近づいてくる足音
店に帰って、夕食をとっていると、爆発音がした。
「なに!?」
「わからない。探知魔法を使ってみる」
ジョシュアが目を閉じて、光を飛ばす。
「空から複数の魔物が攻撃しているみたい。ベティ、とりあえず外に出よう」
「ベティ!!ジョシュア!!いるかい!?」
隣の酒場で調理を担当している次男、オリヴァーが店の扉をたたいている。
私とジョシュアはすぐさま外へでた。
街は走り回る人々で溢れていた。
「よかった。魔物が突然大量発生したせいか、スタンピードを起こしているんだ。見境なくあたりを攻撃しまくってる。市民は皆、冒険者ギルドの方へ避難するようにって」
「戦えるものは前へ!それ以外の者はギルドへ走れ!」
「ベティ、どうする?」
「とりあえずギルドへ。ジョシュア、使えそうな魔法玉を持っていきましょう」
手早く荷物に積み込むと、ギルドへ向かって駆け出す。
夜闇に紛れてよく見えないが、空の上には小型のワイバーンが飛び回っていて、それを狙って冒険者や軍が魔法を放っている。次々と仕留められてはいるものの、数が追い付いていない様子だ。
冒険者ギルドにつくと、ケイトが居た。
「ベティ!こっちよ。演習場の方に地下への階段があるの」
「誰かああ!助けてえええ!」
悲鳴が聞こえて振り向くと、女の人が空を向かって指さしていた。
ワイバーンが、子供を掴んで上空へとあがっていく。
「ジョシュア」
名前を呼ぶと、私が頼む前に銀の流星がワイバーンに向かって飛んでいき、その身体を貫く。
バランスを崩して落とされた子供に向かって、ジョシュアが跳躍し空中でキャッチした。
しかし、その周りに別の群れが襲い掛かる。
「いやっ、避けられないっ!!」
母親らしい女の人が叫ぶ。
「大丈夫ですよ。うちの兄は強いので」
銀の光が一閃して、集まっていたワイバーンがすべて断ち切られた。
無事降りてきたジョシュアの手には、子供と銀の槍が握られている。
「ああ……!ありがとうございます、ありがとうございます……!」
「よく見れば今日、4人組のパーティを一瞬で伸した兄さんじゃねぇか!魔物退治手伝ってくれないか??」
「しかし……」
「ジョシュア、私もいっしょに行くわ。それならいいでしょう?」
「ベティ、危険だから……」
私は無言で頭を振る。
「ここに居ても変わらないわ。あなたと一緒にいた方が安全。そう思わない?」
「それはそうだけど」
「なら決まり。ケイト!これ、店の魔法玉を持ってきたの。いざという時は使ってちょうだい」
「ありがとう。気を付けて、ベティ」
実は割と最初から戦う気ではあった。
だってもともとは私、冒険者になりたかったんだもの。
魔法玉の入った袋を渡して、鞄の中をもう一度ごそごそと探す。あったあった。
取り出したのは、先端に水晶のついた、金縁の装飾が美しい黒檀の杖だった。
「ベティ、最初からやる気だったね?」
「えへん」
「褒めてないよ……いい?絶対に僕の傍を離れないで。前にもでないこと」
「わかったわ。それで、どこに行けばいい?」
「ありがてぇ。軍が図書館の近くの広場で指揮をとってる」
それならここから割と近い。私たちは早歩きで向かった。途中、空から狙ってくるワイバーンたちの火の玉を弾き返す。軍に合流すると、すぐに配置についた。引っ切り無しに魔法をぶっ放す。
「ぜんぜん数が減らないわ」
「僕たちはまだ大丈夫だけど、他の人は魔力が尽き始めてるかも」
「原因は何なのかしら?」
「見ろ!!デカいのが来たぞ!!」
ひと際大きいワイバーン……いえ、あれは……
「デス・ウイング・ドラゴンだ!!」
「……は?」
「俺はこの間そいつを模した作品を見たことがある!!あの4枚羽根、3本の尻尾、デス・ウイング・ドラゴンに間違いねえ!!」
いや待って、確かそれって……ライアンの妄想だったんじゃ……?
「何!?あれがあの……?」
「オレ初めて見たよ……デス・ウイング・ドラゴン……!」
「どうしたらいいんだ?あんなの相手に……」
「とにかくぶっ放せ!!!話はそれからだ!!」
各々ありったけの魔法をぶち込むが、ドラゴンはびくともしない。
周りのざわつきが大きくなり、悲鳴をあげて逃げ出すものも居た。
「いざとなったら転移を使います」
「……わかった」
黒檀の杖を握りしめて、私もありったけの力を込めた。ちかちかと光り飛び回る星が増え、最大出力に達しようとしたとき、私より先に、真っ白な光が大地から解き放たれた。
それはドラゴンの腹部を貫いて花開き、散った花弁が広がって残りのワイバーンも傷つけていく。
圧倒的な力。
私たち人間が触れても、害されることはなく、逆に傷ついたものを癒していく。
「これは……まさか」
「聖女様だ!!」
光が収まって、ドラゴンが消えたあと、ぽっかりと空いた雲の下、1人の少女が宙に浮いていた。
アプリコットオレンジの髪がふわり、ふわりと揺れている。
「クロエ……まさか、これは……イベント……?」
「わああ!!聖女様!!聖女様、ばんざああい!!」
周りが歓喜に溢れ、あちこちでお互いの無事を確認する中、私とジョシュアはそっと闇に紛れて店へと帰った。