嵐の予感
皇太子に絡まれたことで警戒していたが、杞憂するようなことは特に起こることもなかった。
本は借りそびれたので、いつものように静かな店内で、ぼおっとして過ごす。
ジョシュアが2階のキッチンで桃のタルトを作ってくれるといっていたので、それだけが楽しみだ。
からん、と防犯対策もかねてつけた鈴がなり、扉が開いた。
「よぉベティ!今日も暇そうだな」
「いらっしゃいライナスさん。納品頼んでないけど、何か御用事ですか~?」
「ははっ、拗ねるなよ。オレがこの間、魔法石加工コンテストで宣伝しておいてやったから、今にたくさん客が来るようになるぞ~~」
私のいる奥のカウンターには、まだ1度も使われていない商談用に購入した椅子が2脚置いてある。
そのうちの1つにライナスは座った。
「ああ、魔法石加工のコンテスト。どうでした?優勝できましたか?」
「いや、優勝はできなかった……技術も素材も素晴らしいけど、デザインが響かなかったみたいだ」
「何を作ったんです?」
「いにしえの古龍デス・ウイング・ドラゴンだ」
「……なんて?」
「いにしえの……」
「いや、聞こえてます。なんですかそのデス・ウイング・ドラゴンって」
しかもいにしえと古龍って重複表現でしょう。
「全身が骨でできたドラゴンだよ。すべての生きとし生けるものの恨みつらみが集まって蘇った最強の魔物さ」
「そんな生き物本当にいるんですか?」
「いや、オレが考えた最強のドラゴン」
小学生か。
「何が駄目だったんだろうなー。やっぱり頭が髑髏だとちょっと格好がつかなかったかな?それとも尻尾が3本あるところ?でもこの尻尾はそれぞれ過去・現在・未来を司っていて、それぞれの因果が絡み合って出される最終技ギャラクティック・ブロウに関係するから削れないだろ。あ、4枚羽根じゃなくて6枚羽根にすべきだったか?どう思う?ベティ」
「いや、私にはちょっと……ハイセンスすぎてついていけないわね」
ライナスは魔法石オタクな上に厨二病だったらしい。
「審査員にも同じこと言われたよ。あーあ、この格好良さが伝わらないなんてな~……」
「残念だったわね」
「あ、でも加工技術は素晴らしいって、努力賞を貰ったんだ。優勝にはかなわないけど、それでも嬉しいもんだな。へへっ」
「まあ。ライナスさんの腕は見事だものね。この間お願いしたものも、あっという間だったもの」
「まぁな。それでその時、魔法石の事も話題にあがってさ。あまりにも透明度が高いから、ガラスなんじゃないかとか言われだして、審査員が鑑定魔法まで使って調べてさ。魔力の含有量が尋常じゃないって驚いてたぜ」
「魔法石には間違いないわよ。私が作ったんですもの」
「是非これを提供した店を教えてほしいって言われたから、ばっちり宣伝しておいてやったよ!」
その時、またからん、と入口の鈴がなった。一度に2名も客?なんて珍しいこともあるものだ。
「ごめんください。デス・ウイング・ドラゴンの魔法石を作ったというお店はこちらですか?」
金の眼鏡をした男性だった。
「お、さっそく来たじゃん。邪魔しちゃ悪いからオレは帰るよ。じゃあな、ベティ。話聞いてくれて、ありがとな!」
ライナスと入れ違いに男性は店に入ってきて、置いてある小さな魔法石の粒を手に取ってみていた。
「ふむ。小粒ですが綺麗ですね。どの魔法石にも一片の曇りもない。店主、これは貴女が?」
「店主は私じゃありませんわ。兄と2人で作っておりますの。今お持ちの紫の魔法石は、私が作ったものですわ」
「失礼ですが、鑑定魔法を使っても?」
「構いませんわよ」
ガラスじゃないわよ。ちゃんと本物なんだから、いくらでも調べてどうぞ。
私は余裕の微笑みで男性の様子を見守っていた。
「素晴らしい。同じ紫でも、こちらの濃い方は闇の守護で、薄い方は炎と氷の加護ですね。相反する属性なのに、喧嘩せずに綺麗に溶け合うなんて、並大抵の技術ではない……。若いのに、素晴らしい力をお持ちです」
「ありがとうございます。魔力には少し自信があるんです」
「みたところアクセサリー屋のようですが、魔法石単品でも購入が可能ですか?」
「ええ、もちろん。できるだけ要望にお応えできますよ」
「ベティ、お客さんですか?」
2階にいても気配を察知しているだろうが、ライナスの時にはでてこなかったジョシュアが降りてきた。
たぶん、魔法を感知したから念のため確認しにきたのだろう。
「ベティ?お嬢さんはベティと仰る?」
それまで魔法石しか見ていなかった男性が、はっとした表情で私を見た。頭のてっぺんからつま先までさっとチェックされる。
「甘くとろける様なチョコレートの髪に煌めくアメシストの輝きを秘めた瞳……ベティ……」
「あの、何か?」
なんか急に詩人みたいなこと言い始めたけど大丈夫かしら。
「いや、でもまさか……あの、お嬢さんすみません。申し訳ないのですが、動かないで頂けますか?」
男性がそういった瞬間、魔法が展開されて私は指一本動かせなくなった。
なにを、と言おうとしたが声もでない。
ジョシュアがさっと私の前に立った。
「本当にすみません。でも、やらないと私がまたネチネチ言われてしまうので……ロードリックが命じる。主をここに、紫の乙女の元へ誘わん」
翠色の魔力の光がぐるりと床に円を描いて、男性とジョシュアとの間に現れる。光はそのまま、複雑な文様を描き始めた。
「これは……召喚魔法……」
「ええ。そちらのお兄さんが使える様な転移魔法は私には使えませんので。ご安心ください、逃げられては困るだけですので、危害を加えるものではありません」
私とジョシュアははっと顔を見合わせた。転移魔法の事を知っている?ならば、今からくるのはもしかして……
「ロードリック。ベティは見つかったの?」
陣がより一層強い輝きを放って、声がした。
光が消えて、黒い髪を丁寧にまとめあげて結い、耳に大粒のエメラルドを揺らし、その瞳と同じ鮮やかなグリーンのマントを翻したフーライが現れた。軍服の胸部分にはじゃらじゃらといくつも勲章がついている。
「……やはり皇太子殿下……」
「あっ!本当にベティだ!!探したよ。あんな魔法を使える従者?を連れているなんて、どこの貴族令嬢かと思って調べさせたけれど一向にわからなかったのに……こんな城下に居たなんてね」
「……」
「ロードリック、彼女になにかした?何もしゃべらないんだけど」
「軽く拘束をしました」
「すぐ解いて」
拘束魔法が解かれ、身体が動くようになった。しかし店まで知られたのであれば、もう逃げようがない。
「そんなに警戒しないで。この間は急に迫って悪かったと思ってるんだから。ねえ、あの時も聞いたけど、その人は君の恋人なの?従者じゃないよね?」
「兄です」
私の短い返答を聞いた途端、フリードリヒの顔がぱあっと明るくなった。
「お兄さん!妹さんを俺にくださいっ!!」
「駄目です」
まさか本当に本気だったとは。
ジョシュアと私が杞憂していた、ベアトリクスの事ではなかったようなので少しほっとした。
「殿下、彼女をご所望ならば……」
「ロードリック。無理矢理は駄目だ。オレは彼女の美しい心が欲しい。ねえベティ、お願いだから怖がらないで。そんな顔をさせたいわけじゃないんだ」
フリードリヒの形の良い眉がさがる。
「ここは君のお店?家と一緒なのかな?今日は居場所さえわかればいいんだ。また訪ねてきてもいい?」
「い……」
「いいよね?」
いやだと言えば実力行使にでるぞと暗に物語るオーラが出され、私は渋々頷いた。
「まあ、お店ですから。お客様としてなら歓迎します」
「それでもいいよ。嬉しいな。ではまたね、ベティ。それからお義兄さま」
帰る時は扉から出て言ったフリードリヒを、慌ててロードリックが追いかけていった。
嵐が過ぎ去ったあとの静まり帰った店内で、私はずるずると椅子にもたれ座った。
「はあ……バレたかと思った……心臓に悪いわ」
「油断しない。万が一貴女が、彼の人に絆されてしまえば、遅かれ早かれ元婚約者の耳にも入るでしょう」
「絆されることなんてないわ」
「ほんとうに?」
私の前にジョシュアがたった。
がたん、と椅子ごと押し倒されて、床に落ちる手前で頭を抱えられた。椅子は軽く蹴られて転がっていく。
眼前にはジョシュアの顔がいっぱいに広がって、鼻と鼻がくっつきそうな距離ほどまで近づいている。
「こんなに無防備なのに?」
「ひゃっ……」
ジョシュアの銀髪が、さらさらと私の頬にあたり、くすぐったい。
「抵抗できます?」
「ジョシュア(プロ)相手にできるわけないでしょうっ……!」
「ディラン様相手にだって油断して唇を奪われたでしょう、ほら」
頭を支えているのとは逆の手で口を覆われ、その手の甲の上からキスをされた。
「こんな風に」
獲物を狙う虎の瞳と視線が合い、ゾクリと震える。
このまま食べられてしまうかもしれないと錯覚するほどの危うさをはらんだ雰囲気は、ぱっとジョシュアが私を開放したので嘘のように霧散していった。
「わかった?」
「~~~~っ!!!」
首がもげそうなほど頷いた。
ジョシュアが座り込んだ私に手を差し出す。
その手をとると、勢いよく引っ張られてそのまま抱きすくめられた。
「わかってないようだね?」
「いやっ……ジョシュアだから!ディラン様とか、フーライとかだったら手を取ってないから!」
現にこの間の図書館では遠慮したわ!必死に弁護する私を見て、ジョシュアが金の瞳を細めた。
あんまり信じてなさそう。
「ふぅん。ならいいですけど」
「そ、そうだ塩。塩でも撒いておきましょう」
それ以上見つめられると心臓が壊れてしまいそう。
私はさっとジョシュアの腕から抜け出して、キッチンへ塩を取りに向かった。
2階にあがるベアトリクスの背中を見つめながら、ジョシュアは彼女の唇を覆っていた自らの掌側にもう一度キスをした。
「僕だけ……ね」
虎が獲物を見つけたようなな鋭い視線に、ベアトリクスが気づくことはなかった。
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