エピローグは従者の視点で
初夏が来た。
薄桃色の花――リーリーが、街のあちこちで咲き始めると、この国に来た頃を思い出す。
危なっかしくて、ちっとも目を離せない僕のお嬢様。
この世界ではない記憶と、前世の記憶を思い出したというお嬢様は以前とは比べて表情がくるくる変わり、突拍子もないことをしては僕を振り回す。
そしてそれは僕にとって、まったく苦ではなく、むしろ愛おしく感じるようになるまでに時間はかからなかった。
何度失敗してもめげない明るさに、折れない心は強くそれでいて震える背中は小さい。時折見せる弱さは僕だけが知っているものだと思うと、困った顔にすらぞくぞくとしてしまう自分が居た。
ただその困った顔が他の男のせいで作られたというのには不満だったけれど。
お嬢様がこの国を出ると聞いたときはチャンスだと思った。
僕以外に頼れる人なんていない、2人きりで始まることになるだろう新生活にらしくもなく浮ついた心を抑えて距離を少しずつ詰めていく。
そのアメジストのような瞳に僕をもっと映して、頭の中は僕の事で悩ませていっぱいにしたい。
僕のせいで困った顔が見たい。
やっと捕らえたと思えば、子供のように駄々をこねて可愛らしい抵抗をしようとする。
はやく自分がどんな顔で僕の事を見ているか気づけばいい。貴女が気づいて、僕に食べられるのが先か、それとも僕が我慢できずに貴女を食べるか。
この手の中に届くところに来たのだから、たとえ邪魔が入ったとしても、もう逃がす気はなかった。
そうして結ばれた僕達がまた迎えたリーリーの季節。
今日は新婚の夫婦としてリーリー祭りに参加し、繁栄を願う果実を貰いに行く予定だ。
リーリー祭りでは、両想いのカップルや既婚者はお互いの色の花を贈りあう、と1年前に隣国から逃げる乗合馬車で出会ったご老人に聞いた。
着飾ったベティのミルクココアのような髪を慣れた手つきで扱う。おくれげを少し垂らしてあとは緩く編んでまとめ、他の花なんて飾る場所がないように僕の作った銀の花で覆った。
それを鏡で確認して頬をうっすら朱に染めたベティにキスをする。あまりに可愛らしい反応をするのでそのまま頂いてしまいそうになったが、今日は出かけるので我慢せねばならない。
だから僕の好きなその困った顔はやめてほしい。
ベティに貰った菫色の花を胸ポケットにさして出かけようとすると、お呼びでない邪魔者たちがやってきた。
「ベティ!今日も綺麗だね!」
「今日は何かお祭りなのか?」
長い黒髪を後ろで束ねたフリードリヒが、その瞳と同じ緑色のガーベラをベティに渡した。
ベティは苦笑いをしながら受け取ると、自身に飾ることはなく花瓶にいれて店に飾った。
その間に花を贈るのが告白を意味することを教えられたもう一人の邪魔者――王太子を弟に押し付けて自身は冒険者になったディランが、花を買いに慌てて出て行った。魔力で花を作るなんてのは思いつかないらしい。
「買ってきても困るのだけど……もう花瓶はないし」
その顔は僕以外の事を考えてない時はやめてほしい。ベティの意識をそらすため、僕は手をとった。
「帰ってこないうちにはやくでかけよう。じゃあね皇太子殿下」
「止めようとしても無駄なんだろうな」
その通り。僕は転移魔法を使用した。
結婚したというのに、あの2人はあぁして時々店に押し掛けてくる。
店としては常連客扱いなので用事があるうちは追い出せないから面倒くさい。でも、今日は店はお休みなのだし相手をしてやる必要はないだろう。
「あの、ジョシュア。ここはどこなのかしら?」
転移先はリーリー祭りの行われる中央街ではなく、色とりどりの花が咲き乱れる湖の傍にした。
「祭りにそのまま参加すれば、果実をもらいにいくまでにどうせ貴女はあちこち男をひっかけるでしょう」
その光景が目に浮かぶようだ。
「ジョシュアが隣にいるのに?」
「知り合いに訂正してまわったけど、まだ僕たちのことを兄妹だと思っている人がいるかもしれない。シスコンが花を飾って邪魔してるとか思われたりして……だから、果実をもらえる時間ギリギリまでは行かないよ」
「なるほどね」
納得してベティは湖に目をやった。水面がきらきらと輝いて美しい。
遊びたいとか思っていないだろうな?
僕は繋いだ手が離されない様に握りなおした。
「ジョシュア……お願い。ちょっとだけ」
上目遣いは卑怯だと思う。僕はあっという間に陥落した。
お許しを貰えたベティが靴を脱ぎ、裸足になって湖に入っていく。万が一にでもほかの人が来られない様に、僕は結界と認識阻害の魔法を張った。
「気持ちいい! ジョシュアもおいでよ」
「僕はいいよ」
「ふーーん」
ベティは僕に向かって水魔法を放った。柔らかい水しぶきを甘んじて受けてあげる。
「一度濡れちゃえばもう気にならないわよね!」
「まったく……」
誘い方が強引なんだから。
僕も裸足になって、ズボンの裾を捲りベティの待つ湖に向かった。それを見て、ベティは嬉しそうに笑う。
そのまま2人で子供のようにはしゃいだ。水底にある綺麗な石を探したり、水をかけあったり。ずぶ濡れになっても魔法で乾かせばいいので、お互い一切の遠慮がなかった。
「そろそろいい時間じゃない?」
「そういえば果実をもらいにいくんでしたね」
塗れた服と髪を乾かし、ほどいた髪を結いなおして銀の花を挿す。いつも瞳の金色ではなく、銀を選ぶのは、金だとディランと被るからだ。その点僕の髪色は周りにはない色なのでちょうどいい。
ベティは花を作れるほど器用ではないので、周りに咲いている花から紫色の花を探しだしてきた。
「ジョシュアもその……かっこいいんだから。ちゃんとさしておかないとナンパされそう」
「ベティ以外に興味ないよ」
充分休んだので、また転移魔法を使っても大丈夫だろう。僕はベティの手をとった。
手を繋がれるのに慣れて、自分から絡めてくるようになったその左手の薬指に、用意していたダイヤの指輪を嵌める。
「好きだよ」
ベティが驚いて僕を見上げた。頬が朱に染まり、アメジストの様な瞳が潤んでいる。
「病める時も、辛い時も、悲しい時も。貴女の傍で支える事を誓います」
銀の魔法が飛び出し、契約が成就された。
「契約魔法……」
「結婚の書類は出したけど、改めて。式をあげよう、ベティ。君が僕の色のドレスを纏うところがみたい。お祝いをして、僕のものだって知らしめたい」
真っ赤に熟れた林檎のような顔に口を寄せて、僕の声に弱いベティにささやくように告げる。
「返事は?」
「はっ…はい!」
「良い子だね」
ちゅ、と耳にリップ音を残して僕は離れた。これ以上すると、果実をもらいにいけなくなってしまう。
「わ、私も!」
離れた僕をベティが引き寄せた。
「健やかな時も、嬉しい時も、楽しい時も。ジョシュアと分かち合うことを誓います!」
キラキラと輝く薄紫色の魔力がベティから放たれて、くるりと僕達の周りを飛び、契約が成就された。
「もう、ベティ……煽らないでよ」
そんなことをされたら、我慢できるわけがなかった。
転移魔法を発動して、中央街の祭事テントに行き、果実を奪うようして貰うと、また転移で店に戻る。
邪魔者が入らない様にしっかり施錠してベティを抱え2階にあがった。
「ね、ねえ、そんなに連発して魔法つかって大丈夫なの」
「今日はすごく元気」
自室に連れ込んでベッドの上に放り投げ押し倒す。
「ま、待って!」
「待つと思う?」
「心臓が壊れる!準備できてない!」
当たり前でしょう。僕の事以外考えられないくらいドキドキするように、仕向けてるんだから。
おしまい!
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次回作「聖女(男)の腰巾着には恋心がありません」を始めました。幼馴染が男なのに気づいていない女の子が腰巾着になる為に頑張るお話です。そちらもよろしくお願いいたします。