ちょっといい雰囲気作らないでください
星祭りの日。
私はケイトに仕立ててもらった服を着た。
スリットの入ったロングチャイナに似ており、首から胸上までと袖部分は白く、デコルテに開いた穴から下は深い緑色である。刺繍や装飾は何もないシンプルさだが、この布の手触りは間違いなく天然シルクである。
歩きやすいようにペタンコの靴を履き、髪は緩くハーフアップにしてエメラルドの粒がいくつも揺れ動く飾りをつけている。
デザインに関してからすべて、「フーライ様と相談して決めたのよ」とケイトが嬉しそうにしていた。
夕方よりも早めに迎えに来たフーライも気合いが入っていた。
長い髪は緩く編んで垂らされ、私と揃うように着ているチャンパオには深緑の縁取りがされ、イヤリングよりは小さいが、同じエメラルドが花釦の代わりに使われている。
緑の瞳は濃い睫毛で覆われ、筋の通った高い鼻に薄い唇。長い前髪が一房色っぽく垂れ、いつものチャラさが欠片も見当たらない。あまりの美形っぷりに思わずその顔を凝視すると、フーライはさっと頬を染めた。
「ベティ、すごくかわいい。誘ってよかった」
手をとられて歩き出す。
以前のように絡められることはなく、そっと握るだけの紳士さに、少しホッとした。
少し歩くだけで、出店のたくさん並ぶ通りに出た。
きらきら光る剣のおもちゃに夢中になる子供たちや、矢当てというゲームに沸き立つ人たち。
それに何より出店特有の美味しそうな香り!
すごくわくわくしてきたわ!
「こういうお祭りははじめて?」
「はい!」
目を輝かせて辺りを見回す私に、好きなところへ行っていいよとお許しが出た。
どこへ行こうかしら?お肉を串に刺してジュージュー焼く音とたまらない匂いがする。
まずはそこでフーライの分も合わせて2本買った。
お肉は熱く、塩の旨みにレモンをお好みでかけて食べ、喉が渇いたので続けて私は果実水を、フーライは酒を買った。
アルコールの匂いがぷんと香る。前世でも嗅いだことのない、大人の匂いだ。
この世界では16歳から飲んでもよいとされるが、まだ試したことはない。
「飲んでみるか?」と聞かれたけれど、フーライが買ったのは酒精がだいぶ強いものだったので首を振る。
灯籠売り場に向かってそのまま歩いていると、かわいいひよこを模した飴細工が並んでいた。
思わずそこでも立ち止まると、フーライが緑のひよこを買ってくれた。
ひよこは可愛くウインクしており、食べるのが勿体無いくらいだが、ずっと持っておくわけにもいかないのでそっと舐めた。
飴を舐めている私を連れて、フーライが出店ではなく、普通のお店に入った。
入ったと思ったらそのまますっと裏口から出る。
それを別々の場所で何度か繰り返し、出店通りから離れた道へ出てしまった。
「実は、灯籠はすでに用意してあるんだ。2人で飛ばしたかったから、悪いけど撒かせてもらった」
私はハッとして振りかえった。賑やかな祭りの声が遠い。夜は間近に黄昏を迎えにたその通りは薄暗く、ジョシュアの気配は、ない。
「心配症の兄上がいなくても、ベティは俺が守るよ。さ、この建物の上だよ」
それは時計塔だった。
観光地の1つだが、今はもう閉じている時間である。
フーライは失礼、と声をかけると私を攫うように姫抱きにし、入り口にはられたロープを飛び越えて階段を上がっていく。
「待って、私……!」
「しーーっ。大丈夫だから。ほら、ついたよ。見える?」
降ろされたところは、時計塔の1番上にある小さなテラスだった。
段々と闇に包まれていく街並みの明かりが、キラキラ輝くのが見渡せる。
ちょうど陽が沈む最後の光が消える様は、私の胸に高揚感を与えた。
「なんて綺麗なの…」
「ベティに見せたかったんだ。ギリギリだけど間に合ってよかった。最後は急いだから、許可もなく抱えてごめんね」
ほどなくして、ひとつ、またひとつと淡い光が地上から空に向かってあがっていく。
「はい、ベティのはこっち」
手渡されたのは淡い翠の光を放つ灯籠だった。
フーライは薄紫の灯籠を持っている。
「お願い事を書いたら、一緒に飛ばそう」
願い事……やっぱり、1番の願いっていったら死にたくないことよね。
でも、そのまま書くのは躊躇われて、少し考え、「幸せになれますように」と書いた。
書いた文字が、薄くなって灯籠の光に吸い込まれていく。
なるほど、これなら何を書いてもバレないというわけね。
「見て!ずっとベティと一緒にいれますようにって書いた!」
フーライがにっと笑ってみせてくるが、すでに文字は薄くなりかけていた。
「あれ?書いたやつって消えるんだね。はは、実は初めて書いたから知らなかった」
「まあ。こんなにいい場所を知っているくせに?」
「ここは母上に教わったんだ。父上が星祭りの日に母上に求婚した場所だと」
「それは素敵な話ですね。私たちには関係ありませんが」
いい雰囲気レーダーが反応したので、クラッシュさせて頂きます。
「くっ……懐かない野良猫みたい」
笑われてしまった。
「でもそんなところも好きだよ。さ、飛ばそう。3数えたら手を離すからね。いち、にの……さん!」
紫と翠の灯籠が、干渉しあってくるくると回りながらあがっていく。
したからもさまざまな色の灯籠が漂ってきて、光は星のように遠くなり、自分の灯籠がどれかわからなくなった。
たくさんの灯籠の光が風に揺れて、星の波のよう。
じっと空を見ている私の手に、フーライの手が重ねられビクリと震える。
「ベティ。ベア《ボーン、ボーン、ボーン、ボーン……》どうして君は、ここにいるの?」
「え?」
真下で塔の時計が鳴り、何事か聞き取れなかった。
聞き返したが、フーライは頭を振った。
「いや、いい。ねえ、お願い。少しだけ肩を貸して」
テラスのベンチで私の隣に腰掛け、フーライは頭をそっと預けてきた。
「君の相手が俺だったら良いのに」
切なく漏らされた吐息のような呟きに、わたしは返事をしなかった。
いっそ告白してくれれば、きっぱり断る気でいるのに、こんな風に言うのはずるい。
きゅう、と胸が締め付けられたような気持ちになったのにわたしは気づかないフリをした。




