくださ……」
「あらぁ!ディラン様、こちらにいらっしゃったのですね~!」
見つけた!
やっぱりシナリオ通りにすすめたいなら、場所を変えるはずないわよね。
ガゼボにはディランとその隣に座るクロエ、それからディランの後ろに控えて立っているアイザックともう一人、見知らぬ男が座っていた。
え?誰?
「ベアトリクス。何故来た」
ディランは無表情で若干怒っているように見える。
まぁそりゃそうよね、あれだけ釘を刺されてなお来たんだもの。
でもこっちも必死なんです。
「ディラン様は私に迷惑をかけたくないってお気持ちはわかりましたわ。でも私、この程度の迷惑なら大丈夫です!クロエ様、こんにちは!私、ディラン様の婚約者のベアトリクス=ブラッドベリーと申しますわ。昨日も菜園でお会いしましたわよね」
「え?えっと、はい……」
帰れオーラを放っているディランを無視して、クロエの隣に腰かけた。
本当はクロエとディランの間に押しのけて入りたかったけど、さすがに滑稽すぎるものね。
クロエは驚いた表情を取り繕いもせず、ぽかんとしている。
「ね、流行りのクリームブリュレ・タルトもお持ちしましたのよ。とろけるような濃厚な卵にほろ苦いカラメルが絶妙にマッチして、サクサクのタルトの上に載ってますの。さわやかなミントがアクセントとしてとっても映えていて…ぜひ召し上がってくださいな!」
ジョシュアが目線だけディランに向けて許可を待っている。
この場で取り仕切っていたのはディランなので、彼が仕方なく手をあげると、目礼をしてタルトを切り分け皿に盛ってくれた。
「ベアトリクス、久しぶりだな。相変わらず賑やかなことだ」
向かいにいた、ディランと同じ蜂蜜色の髪の男が私に話しかけてくる。背が高く、筋肉質で若干日に焼けている。
え?誰?さっきも思ったけど、この人……。
そう思った雰囲気が伝わったのか、あはは、と声をあげて男は笑った。
「ずいぶん変わったからわからないかもな。俺だよ。エルドレッド。かっこよくなったろう?」
第二王子ですって?
よく見れば、確かにディランと似ている。
ディランより短いが、同じ蜂蜜色の髪に、同じ暗い赤の瞳。
えっ、ゲームではこんなにマッチョではなかった。
もっと細身で、読書が趣味の、お兄ちゃん子で、真逆のタイプだったのに!
「えっ……ぜんぜんちがう」
「そうだろう、そうだろう。ここまでの筋肉をつけるのには苦労したぜ。」
筋肉を持つものはどうしてみんな筋肉を見せつけたがるのか。
例によってエルドレッドも、惜しげもなく筋肉をさらしてポーズをとってくれた。
別に筋肉が好きというわけでもないのに、ポーズをとられると思わずそちらを目で追ってしまう。
……はっ、いけない、いけない。
ここにきた本来の目的は、ディランとの仲を見せつけるためだ。
クリーム・ブリュレをひとさじすくって、私はディランのほうへと向けた。
「ディラン様、どうぞ。あーん、ですわ」
「……何を考えている?」
普段ぜっっったいにしないようなことをやっているベアトリクスに、当然ながらディランから冷たい目線を向けられる。でもお構いなし。
「あら、私としたことが。いつもの癖でしてしまいましたが、席が遠いので届きませんわ。悪いけれど、席を替わってくださる?」
「え?あ、はい。すみません」
さっさとクロエと場所を変わり、私はディランの腕にしがみついた。
仲良しアピールである。
さすがのディランもこれには驚いて、ビクリと震え固まった。
しかしそれも一瞬で元に戻って私をちらりと見た後は、目も合わせようともしてくれなくなった。
「あの…ベアトリクス様。すみません。私、そんなつもりはなくて。ディラン様の隣を、とってしまって」
「あら、お気にされずとも結構よ。こうして返していただいたもの」
クロエの言い回し、なんだかとげがあるように聞こえるのは私の気のせいかしら。
思わず返した言葉にも力がこもってしまって、それを感じ取ったのかクロエがヒッ、と小さく声をあげた。
あら、喧嘩を売られたのかと思ったけれど、案外弱そう。
「よさないか、ベアトリクス。クロエが怯えている」
「だ、大丈夫です。ディラン様。ベアトリクス様は何も悪くないです」
「しかし……」
大丈夫、というわりにクロエは下を俯いている。
同じ女にはわかる、これは怖がっているアピールだわ。
弱そうと思ったけどやっぱり撤回!喧嘩売ってるわね、これは。
クロエを気にしているディランをこちらへ向かせないといけないわ。
私はディランの腕に手をまわしたまま、その肩にこてりと頭を預けた。
完全にしなだれかかっている。
「大丈夫というならきっと大丈夫なのでしょう。それよりディラン様、先日のパーティでは――」
「ベアトリクス!」
若干焦ったようなディランの声がして、私は引き離された。
「やはり貴女にはクロエの世話係は任せられそうにない。今日はクロエの為の茶会なんだ。悪いが遠慮してくれないか」
「―――っ」
暗い赤色の瞳はこちらを見ようとしない。
拒絶を感じて、私は席をたった。いたたまれなかった。
私だって、意地悪したいわけじゃない!本当に邪魔したいわけじゃない!!
泣き顔だけは見せまいと、すぐに立ち去る。
後ろからジョシュアが着いてくる気配がした。
そのまま無言で寮の部屋まで戻って、ベッドに突っ伏してから泣いた。
私だって、悪役なんて、やりたくない。やりたくないよぉ……。
ジョシュアは、今度も見て見ぬふりをして部屋の外にいてくれたが、それがより一層悲しかった。
悪役がひとりぼっちだなんて。
せめて誰かと2人の悪役とかならよかった。
そうしたら慰めてもらえる。
この気持ちも、わかってもらえるかもしれないのに。
いっぱいいっぱい泣いて、すっきりした私は、次の作戦を練ることにした。
まだ心折れるもんか。
今度こそ、絶対にシナリオをなんとかちょっとくらいがっつり変えてやるんだから!