お味はどうですか?
歌劇に行くのでエプロンを外し、庶民にしては余所行きの服に着替える。
この間ケイトの店に遊びに行って、「洋服にも旬があるの。秋用に服を作りましょう!」と勧められて作った服だ。
落ち着いたスモーキーベージュを基調にしたミモレ丈のワンピースで、肩のドレープが揺ら揺らと揺れる。
裾にいくほどベージュが濃くなるグラデーションになっており、下の方には小さなガラス石が星のように縫い留められてキラキラと輝いている。
それだけでは夜になると肌寒いので、薄手の黒い羽織を持っていくことにする。
1階に降りると、すでに準備のできていたジョシュアが待っていた。
ジョシュアもケイトに仕立ててもらった、黒いタートルネックにグレーのトレンチコートを羽織っている。
銀の髪は一房だけが私のあげた髪紐で編まれた他は降ろされており、いつもの黒い手袋はしたままだ。
「似合ってる。けど少し髪を弄ってもいい?」
「お願いしていいかしら。自分ではうまくできなくて」
慣れた手つきでジョシュアが私の髪に櫛を通し、ふんわり、くるくると纏めあげていく。
ジョシュアの左手に魔力が集まって銀の花になったものを、仕上げにすっと差し込まれた。
「これでいい」
「ありがとう。相変わらず上手だわ」
歌劇ホールは帝都の中心にあって、ヒールのある靴で歩いていくには遠すぎる。私たちは辻馬車に乗って向かった。
歌劇ホールは白く荘厳な建物で、周りにはいくつかの彫刻が飾られている。劇がはじまるまでまだ時間があるので人はまばらだ。ホールの前は雑貨や土産物などの店が並んでいる。
「欲しいもの決まった?」
「いえ……その……」
「しょうがないわね。じゃあとりあえず見て回りましょう。気になったら言ってね」
土産物屋においしそうなワインを見つけて店に入る。黒地に金文字が描かれたラベルの赤ワインに、花模様のデザインがあしらわれた白ワイン。
ジョシュアはどっちが好きなんだろう?肉なら赤だし、魚なら白かな。今日はハンバーグだから、赤ワインの方がいいかしら。
「僕は酒は飲まないよ」
「ええっ!?」
「よっぽどがない限り酔わないけど、万が一があるから成人で一度やらかしたきり飲んでない」
「なにそれめっちゃ気になる」
ジョシュアが酔ったところ見てみたいな~~、という私の視線はすべて躱された。
ワインの他にはトーワ名物チョコレートクッキーみたいな無難な商品や、歌劇を見ながらつまめるスナックなどが置いてあるのみで、プレゼント用という感じではないので次の店へ行く。
雑貨店は、文具や小物などが飾るように並べられた、少し高級感のある雰囲気だった。
女性の好みそうな美しい透かしの入った金属製の栞や、ハイヒール形の瓶の中に鮮やかなドライフラワーを閉じ込めたハーバリウムなどに目を奪われつつ、革製品の陳列されたコーナーへ行く。
滑らかな肌触りの牛革から、ゴツゴツとしたワニ魔獣の革まで様々な素材の財布や手帳が並んでおり、絶対に手に入らないというユニコーンの皮を模造して作られた白いベルトには、銀の糸で名前をいれられます、などと書いてある。
どれも目移りするほどの出来栄えだと思う。
ジョシュアの興味はどこにあるのかと顔を見れば、金の瞳と目が合った。
「商品を見なさいよ。興味ないの?」
「はっ、つい……」
どうやらいつも護衛する癖で私の様子や周りを警戒していたらしい。
私に促されてちらちらと商品を見るが、気もそぞろであまり惹かれないようだ。
そうこうしているうちに、歌劇のはじまる時間になってしまったので、店を引き上げた。
歌劇は素晴らしかった。
とれた席は後ろの方だったが、キャストがステージを降り、すぐ近くまできて歌ってくれた。
演目は女性が身分違いの恋をしたため周りに反対され、相手の男性と別れざるを得ず、それでも諦めきれずとうとう愛を貫き二人で死ぬ、という悲劇である。
男性の友人役で出てきた魔法剣士がとても背が高く格好良かったが、帰りのキャスト挨拶で女性が演じていたと聞いた時にはびっくりした。
帝都の歌劇のレベルが高い。
「すごく良かったわ。魔法音響の腕がいいのか、遠い席なのにはっきりと声が届いて、臨場感ばっちりだった」
「演出も見事だったよ。雪を降らせるのに、氷魔法ではなくわざわざ白い布を切り刻んであった。それなのに地面に積もった布が、次の場面ではあっという間に片付けられていた」
「そうね、魔法を使うと寒くなるもの。それからあの魔法剣士様の顔が忘れられないわ……すごく格好良かった。ファンブロマイドを購入すべきだったわ」
興奮して話すうちに、帰りの辻馬車はあっという間に家についた。
私は用意していたハンバーグを取り出して焼き、皿に乗せた。
絞り袋にいれておいたマッシュポテトを口金からだしてハンバーグの周りをぐるりと一周させる。
これで上からたっぷりソースをかけてもこぼれない。
仕上げにローズマリーを飾った。
キノコスープはジョシュアが温めて準備してくれ、1切れずつ食べやすいサイズにカットしたフィセルと共にテーブルに並べる。
私たちは席に着いて、果実水で乾杯した。
「ジョシュアお誕生日おめでとう!何歳になったの?」
「ありがとう。21だよ」
「意外と若かった!」
「誰かさんのせいで苦労することが多かったのでね。苦労すると老けるらしいよ」
半分据わった目で見られて私は慌てて話題を変えることにした。
「ええと!それで!欲しいものは決まったの?」
「それってモノじゃなくてもいい?」
ジョシュアは言おうかどうしようか迷ったそぶりを見せた。
いつもは真っ直ぐ見てくる金の瞳が若干伏せられている。
「なに?言ってみて」
「……貴女の困った顔がみたい」
「はい??」
「試しに僕にこのハンバーグをあーんしてみない?」
「ええっ?えーと、まぁそれくらいいいけど……」
このままでは届かない距離だったので、「じゃあ移動するね」とジョシュアは向かい側から隣へ来た。
「あーん……?」
一口サイズに切ったハンバーグをジョシュアに差し出す。
本当になんでこんなことをさせられているのかわからない。
「おいしい。でも困ってるって顔よりは不思議そうな顔してる」
「だって謎すぎて」
変なジョシュア。
「僕からもあーんしてあげる、はい」
「あ、うん……じゃあ貰います……」
差し出されたハンバーグは私の口には少し大きめだ。
かぶりつくのが少しはしたないのと、ジョシュアに見られているのとで少し恥ずかしい。
「ふっ。ちょっと困った顔してる……あ」
「ん?」
「ソースが口の端についてるよ」
言われて口元を拭き取ろうとした、ナフキンを持つ手がジョシュアに掴まれた。
なぜ?と言う暇もなく、ソースのついた口の端がジョシュアにぺろりと舐め取られた。
暖かい舌の感触が、1回……2回。
ちゅ、と軽くリップ音をたてながら、名残惜しそうにゆっくりと離れていく表情が凄まじい色気をおびていて、背筋がぞくぞくっとする。
「うん。こっちもおいしいね」
「ひぇ……」
「あははっ。困った顔してる」
ほんとうに?顔は熱くて絶対真っ赤になっているし、恥ずかしすぎて少し涙目になってる自信がある。
絶対変な顔じゃない?
どうしよう。
これってプレゼントになるの?
ジョシュアが嬉しそうで怒るに怒れず、やりすぎって言うべきか迷って確かに困ってる顔にはなってるとは思うけど。
「最高のプレゼントをありがとう」
「は、はい……」
その後も何か話をしたはずなんだけど、ジョシュアの唇に目がいってしまい、よく覚えていない。
完全に上の空だったと思う。
気づいたら就寝の時間でベッドに入っていた。
えーん、せっかく作って、楽しみにしてたハンバーグだったのに、全然味わった感じがしないわ〜〜!!