胸騒ぎは気のせいだと信じたい
フリードリヒという名の嵐が過ぎ去った後日、改めてロードリックから魔法石の注文が入った。
注文に来店したのはフリードリヒ本人だったけれど。
「ベティ、客として来たよ!!注文書と一緒におすすめのお菓子を持って来たんだ。一緒に食べようよ」
「あいにくとさっきジョシュアの作ったアップルパイを食べたばっかりなの」
フリードリヒは、私が怖がっていた事を気にしているのか、一定以上の距離には近づかない様に遠慮しているらしい。
カウンター越しに、来客用の椅子に座ってにこにこと話しかけてくる。
「え――残念。じゃあジョシュア、冷蔵庫にいれておいて。フルーツのたくさん載ったプリンだよ」
手渡された箱を受け取って、ジョシュアは少し考えた後魔法を展開させた。
銀色の光がプリンを包み、消える。
「えええ~~、君は物質も転移させられるの?ちえ、2階にいった隙にベティを口説こうと思ったのに」
「させませんよ、残念でしたね」
「の、能力の無駄遣い……」
プリンは体積が少ないので、消費魔力は人間の転移ほどではないけれど、より繊細な技術力が必要なはずなのだが、ジョシュアは簡単にやってしまう。
私はフリードリヒの持ってきた注文書の方を確認した。
「思ったより量がありますね。闇の守護に風と水の加護は、麻痺用?罠として使うのかしら」
「帝都のまわりには滅多にいないけど、地方の方には時々魔物が出ることがあるから、それ用だよ。魔法石があれば、その分人材を探さなくてもいい」
「なるほど~~」
「ベティの魔法石はほかの者より質がいいって聞いたよ。さすが俺のベティ」
「フーライ様のじゃありません。闇の守護分は今ありますけど、麻痺罠用に使える魔法石は時間がかかります。納品する時は、城までいけばいいですか?」
「君に会いたいから、俺が店まで取りに来る」
もう、ジョシュアがいても隙あらば口説こうとしてくるじゃない……。
一応客なので無下にも出来ず、甘いセリフにお腹いっぱいになっていると、フリードリヒの周りに翠色の光か舞い始めた。
「あ~~……時間みたい。ロードリックに呼び戻されちゃう。えぇと、いつ来たら出来てる?」
「では、3日後に」
「はやくって助かるよ。じゃあまたね!」
光が濃くなってフリードリヒを包むと、そのまま消えていった。
急にきて急に去っていく。やはり嵐のような男だ。
さて、他に客もいないので早速風と水の加護を込めた魔法石を作ってしまおう。
右手の掌に風、左の掌に水の魔力を纏わせ、指先から糸のように細長く伸ばしていく。そのまま指を編んで2つの魔力を合わせると、混じった部分が金色に変わり、一定の大きさまで膨らむとぽとりと机に落ちて転がり、石になった。
「こんなものかしら?」
できた石を確認する。風の翠色も、水の青色の魔力も見えない。
きちんと均一に混ざっているようだ。
「よさそうね」
「僕も作ろうか?」
「ううん、いいわ。どうせ店は暇だし私がやるわ」
トレイに完成した魔法石を並べられるよう敷布をし、その上で私は延々と作り続ける。
「ベティ、実は1つ気になることがあるんだけど」
「なにかしら?」
「調べ物をしてるんだ、新聞を取り寄せたり、流れてきた冒険者に話を聞いたり」
「あなたが何かやってたのは知ってるわ」
ジョシュアが隣に座り、低い声をさらに低くする。内緒話のように、小さく緊張した声。
「ニュースが何もないんだ」
「んん??」
「王太子が婚約を解消したとか、侯爵令嬢が行方不明に、だとか、そういったあるべきニュースが何もない」
「どういうこと??」
「まだ捜索していて公にしていないならわかるが、あれからもう2か月近くたつ。さすがに出ていないのはおかしいと思わない?」
おかしい。ざわりと嫌な予感が這い上がってきて、私は魔法石を作る手を止めた。
「……ヒューバートに、連絡をとってみる」
「それがいい。念のため夜になってから飛ばしてほしい。手紙は僕が書く」
不安を忘れるために、集中して魔法石を作ったので予定より多くできた。
この分だと、3日もかからなさそうである。
私は夕食を終えると、自室に戻ってそっと水色の石を撫でた。
金色で刻まれた百合の紋章に触れてヒューバートの名を呟くと、翠の鳥がすっと現れる。
ジョシュアが書いた手紙を託すと、ほどなくして返信が返ってきた。
「ジョシュア、起きてる?」
「寝てる」
「寝てたら返事はしないのよ!」
返事がきたと告げると、ジョシュアは部屋をでてきて一緒にキッチンへ向かった。
2人で手紙を開けると、そこにはこう書かれていた。
『 親愛なるベアトリクス
貴女の知っている通り、失踪も婚約解消も話題にあがっていないんだよね。
侯爵家にそれとなく探りを入れても、娘は療養中だと言われた。
ディランの様子もおかしいんだ。
俺に対してイベントの指示をする頻度が落ちたし、最近では、クロエの聖女特訓に力をいれているようだ。
もしかしたら、彼女の成長が何かシナリオに関係しているのかも?
とにかく、無事で過ごしている様でよかった。
ヒューバート』
「聖女の特訓……?」
「何か心当たりが?」
「いえ……」
この乙女ゲームにパラメーターが関係することはなかった筈だ。
テストで1位をとるのだって、勉強会でミニゲームをやって正しい選択肢を選べば自動でイベントが起こる仕組みだったし、クロエの聖女の力を育てるような描写もない。
むしろイベントを起こすことで、苦難を乗り越えるために自動的に聖女の力があがっていくような感じだ。
けれど、イベントの指示をする頻度が落ちたっていうのは何故かしら。
ヒューバートのルートから逸れたから?
「わからないわ。もしかしたら私の知らないルートかもしれない」
「でも、どのルートでも貴女は死ぬのでしょう?」
「そう。どうしよう。このままここに居たら大丈夫よね?きっと」
「……何があっても、絶対に守るから」
ジョシュアは真剣な瞳で私を見つめた。