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作戦その1


 グレアムとクロエが出会う場所は確か、魔法草を育てている菜園ハウスに間違いない。

 何度かやらされた最初のイベントだもの。しっかり覚えているわ。


「体調はもう大丈夫。学内を少し見て回りたいわ。立派な菜園があると聞いていて…どこにあるか知っているかしら?」

「菜園ですか?ええ、場所はもちろん、事前に把握申し上げておりますが……え?菜園ですか?」

「……ええ、菜園よ。わかっているなら話ははやいわ。案内して頂戴」


 ジョシュアは普段はまったくかけらも興味のなさそうな菜園に行きたいという私を訝しんでいるようだった。

 まぁ無理もないわね。前世を思い出すまでの私には、本当にかけらも興味がなかったもの。


 それでも命令に近い言葉で頼めば頷かざるを得ず、不思議そうな顔は一瞬でひっこめて、こちらです、と私の手をとってエスコートを始めた。

 さすがはできる従者である。


 実は案内がなくとも、1回目の記憶で場所は知っている。

 菜園には迷わずにたどり着くことができた。


 天井までガラス張りにされてキラキラと光の差し込む建物は一定の温度管理がなされているようで、扉を開けてもらい入るとほんのりと暖かかった。

 植わっているハーブや薔薇の香りがとてもいい。

 あまりにも美しく手入れされているので見惚れそうになるが、目的の人物を探すため諦めた。


 淡い水色の、ふわふわとした髪が花壇の一角にちらりと見えて、私はそちらへと歩み寄った。

 シルバーフレームの眼鏡の奥にある、透き通ったアクアマリンのような瞳がこちらを向いて、驚いたように丸くなる。

 目的の人物、最強の魔法使い(グレアム)は、肌も白く華奢で、ベアトリクスと背があまり変わらない。


「こんにちは。こちらは菜園でございますか?」

「え、ええ……。貴女は……どうして?どうして、ここに?」

「実は道に迷いましたの。寮へ帰る途中でここへたどり着いて…素敵な場所ですわね」


 このセリフは、おおむねヒロインであるクロエと同じセリフの筈だ。このままグレアムとのイベントを乗っ取って、ヒロインと会わせなければいい。

 ところがグレアムは私の言葉に困惑した表情を隠さなかった。


「え?あの……失礼ですが、貴女はブラッドベリー侯爵家のご令嬢ですよね?従者を連れておいでなのに、迷うことがあるのですか……?」

「え!?え、えぇ、えぇと!にゅ、入学初日なんですの!従者もあいにくと…勉強不足で!お恥ずかしいですわ!?」


 ごめんジョシュア!あなたは優秀なのに本当にごめんなさい!!

 予想通りに事が動かず、慌てておかしな態度をとる私を横目に、ジョシュアは空気を読んで申し訳ございません、と頭を下げている。

 あああ違うのよ、私のせいであなたを悪くいう予定はなかったのに、と心の中での謝罪がとまらない。変な汗が出る。


「いえ、責めている訳ではないのですよ。申し遅れましたが、ボクはグレアムといいます。今年から魔法学で講師を頼まれていまして、お嬢様ともまた会うこともあるでしょう。ボクはもう覚えましたので、この学園案内図をお嬢様に差し上げますよ。従者の方ならすぐにおわかりになることでしょう。」

「まぁ!先生でいらっしゃるのね!それならお嬢様だなんて呼ばずに、一生徒として、ベアトリクスと呼んでくださいませ。それと、学園案内図を頂くのは悪いですわ。少しだけ案内をして頂けたら助かるのですが」


 自分で言うのもなんだが、ずいぶんと厚かましいお願いをしているのは理解できる。

 でもお願い、グレアム!可愛いはずの顔に似合わない、冷たい目で私を見るのはやめてほしいのです…!


 だってヒロインと出会わせたくないのだもの、少しだけ案内をしてもらって、菜園を離れさえすればあとはなんかかんやと理由をつけてグレアムを引き留めておきたいんだもの。


「では、ベアトリクス様と。申し訳ありませんが、ボクは授業で使うための魔法草を揃えている最中でして、それが終わらないと菜園からは離れられないのですよ。管理時間内にやらねば怒られてしまうので」

「で、でしたら!私!お手伝いしますわ!」

「えぇ!?て、手伝い…?ベアトリクス様が……?」


 冷たい目は一瞬丸く和らいだと思ったが、またすぐにもとに戻ってしまった。

 明らかに怪しまれているような、こちらをうかがうような雰囲気である。


 それもそうだろう、本来のベアトリクスはそんな手伝いをするような殊勝な性格ではない。

 グレアムとは初対面なので、普段と違うベアトリクスでも誤魔化せるかと思っていたのだが、もしかしたら前世を思い出す前のわがままさを噂として知っていてもおかしくはない。

 しかし、ここで帰されるわけにはいかない。

 とにかく居座って邪魔できるなにか、理由を見つけなければ。


「こうみえて私、植物にはすこし興味がありますのよ。魔法草もいくつか存じ上げております。必要なのは何ですか?ソラネの葉かしら?それともフッカの実?スズシロの根ならばちょっと大変ですけれど、一度採取したことはありますのでお任せくださいませ」


 ゲームの記憶では、この3つが確かグレアムの授業で選択肢として出てきたはずだ。

 1回目のベアトリクスの記憶でも採取したことがあるので、やり方もばっちりである。

 グレアムは今度は明らかに驚いた顔をしている。


「え、ええ。まさか必要な魔法草を全部言い当てられるとは思いもしませんでした。まさか授業の内容をを知っておられたわけではないですよね?……あ、いえ、まぁ、折角ですからでは、ソラネの葉をお願いします。量は多めに、この籠いっぱいになるように鋏を使って丁寧にお願いいたします。従者の方はどうされますか?」

「ジョシュアはいいわ。私一人でやります」


 断られずに済んでほっとした。

 時間を稼ぐためジョシュアの手は借りない。

 私の言葉を聞いて、彼は入口の傍で控えている。

 退屈だろうけれど我慢してほしい。

 またお嬢様のわがままがはじまったとでも思っているかもしれない、ジョシュアはあまり表情を出さないのでわからないが。


 ソラネは、根っこが水色であり、こちらも別の授業で使う。

 葉のほうは普通の緑色をしており、鋏を使わなくても指でもちぎって集められるものだが、水分をたっぷり蓄えているので、ちぎるとその水分が垂れて指についてしまう。

 ソラネの汁は青く、肌につくと目立つ上に水だけでは落ちにくく、1週間ほど色がついたままなのだ。


 だから普通の令嬢は、鋏を使って切る。

 小さいものはとってはだめ、大きすぎるとすでに端が枯れかけているのでだめ、ちょうどベアトリクスの掌くらいに育ったものを選んで切り、水分が垂れないうちにタオルで軽くふき取る。

 わかりやすいように10ずつ丁寧にまとめて籠へいれていく。


 籠は昼食がはいりそうなくらいには大きめなので、思っていたよりも大変な作業になりそうだ。



 小一時間作業をし、ちょうど籠いっぱいにソラネの葉を採取し終える頃、菜園のドアが開く音がした。

 迷い込んできたクロエだ。

 思わず夢中になっていたのですっかり忘れていた。しまったあああ。


「あ、あれ……?」

「こんにちは。どうかなさいましたか?」


 私と一瞬目が合い、戸惑うような声を出したクロエに、グレアムがすぐに声をかけた。

 クロエはグレアムの顔をみて、ほっとしたような顔をする。


「実は、道に迷ってしまって…。寮に帰る途中でここへ着いて……。ここ、素敵な場所ですねぇ。」

「ふふ、お気に召しましたか?ここは菜園で、授業で使う魔法草や花を育てているんですよ。ボクはグレアム。魔法学の講師です。寮はどちらですか?」

「あ、入学式のときにいた…グレアム先生。わたし、新入生のクロエ=キャンベルといいます。わたしは庶民出なので、それようの寮だったと思うんですが、それすらわからなく…」

「それならたぶん、東寮でしょう。もうすぐ夕方にさしかかりますし、遅くなってはいけません。ボクが送っていきましょう」

「ええ!?」


 ちょっと待ってちょっと待って。その私の時との差は何!?


 割と大きな声で叫んでしまった私には反応せずに、二人はそのまま会話を進めていく。


「そんな、いいのですか?グレアム先生は何かされていたのでは?」

「もう粗方終わったところだから大丈夫ですよ。それよりクロエさんというと、聖女として入学されたのでしょう?そんな人が、1人では危ないですからね」


 そう言うとグレアムはさっさと採取道具をまとめはじめた。

 私の集めたソラネの葉の籠も引き上げられ、まとめて保存の魔法をかけられる。


 いや待ってくださいよ。明らかにヒロインと私との扱いに差がありませんか?


 さっきまで冷たい水色だったグレアムの瞳はわずかに潤んで宝石のようにキラキラと輝き、真っ白な肌は血色がよくなって紅潮している。

 表情も柔らかく、にっこりと笑顔を作ってクロエに優しく語りかけている。


 あまりの違いに唖然となった私に、グレアムはお世話になったね、貴女も気をつけて帰るように、とだけ言って踵を返した。


「あ、あの!寮でしたら私も一緒に!一緒に帰ります!」


 イベント阻止!絶対阻止~!

 慌ててついていこうとした私に、グレアムがさっと冷たい目線を寄越した。


「貴女は貴族寮だから西で、東寮とは反対方向でしょう。」

「はっ……」


 そうだった。

 しょぼんと項垂れる私を置いて、2人はさっさと菜園を後にしてしまった。


 全然うまくいかなかった。


 あんなに頑張って採取をして……まあ、その採取に夢中になって目的を忘れていた私も私だったけれど、全然邪魔できなかった。

 あっという間にイベントになってろくな妨害もできず終わってしまった。


「お嬢様、気は済みましたか?帰りますよ」というジョシュアの低い声が右耳から左耳に抜けていく。


 菜園から寮までの帰り道の間に一通り悔しがったので、西寮についたころには私は復活した。

 生死がかかってるのだ、落ち込んでいる暇はない!

 次こそは絶対イベント阻止!ハッピーエンド断固阻止!

 頑張るわよー、えいえい、おー!


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