ハンバーグが食べたかった
ハンバーグが食べたい。
飴色になるまでた炒めた玉ねぎと一緒にこねて、中にとろけるチーズの入ったハンバーグ。
もしくは、大根おろしをたっぷりとかけた、ニンニクましましのやつ。どちらがいいか大変に悩ましい。
「どちらも捨てがたいわ……」
「今日は煮物ですよ」
「やだやだやだミンチ買って~~!牛100パーセントのやつ~~!!」
今日は店がお休みの日で、私とジョシュアは夕飯の材料買い出しの為に朝から市場に来ていた。
市場にはたくさんの人がおり、あちこちで客を呼び込む声がする。
私が勝手にどこかへ行かないように、もちろん手を掴まれている。
「駄々こねないの」
「お願いママ。どうしてもハンバーグが食べたい」
「貴女を産んだ覚えはありません」
だって見て。
あの赤と白のコントラストが美しい肉を。
あんなの絶対においしいに決まってる。
「作るのが大変なのわかる?まず肉を細かくすることからやらなきゃいけないんだよ。記念日でもないのにそんなに手間暇かけてられない」
「じゃあ今日を記念日にしましょう。そうね、トーワへきて4か月記念……あら?ちょっと待って」
「……」
「すっかり忘れていたけれど、もしかしてあなた、誕生日……」
私は指を折って数えた。間違いない、今日だわ。
「いやですよ。僕の誕生日じゃなくて貴女の誕生日になったら作ってあげますから」
「そんなのずっとずっと先じゃない!……そうだわ、それなら私が作るわ!」
「ベティが??」
「そうと決まったらジョシュアに選んでもらうわ。チーズと大根どっちが好き??」
「大丈夫なの?僕は一度も貴女が料理したところ、見たことないけど……」
そうと決めた私は意気揚々とお肉屋さんに行った。
「おじさまー!ミンチにする用のお肉300gくださーい!できれば牛脂もつけて」
「あいよ。今市場で抽選会やってるからそのチケットやるよ。5枚で1回引ける」
「あと1枚足りないわね。ジョシュア、あっちでチーズも買おう」
よーしチーズインハンバーグにするぞ~~。
大丈夫、前世ではママと一緒に何回か作ったことあるから。
チェダーとカマンベールを半々ずつ購入し、5枚そろったチケットを持って福引の列に並ぶ。
福引は前世でもみたことのある、箱に付いたハンドルを回すと中の玉がガラガラ音を立てて、ひとつだけ出された玉の色であたりの賞が決まるタイプのものを採用しているみたい。
「アラーイ式回転抽選機だね。あれなら絶対に不正はないでしょう」
「えっそんな名前なの?あのガラガラ……」
列に並んでいる間にあたりの景品を眺める。
白ははずれで、市場で使える割引券。
赤は小あたりのワイン、黄色はなんだろうあれ?ひよこみたいな……ってちょっと待って、紫のところにあるのはデス・ウイング・ドラゴンなのでは?
「ほら、ベティの番ですよ」
「紫以外でお願いします……!」
ガラガラガラ。出てきたのは、緑の玉だった。
「おめでとうございまーす!特賞がでましたー!」
「ええっ緑が特賞なの?」
「皇太子さまのお色ですからね!はいお嬢さん、歌劇のペアチケットだよ~~」
「あら、素直に嬉しいわ」
「よかったね」
歌劇は帝都の中心街にある、一番大きなホールで行われるもののようだ。
チケットに記載された期間内に、好きな日時の指定席を予約できるらしい。
「ペアだから、一緒に行きましょうねジョシュア」
「僕でいいの?」
「他に誰がいるのよ」
「ケイトさんとか……マリィさんとか」
「ボックスシートじゃないから護衛は連れていけないのよ?」
貴族令嬢であれば、必ずといっていいほどボックスシートでプライベートルームのように観劇するが、これは庶民用のチケットだ。
席にぎゅうぎゅう詰めに座ることになり、護衛の立つ場所なんてあるわけがない。
ジョシュアもすぐに気づいたようだ。
「その通りだ。じゃあ、僕以外とは行かせられないね」
「これ、早速予約を取りに行きましょう。もしかしたら今日付けで席が取れるかもしれないわ。そうしたらハンバーグを頑張って今から作りおきしておいて、夜に歌劇を楽しんだ後一緒に誕生日のお祝いをするのにぴったりになる」
「なんだか、まるで夢のようです」
思わず敬語になったジョシュアが戸惑ったような顔をするが、決して嫌そうではない。
現実感がなく、どう喜んでいいかわからないみたいだ。
「ふふっ、楽しみね!」
朝一で買い物にいったその足で歌劇の予約を取りに行ったので、目論見通り空いている席を確保できた。
昼過ぎだったら、もしかしたら埋まっていたかも。
歌劇は夕方涼しくなってから始まるので、家に帰ってハンバーグの下準備をする。
ベアトリクスとしてははじめての料理なのでエプロンがない。ジョシュアがいつも使っているものを借りた。
油を引いたフライパンに微塵切りにした玉ねぎをいれ、飴色になるまでじっくりと弱火で炒める。
その間に肉を軽く氷魔法で凍らせ、叩いて粉砕する。
塩をいれて粘りが出るまでかき混ぜ、牛脂とパン粉、卵、牛乳を加える。
その頃には炒め終わった玉ねぎも粗熱が取れているので投入。
「……ベティは、料理もできたんだね」
「なんでもできるジョシュアほどじゃないけどね。ふふ、手持無沙汰なのね?落ち着かない顔してるわ」
今日はいろんな珍しいジョシュアが見れるわね。
「その通りだよ。手伝わせてはくれない?」
「だーめ。座ってて」
出来上がったたねを適量手に取り、中に2種類のチーズをいれて丸める。
ジョシュアの分は大きめに成型して、あとは焼くだけの状態にした。
これで帰ってきたら火を通すだけでアツアツの、とろりとしたチーズが中からでてくるハンバーグが食べられる。
ハンバーグだけでは見栄えが悪いだろうから、ジャガイモでマッシュポテトもつくった。
完全に潰して滑らかな状態にし、絞り袋にいれてから冷蔵庫にしまう。
季節のものも加えたい。
籠にたくさんのキノコがあったので、肉と同じように凍らせて粉砕した。
ミキサーはないけど、こうして代用ができるのは魔法さまさまである。
乾燥させたベーコンチップと一緒にバターで炒めて牛乳と生クリームを加え、小麦粉とバターを混ぜたブールマニエでとろみをつけさせる。塩胡椒で味付けすれば、キノコスープの完成である。
「すごくおいしそう」
「これで帰ってきたら、ハンバーグを焼いて、パンとスープを温め直せばすぐに食べられるわ。歌劇の時間まではもう少し時間があるけど、早めに出掛けてプレゼントでもみましょう。ジョシュアは何か欲しいものある?」
「もう十分すぎるほどだよ」
「でも、歌劇はたまたま抽選であたったものだし、ハンバーグは私が食べたかったものだもの。何かないの?」
「僕が……欲しいもの……」
すぐには出てこなかったようで、決まったら教えると言われた。
今日は夕方にもうひとつあげます。