勝てる気がしません
冒険者達の朝は早い。
日の出と共に出発し、採取や討伐、護衛など多岐に渡る任務をこなし、疲れた身体で帰ってくる。
少しでも楽に、もしくは安全に依頼をこなす為のアイテムとして、ベアトリクスの作る魔法玉は飛ぶ用に売れた。
そんなお得意様達のために、必然的に店の開店時間は早まっていった。何せ、毎朝薄暗い時間から並んでいるのである。仕事帰りに買いにくる人もいるので、営業時間は朝早くから昼までと、夕方から夜8時くらいまでと長い昼休みをとる方式にした。
これには冒険者達も喜んで、更に噂は広がったので、朝はいつも猛烈な忙しさである。
目的のものさえ手に入れば、さっさと依頼をこなしに出ていくので回転率はとても良くはあるが。
その筈なのに、今日はおそらく4人組だろう1パーティが、居残って帰らない。なにやら悩んでいるのか、隅の方で話し合っている。
私は声を掛けることにした。
「きんに……お客様、何かお悩みですか?」
「べっ、ベティさん!?」
赤髪の大剣使いがこちらを振り向き、焦った声を出した。
隣にいた弓使いの男が肘で小突いて何か合図を出している。
それでも何か躊躇う大剣使いの背中を、大きなアックスを抱えたおじさんが私の方に押しやった。
「あの!ベティさんって、かかか彼氏とか居ますかっ!?」
「へ??」
想定外の質問に目が点になる。
「あの、俺、シルヴェスターって言うんだ。よければ俺と、付き合ってくれないかな」
「まあ。お気持ちは嬉しいのですが、ごめんなさい」
その髪と同じくらいに顔を真っ赤にさせて、ストレートにぶつけてくる様子は正直好感がもてる。
でも、初対面でいきなり言われても私には無理である。
「ベティさん、こいついい奴ですよ。冒険者にしては珍しく素直だし、正義感も強ぇし。実力も悪くねぇ。もうちょっと考えてみてくれねぇか?」
弓使いがシルヴェスターの肩を持った。
支援職らしき眼鏡の男も頷いている。
「そうだよ。1回くらい食事でもどう?」
「ベティに手を出そうというなら僕が相手になりますよ」
低い声がして、私は4人組から引き剥がされた。
ジョシュアが挑戦的な瞳で彼等を見ている。
「あんた、ベティさんのお兄さんだったよな?ちょっと過保護すぎやしないか?」
「コソ泥2人倒したって聞いたが、そんな奴らと一緒にされちゃ困るぜ。こちとらこれでも新進気鋭のパーティって言われてんだ」
「別に4人同時にかかってきても構いませんよ。僕に負けるようじゃあ、とてもじゃないけどベティの事は任せらません」
これには彼らもカチンと来たようで、冒険者ギルドの演習場を借りて模擬戦をやろうという話になってしまった。
「どうして煽ったのよ。私が断れば済む話だったでしょ」
「ベティが気づかないだけで、貴女のことを狙っているのはあのパーティだけじゃないんだよ。一々羽虫を追い払うより、巣ごと牽制してしまった方が早いでしょう」
「だからわざわざギルドに?」
「それに最近家事ばかりで、身体が鈍ってしまうからね」
心配そうな顔をする私に、ジョシュアがキョトンとして聞いた。
「なぁに?僕が負けるとでも?」
「そんな訳ないでしょ……私が心配してるのは相手の方よ……」
ため息をつくと、ジョシュアの金の瞳がギラリと光り、私の耳を掴んで引き寄せた。すぐ耳元で低い声が舐めるように囁く。
「気に入らないな。ベティは僕のことだけ考えていてよ」
準備ができたぞ、と呼ばれてジョシュアは演習場に向かった。
ベティさんはこちらにどうぞ、とギルドの案内嬢に観戦席へ誘導される。
演習場は、ゴツゴツとした岩場だった。ひらけた場所もあるが、大きな岩があちこち転がっており、背の高い草むらもある。
「ルール無用。殺しは無しだ。相手が参ったと言ったり、意識がなくなれば終了。獲物がないなら貸そうか?」
「魔法もありですか?」
「構わない。演習場の外にはとんで行かないように結界があるから外しても大丈夫だぜ」
「では、僕はこれで」
ジョシュアの左手に、銀の槍が現れた。朱色の飾りがついた、細身だが美しい魔法槍だ。
相手の冒険者達は、ごくりと唾を飲み込んだ。
「ま、魔法で武器を……初めてみたぞ」
「怯むな、落ち着いて、いつものように合わせるぞ」
開始の合図がなると、5人とも飛び退って間合いを取りに行く。弓使いが斧使いの肩を使って高い岩場の上に陣取り、ビショップの支援魔法が赤髪の大剣使いに飛んだ。
ジョシュアはくるくると槍を回して、相手の出方を伺っているようだ。
先に動いたのは弓使いだった。
火を纏った矢を続けて何発も飛ばす。
まるで雨のように降り注がれた矢の狙いは正確だったが、ジョシュアが槍を振ると全て弾かれて落ちた。
防戦しているその隙に大剣使いと斧使いが間合いを詰めてくる。
2人の獲物がジョシュアを掠めようとした時、ジョシュアの姿が消えた。
がさり、と音がして草むらからビショップが失神して倒れてきた。
「なんだ?どういうことだ??」
戸惑いをついて、弓使いの後ろから回し蹴りが飛んできた。防具の上からでもわかるほどに重たく、激しい音がして弓使いが飛んでいった。壁に打ち当たり、彼はなんとか立とうとしたが、そのまま自分の周りスレスレに飛んできた銀のナイフに防具を貫通され、壁に縫い止められた。
その一瞬の出来事で、斧使いはビビってリタイアした。
「侮っていた、降参だ!」
「くそお!」
大剣使いがジョシュアに向かっていき、打ち合う。
重たい剣戟がすべて横に流されてしまい、大剣使いの疲労はたまるばかりだ。
流されないよう、気合いをいれて大剣を振りかぶった瞬間、銀の槍が一閃し、ぼきりと剣が折れた。
「うっそだろ……」
「終わりです。金輪際ベティに近づかないように」
ジョシュアの美しい槍が鼻先につきつけられた。
私以外にも闘いを見ていた人達は何人もいたのに、演習場はしん、と静まり返っている。
「あの人は、ほんとうに人間なんですか?」
受付嬢が呟いたのを皮切りに、月々に声があがった。
「すげえ……パーティに誘ってみようぜ」
「かっこいい!なんて名前の人なの?」
「噂の魔法玉の店の兄さんだろ?頼んだら今の技教えてもらえねぇかな」
私を迎えに来たジョシュアは、あっという間に大勢の筋肉に囲まれてしまう。
「よく考えてみれば昨晩職を失ったので、転職するのもいいですね」
「!!」
ジョシュアがそういうと、パーティの誘いがあちこちからかかる。
私はジョシュアの服の裾を握りしめた。
「いっ……一緒に居てくれるって言ったくせに!」
冒険者の視線が私に集まった。
「あはっ、そういう訳だから皆さん、ごめんなさい。では失礼します」
帰り道も私はジョシュアの服の裾を握りしめたままだった。
いつもは私が手を取られているのに真逆の立場である。
「ジョシュアのいじわる。絶対わざと言ったでしょう」
「嫌いになりましたか?」
「その質問もいじわる!いじわるばっかり!」
嫌いって言ったらどこか行っちゃうんでしょう?
私ばっかり振り回されてて嫌だ。
胸がちりちりする。
「ベティが僕のことを好きだって言って、キスさせてくれたら意地悪しないよ」
「だーーーっ、はーーーーっ!」
ここは街中なので道行く人が聞いているかもしれない。私は焦って大声をだした。