ナンパは本気?
強盗は来たけれど、お客さんは来ない。
お店には知り合いがたまにくる程度で、特になんの変化もなくゆっくりとした時間を過ごしていた。
別に売り上げがなくとも困りはしないのでいいのだが、問題は店番をしているために出かけられず、商品を作りすぎるわけにもいかず、なーーんにもできないこと。
つまり暇すぎることだった。
そこで私は図書館へ行くことにした。
本を借りれば、店で読んで暇をつぶせる。
1人でいくのはもちろんジョシュアが許可しないので、店の休みの日に帝都の中心へ向かって2人で歩いていく。
初めて帝都に来たときは、リーリーが咲き乱れていたけれど、もうその枝には葉っぱがが生い茂っている。
夏は終わりかけといえ、日傘をさして歩いてもいまだに暑い。
図書館につくまでに溶けてしまいそう。
「ジョシュア~~、アイス食べよう、アイス~~」
「そうだね、休憩しよう」
涼しげな店内に誘われて、ふらふらと近づく私に、アイスを持った子供が走ってきてぶつかる寸前で、間にジョシュアがさっと入った。
べしゃり、と無残にも落ちたアイスが地面と接触するとすごい勢いで溶けていく。
「ごごご、ごめんなさい……!」
ぶつかった子供はまだ幼い子で、落ちたアイスを呆然と見ている。
慌てて店内から兄らしきもう一人の男の子が出てきて私に謝った。
「ほら、おまえもちゃんと謝れ。アイスは諦めな」
「う……わぁあん。ごめ……なさ……わあぁあん」
「まあ。ちゃんと謝って偉いわね。大丈夫よ~~このお兄ちゃんは怖くないわよ~~」
「僕の顔が怖いんじゃなくて、アイスを失ったことを泣いてると思うんだけど?」
それなら話は簡単ね。
泣いている子供の手を引いて、店内に入る。
涼しい風がさっと火照った身体にあたってとても気持ちがいい。
「さて、君の名前は?」
「クイン……」
「クイン、では泣いてないでお勧めのアイスを教えて頂戴。お姉ちゃんは1人では食べきれないから、一緒に食べましょう?」
アイスが食べられる?クインはあっという間に涙をひっこめて、今度は逆に私の手を引いてアイスボックスの前に連れて行ってくれた。
「おすすめはね、えっとね、バニラとね、ナッツとね、あとは……ね、これ!これだよ。ぶどう!」
「ありがとう。じゃあ、その3つをください。クインのお兄ちゃんは何が好きなのかな?」
「お兄ちゃんはね、チョコレートが好きなんだよ。この、青くてすーすーするやつ」
「チョコミントね。すみませーん、こっちも追加してください!」
全部で4つのカップを、2人で両手にもって、店外に出る。
「すみません、僕の分まで……ありがとうございます」
「いいのよ。今日は私の前で転んでラッキーだったわね。でもクイン、次は気を付けるのよ」
「はい!」
クインは口の周りをアイスだらけにして喜び、ぺこぺこと礼をするお兄さんに連れられて帰っていった。
「かわいい子と食べられて私もラッキーだったわ」
「貴女のそういうところ、僕は好きですよ」
さらりと呟かれた低い声に、ジョシュアを見れば優しい顔で微笑んでいた。
さっき冷たくなったばかりだというのに、一瞬で顔が熱くなる。
あついあつい、と言いながらまた図書館までの道のりを歩きだした。
「あ、こら!先に行かないで。ベティはすぐ迷うんだから」
人込みに紛れない様にと、いつものように取られた手を急に意識してしまって、どきどきする。
これは護衛のため、好きだからとかじゃない。
勘違いするな私……心の中で3回くらい言い聞かせて、平穏さを取り戻す。
そのまま心を無にして歩き続ければいつの間にか図書館についていた。
図書館の中は涼しい。
広い空間にたくさんの蔵書が並べられ、その場で読み物ができるように椅子と机が置いてあった。
意外にも人が少なく、静かで、落ち着いて本を選べそうだった。
「ベティ、僕も見たいものがあるんだけど、少し離れてもいいかな」
「え?もちろんよ。じゃあ私はこのあたりに居るからいってらっしゃい」
「動いたら、反省文50枚書かせるから」
「えっぐ……いや、大丈夫。絶対うごきません」
怖いので、借りたい本はジョシュアが戻ってきてから探すことにして、とりあえず手に取った本を読んで待つことにしよう。
座って本を読んでいると、向かい側にも人が座った。
広いスペースが空いているのに、何故私の前にわざわざ座るのかと思い、ちらっと見ると、相手は本も持っておらず、私の顔をただ見ていた。
「ねぇ、きみ、ひとり?」
ナンパか。
長く、腰まで届くほどの黒髪を尻尾のように束ねて垂らした、とびきりの美形である。
その瞳と同じ大振りのエメラルドを耳に着けており、庶民風ではあるが、明らかに質の良い服を纏っている。
間違いなくどこかの貴族のおしのびだろう。
でもそんな人が、ナンパ?
「あの、何か?御用でしょうか?」
もしかしたら、ディラン様の手の者かもしれない。
私を追って、ここまできた?よくない予感がして、そうではありませんようにと願いながら、無表情を取り繕う。
「君みたいに綺麗な子を、初めて見た。ね、俺とお茶でもどう?」
ナンパだった。
張りつめていた気持ちが一気に崩れ、がたがたん、と椅子から落ちた私に、彼は大丈夫?と手を差し伸べてきた。
「俺のこと、フーライって呼んで。君の名前は?なんていうの?」
フーライって呼んで、か……その言い方だとやっぱり偽名っぽい。
ナンパなのは間違いないと思うけど……。
「知らない人には名前を教えてはいけないって言われてるの」
「ふぅん。厳しい母上だね~~でも大丈夫。俺の名前もう知ってるでしょ?知らない人じゃないよ~~」
母上じゃなくて、オカン護衛にだけど。
それにそれは、屁理屈というものである。
「困るわ。やめてくださらない?」
「教えてくれないなら、勝手に呼んじゃう。ベティ」
「――ッ!?」
何故名前を?やっぱり私の事を捕まえに来た人!?
いやでも待って……それだったら、ベアトリクスって呼ぶんじゃないかしら??
「ふふ。本当はね、アイス屋で君と子供とのやり取りをみてたんだぁ。その時に一目ぼれして、どこの子かなぁって思って、ついてきちゃった☆」
可愛く星をつけて言ってもストーカーじゃん。
イケメンなら許されると思うなよ。
ひえ~~……こんなことならジョシュアと別行動にするんじゃなかった。
「一緒にいた人は恋人?手をこんな風に繋いでた」
手をとられて、絡めらる。
ちょっと待って、こんな風に繋いでない。
私は手首を掴まれて歩く先を誘導されているのであって、決してこんな風に指と指を絡めあったような、いかがわしい繋ぎ方はしていません!
「やめてっていってるじゃない。どこの貴い人か知らないけれど、レディにこんな風に触れるなんて失礼だわ」
「おっと」
フーライは虚をつかれた顔をして、私の手をぱっと放した。
「これは失礼。ちょっと妬けたもので……。貴い人に言い寄られてこんな反応を返す子、新鮮だなぁ。ますます気にいっちゃった」
ぞぞぞぞ。鳥肌がたったわ。
ストーカーな上に俺様でドⅯとか、完全アウト。
イケメンと身分を支払ってもたりませーん!
お願い――はやく来て――ジョシュアーー!!
「決めた。君の事、本気で狙ってもいい?」
「「だめです」」
聞きなれた低い声が私と被った。
ジョシュアだ!助かった!私はさっとその背中に隠れた。
「ほんとにもう。目を離すとこれだ」
「面目ございませぇん……」
ため息をついて、ジョシュアが私を抱えた。
短く唱えて、瞬間移動の呪文が発動する。
銀の光が消えると、店まで戻っていた。
「はあ。さすがに疲れるからやりたくなかったけど、仕方ないな」
「本当にごめんなさい。私は悪くないけど……」
瞬間移動はかなりの魔力と、技術が必要とされる。
習得している人は数える人しかおらず、ジョシュアが侯爵令嬢の従者として認められたのはこのおかげだった。
最終奥の手みたいなものだ。
「本当にわかってる?あの相手――たぶん、この国の皇太子だよ」
「は??」
「ほぼ隠す気なさそうだったよ。長い黒髪に緑の瞳。よく1人で出歩いてるって噂通り。なんでそんな人物に目をつけられてる訳……?」
「噓でしょ……」
確かに明らかにお忍びだったけど、まさかそんな大物だったなんて。
「まぁ、遊んでいるような感じなら、ベティのこともすぐ忘れるでしょ」
「は、はは……そうよね……」
緑の瞳にこもった熱と、絡められた掌の体温を思い出して、本気で狙われてるかもしれない、という考えが頭を掠めたが、言えばほんとうになってしまいそうで、口が裂けても言えなかった。