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転生したら悪役だった

 

 ベアトリクスは毒杯をあおって死んだ。

 その筈なのに、気が付いたらモクレンの花が咲き誇る並木道で立ち尽くしていた。

 目の前には蜂蜜色の髪をした男がおり、こちらに背中を向けたまま話しかけてくる。


「では、私はこれからクロエに会う()()()()をこなしてくるからまた後で。貴女は一人で式に向かってくれ」


 婚約者である王太子ディランがそう言ってベアトリクスの前から去っていくが、ベアトリクスはたった今記憶がいろいろ混ぜこぜになったところで、とてもではないが処理が追い付かない。


 生理的に出た涙が、つう、と頬をつたってレンガの道路にぽたり、ぽたりと落ちていく。

 それはまるで、婚約者に冷たくされて悲しんでいるかのようだった。


 しかし、ディランは気づいていないのか振り返りもせずそのまま進んでいってしまった。

 いや、もしかしたら気づいていても止まらなかったかもしれない。

 今歩みを止めてベアトリクス――私に構えば、クロエとのイベントに、間に合わないから。


「どうかなさいましたか?お嬢様」


 ベアトリクスの後ろから低く落ち着いた声がかかる。


 従者のジョシュアだ。今日は学園の入学式がはじまる前で、護衛もかねて付き添っている。


「…ご気分が優れないようですね。休憩室の用意があると聞いておりますので、そちらへご案内いたしましょうか。」


 ベアトリクスが泣いているのに気づいたのだろう。顔を隠すように前にたち、失礼します、と手をとりエスコートしてくれた。


 幸いにも、入学式の直前のせいか休憩室には誰もいない。誰かいて、無暗に詮索をされるのは御免だ。

 ベアトリクスは王太子の婚約者なので、少しでもミスをすればすぐに噂となって広がってしまう。


 ジョシュアが温めた、小さめのタオルをそっと手に握らせてくれ、私は華奢な椅子にもたれかかって一息をつく。

 ジョシュアはそのまま扉の外にいた職員に、ベアトリクスが入学式に遅れる旨を伝えているようだ。

 何も言わずとも動いてくれる有能な従者に感謝して、タオルを目頭にあて、先ほど混ぜこぜになった記憶を整理する。



 まず私は、ベアトリクス=ブラッドベリー。侯爵令嬢。

 人生2回目――というよりは、ベアトリクス2回目、である。


 1回目のベアトリクス=ブラッドベリーはついさっき罪を問われて毒杯を賜り死んだのだが、気が付いたら学園の入学式まで時間が巻き戻っていたのだ。


 それと同時に、前世の記憶まで持ってきた。


 私は知っているのだ。

 この世界が、『聖女の花は誰が為に』という乙女ゲームそのままで、この学園の入学式をもってゲームが始まったということを。


 前世の私は受験を終えたばかりの高校3年生で、志望校へは推薦で入学が決まったため暇をもてあまし、乙女ゲームに片っ端から手を出していた。

 そのうちの1つである。

 乙女ゲームプレイヤーの中には、全部のエンディングを見たり、スチルやボイスを揃えたりとコンプリートを目指す人もいるが、私はそういった類より、好みのキャラクターだけを攻略して終わるタイプのライトなプレイヤーだった。

 何より、何度も何度も同じ話を聞くのに飽きてしまう性質だったから。


 それでも登場人物や設定は覚えている。

 『聖女の花は誰が為に』はヒロインであるクロエ=キャンベルが聖女としての能力に目覚め、学園で様々な出会いをし、イベントをこなして、男性キャラクターとの恋愛をするゲームだ。


 ベアトリクスは、所謂悪役で、ヒロインの妨害をしてくるキャラクターである。

 1回目に断罪された時は、ヒロインであるクロエ=キャンベルが自分の婚約者である王太子のディランと仲睦まじいのに嫉妬して殺そうとした。


 そうした目論見がばれて、毒杯を賜る前夜――ベアトリクスが捕らわれた牢までわざわざ面会に来て、ディランは言っていた。

 「シナリオを知っていて、その通りに行動したから、君は断罪されて死ぬ。」と。

 しかし、無事断罪されているのだから、クロエはおそらくディランとそのまま結ばれ、エンディングを迎えたことだろう。

 なのに、なぜか巻き戻された。何故?



 そういえばさっきも似たような事を言っていた。

 私が彼の、蜂蜜色の髪が緩く編まれた後頭部を眺めながら歩いている時。今からヒロインに―――クロエに、会うイベントをこなしてくる、と。

 その時は前世の記憶や、1回目のベアトリクスの記憶が一度に頭の中に入ってきて思考がオーバーヒートしていたけれど。


 ディランは間違いなく、1回目と同じ時のようにシナリオを進めようとしている!

 そしてそれは……もれなく、私、ベアトリクスの死ぬ未来でしかない!


「こうしてはいられないわ!」

「如何なされました?」


 急に立ち上がって叫んだ私に対して、慌ててジョシュアが駆け寄ってくる。


「すぐにディラン様を追わなくては!」

「失礼ですが、お嬢様。ディラン様がクロエ様のもとへ行かれたのはもう30分も前でございます。もう遅いかと……」

「えっ、もうそんなに経っていたの?」

「はい。入学式はどうされますか?今なら始まったばかりかと思いますが」


 入学式が既に始まっているのなら、ディランとクロエの出会いイベントは既に終わっているはずだ。


 間に合わなかった……。

 今頃はきっと、2人とも式に参加しているだろう。


「ど、どうしましょう。どうしたら?」

「先生方には遅れる旨を伝えておりますので、慌てなくても大丈夫ですよ。式が終われば今日は授業はありませんので寮へ戻ることになります。寮はすでに部屋を把握しておりますので…途中参加でも、もうお戻りになっても、どちらでもお嬢様のご随意にいたしますよ」


 私の慌てっぷりを、式をサボったからだと解釈したジョシュアが慰めてくれる。

 低い声が優しく私を落ち着かせてくれた。


 シナリオ通りに過ごせば、私はまた処刑される。処刑されるわけにはいかない。


 それならシナリオを変えなければ。


 クロエは入学式が終わったら、寮に帰ろうとして道に迷い、グレアムに出会うはずだ。

 グレアムは若くして大魔法使いになった男で、学園には非常勤講師として勤めている攻略対象である。


 まずはこのグレアムとの出会いを潰そう!

 出会わなければ始まらないはず!フラグをたてられなければ、ハッピーエンドにたどり着かず、少なくとも私の処刑までには至らないはずである。

 できるだけフラグをベキベキのバッキバキにへし折ってやらねば。


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