お店はとても順調です
翌日。朝起きると、店の前に人だかりができていた。
「開店はまだかしら?」
「ここよね、フリードリヒ様がいらした店って」
「しっ、駄目よ。街中ではフーライ様って呼ばなくっちゃ」
どうやら皇太子目当ての乙女たちが列をなして店を覗き込んでいるいるようだ。
「ジョシュア、今日お店休みにしちゃダメかしら」
「全面的に賛成」
面倒ごとの予感しかしない。
「何のお店かしら?綺麗な石がいっぱい」
「アクセサリーみたいなものもあるわ。フーライ様ここで買ったのかな?同じものが欲しいわ……ファンクラブの情報はまだ?」
「店主に聞けばいいでしょ。今日がもし休みだったらまた明日来ればいいわ」
「え~~。いつまでここで待つ?」
「とりあえず昼までは絶対粘るわ」
相手をしないと帰りそうにない。このままでは周りの店にも迷惑がかかってしまいそう。
「仕方ない、開けます……。ジョシュア、頑張ろうね」
「皇太子を呼び寄せた原因はベティでしょう。僕は2階にいる」
「薄情者~!護衛でしょお~~!もし私が勘違いした女の子に刺されたらどうすんのよ~~!」
結局泣き落としてジョシュアは1階に留まってくれることになった。
「いらっしゃいませ」
玄関の鈴がひっきりなしに鳴って、女性たちは店に入って来るやいなや、私たちに突撃してきた。
「あの!皇太子さまが来たって本当ですか??」
「皇太子さまじゃないわよ、フーライ様よ!ね、教えてください。彼は何を買ったの??」
「ひえええ~~」
落ち着いてください、といっても、彼女たちの勢いは止まらない。
恋する乙女が束になって迫ってくる様子はまるでバーゲンでも開催されているかのようだった。
ひとしきり思い思いにしゃべった後、ようやく気付いたのか彼女たちのうちの1人が手を挙げた。
「ねえみんな待って。知りたいことは一緒の筈よ。このままじゃ店員さんも困っちゃう。1列に並んで順番に質問しましょう」
私は無言でこくこくと頷いた。女神は居た。
「まず、フーライ様が来たってのは本当?」
「本当です」
「何かお求めになられたの?」
「フーライ様個人のものではありません。軍で使う支給品として注文を受けたんです」
「軍で使う支給品?アクセサリーが?」
「魔法石の方です。あると戦いやすくなるような、さまざまな種類の加護がかかってるので」
なーんだ、国の為か~…と、何人かはそこで帰っていった。
「何かお話しした?」
「いえ、お時間がないようなのですぐに戻られました」
そんなの正直にいったら刺されそう。
「あ、でもここのアクセサリー可愛い。わたしフーライ様色で作ってもらっちゃおうかな」
「それいい~~!あたしも!」
「フーライ様が注文した魔法石の種類はどれ?買ったらお揃いになるかも」
「そっちの、紫色の魔石です。他のはオーダーメイドだったのでまだ店頭にありません」
「ええーーっ、同じものって頼める~?」
初めての忙しい接客。私は自分たちで石を選ぶ女の子には、選んだ石を淹れてもらうための小さい籠を渡し、魔法石の加護について聞かれて説明をし、オーダーメイドの注文を受け付けた。
石を選んでアクセサリーにすることを決めた女の子達は、できあがるまでの間店内で待ってもらう。
ジョシュアが紅茶を淹れて持っていくと、きゃっきゃと盛り上がる声がした。
作業しながらもそっちをちらちらと見てしまう。
「フーライ様も格好いいけど、お兄さんもすごくイケてる。名前なんていうんですか?」
「あっちの女の子とはどんな関係なんですか~~?」
「僕はジョシュア。兄妹で店をやっているんですよ」
にっこり笑ってジョシュアが愛想を振りまくと、女の子達が色めき立つ。
「ジョシュアさん!ってことは、この中にジョシュアさんが作ったやつも?」
「ありますよ。こっちの蒼いのと、そっちの水色とかがそうです」
「え~~どんな加護なんですかぁ?」
女の子の1人が、ジョシュアの左腕に自分の腕を絡ませようとした瞬間、ジョシュアがさっと体勢を変えたのでそのまま空振りになる。
ジョシュアは左手を絶対に繋がない。
何故ならそれは、利き手を防がれることで私が守れなくなるから。
しかしそんな言い訳が普通の女の子に出来るわけがない。
どうするのかと見ていると、金の瞳と目が合った。
「申し訳ないですが、お嬢さん。僕には心に決めた方が居まして」
私は思わずドキリとした。
「聞いてくださいますか?僕の惚気話」
「い、いや……それはまた今度で……」
わあ。一瞬でドン引きさせた……さすがだわ。
ちょうどよく品物が出来上がったので、女の子達に渡すと喜んで帰っていった。
ようやく誰も居なくなった店内で一息つく。ジョシュアが紅茶を淹れてくれた。
「おつかれさま」
「ありがとう。あなたもね」
「気にならない?僕の心に決めた人」
「えっ?」
ジョシュアがいたずらをする時みたいに笑う。
「銀色ですらっとしていて美しく、常に一緒にいてくれる。僕が一生懸命想いを注ぐとより一層輝いて……」
「魔力で具現化したあなたの槍じゃないの!」
「僕の左手はその子のものなんだ」
「まったく紛らわしい……」
「何だと思ったの?」
もしかして私かと思ったなんて勘違いが恥ずかしくて、私は何も言えなかった。
「ねえベティ?教えて~?」
絶対わかっていってる。むかつく。
私はジョシュアを無視して、依頼された麻痺罠用の魔法玉をまた作る作業に戻った。
更に翌日。朝起きると、また店の前に人が群がっていた。
今度は女性たちばかりではない。剣士っぽい男の人や、中年のおじさんまでいる。
「ジョシュア……」
「賛成します」
「まだ何も言ってないわよ」
「昨日この流れみたな?と思って」
近所迷惑を考えて、結局昨日と同じように私たちは店を開いた。
「デス・ウイング・ドラゴンの魔法石屋ってここ?」
「すごい純度だって聞いたぜ。それがマジなら絶対欲しい」
人の店を変な名前で呼ばないでほしい。
「嬢ちゃん!火の加護の魔法石ある?ビーストウッドと闘うから剣に付与できそうなやつ!」
「わたしは氷の魔法石が欲しいわ。あるとウンディーネ討伐がすごく楽になるのよね」
「防護くれ防護!それさえあればきっとオレだって役に立つはず……!」
なるほど、彼らは冒険者たちのようだった。
昨日で少し慣れたため、順番に相手をする。
色鮮やかな花の絵が空まで届く様子が描かれた壁に、白くお洒落な家具。
キラキラとした石を喜んで手に取っているのは……屈強な男たち。
ひしめき合う筋肉がどこかでポーズを見せつけあっている。
汗と埃の匂いがむわんと漂ってすっぱい。
「うう……私の理想とした店じゃないわ……」
ベアトリクスの思いとは裏腹に、店はこれから毎日冒険者たちが押し寄せてくることになるのだった。