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ちょっとした事件


 無事に店が開店して2週間ほどたった頃。

 ベアトリスは2階にある北側の部屋で寝ているのだが、下から物音が聞こえた気がして階段を降りた。

 暗闇で何も見えないが、無言で何かが動いている。

 意を決して電気をつけてみれば、それは2人組の男で、覆面をしており、大量の魔法石を袋にいれて持ち去ろうとしているところだった。


「ひっ……」


 咄嗟に何か魔法を打とうと思ったが、小さく悲鳴が漏れるのみで、足もすくんで動けない。

 男たちはその間にこじあけた扉から逃げようとしている。


「あ、だめっ……!」


 私がようやく声を絞り出したその瞬間、白い影が上から降ってきた。銀の髪が流れ星のように闇夜に踊る。

 盗人男の1人に足払いをかけて転ばせて踏みつけたまま、逃げようとしたもう1人に魔法のロープをひっかけて手繰り寄せ、腹に強烈な足蹴りを叩き込む。そのまま何の反抗も許さず、手早く、静かに2人組は捕らえられた。


「ベティ、大丈夫?」

「あ……ジョシュア……」

「異変を感じたのであれば、まず僕を起こすように。1人で勝手に行かないで」

「……っはい……」


 腰の抜けた私を椅子に座らせ、膝掛をかけて暖かい飲み物を用意してくれる。


「銀の盾よ、我が主を護りたまえ。……じゃあ、ちょっと行ってくるから。大人しくしてて」


 結界に似た防護魔法が私の周りに張られ、ジョシュアは気絶した2人組をずるずると引き摺って行った。

 そして、1人で残された私が紅茶を飲む間もなく戻ってくる。


「ただいま。何もなかった?」

「はやっ!?1分も経ってないわよ!?」

「こんな状態の店とベティを残して憲兵のところまで行くわけないでしょ。隣の店の人にお願いしたんだよ。しばらくしたら事情聴取の為に人が来ると思うから起きてないと」

「そうなの……お隣さんには後日お礼をしなければならないわね」


 憲兵にチェックされるまでは扉も直せないし、魔法石も戻せない。

 おとなしく紅茶を飲む。

 血の気が引いて冷たくなっていた手や身体に、熱がじんわりと広がっていくのがわかった。

 目の前にはジョシュアが頬杖をついてこちらをじっと見ている。

 もう大丈夫だから、とゆっくりと笑ってみせれば、そっと頭を撫でられた。


 憲兵たちの話によると、2人組の男はどうやら常習犯らしく、警備の整っていない、新規の店ばかりを狙って盗みを繰り返していたらしい。

 他にも被害届があったが逃げ足がすばやく捕えきれず、ジョシュアの戦闘能力を褒めちぎっていた。

 是非憲兵団に、とスカウトも受けたが、最早定番となった「妹から離れたくないので」というシスコン演技でドン引きさせていた。

 帰る時に気の毒そうな顔が私に向けられたのは気のせいじゃないだろう。


 恐怖で目が冴えて眠れないのではないかと思ったが、ジョシュアに手を握られて寝かしつけられると、すとんと意識は落ちた。

 翌日目が覚めると、ジョシュアはベッドの縁に頭を乗せて椅子に座ったまま眠っていた。

 一晩中傍にいてくれたことに、申し訳なくも嬉しく思う。


 さらさらの銀髪に手を伸ばすと、ぱしりと掴まれた。


「……ベティか」


 起きていたのかと思ったが、その掠れた低い声はまだ眠たそうである。


「ごめんなさい。起こしてしまったわ。もう少し寝る?椅子ではなく、ベッドで」

「そうですね……。では、お言葉に甘えて」


 ジョシュアはそのまま私の布団に入ってきた。

 引き寄せられて、冷えた頬があたる。


「なっ……!」

「……あったかい」


 違う、自分のベッドで寝なさいと言おうとしたが、ジョシュアはすでに寝息をたてていた。

 仕方ない、どうせ店は荒らされた後だし今日はおやすみである。

 昨日守ってくれた上、私が不安にならないようずっと傍にいてくれた事もあって強くはいえない。

 ちょっとだけ我慢したら抜け出してお店の片づけをしよう。

 そう思っていたのに、ベアトリクスもいつの間にか二度寝してしまって、気づけば隣のジョシュアはとっくに居らず、店も完璧に元通りになっていた。


 軽く昼食をとって、隣の店に昨日の礼をしにいくことにする。

 隣の店は夜は酒場で、昼はランチもやっている食堂である。

 旦那さんを亡くしたおかみさんを筆頭に、ガタイの良い息子が3人が店員として働いている。

 息子たちはそれぞれ経理、調理、接客に長けているのだと紹介された。

 3人ともまだ嫁候補がおらず、ベティちゃんどう?というおかみさん――マリィさんを、ジョシュアがにっこり笑ってしっかり拒絶していた。

 それでも時々諦めずにすすめてくるあたりが少し困ったところだが、それ以外はとても良いひとで、どこのお店が今日は安いだとか、イベントで人が多いとかの近所の耳より情報を教えてくれたりと、普段からお世話になっている。

 今回も酒場すら閉まった夜更けだったにも関わらず、ジョシュアの願いを快く受けてくれた。

 なにしろガタイの良い男が3人もいるので、2人で犯人を見張り、1人が憲兵のところまで通報に走っても余裕で人が足りる。


「あの2人組、ジョシュアが気絶させたって聞いた時は驚いたよ。ベティの兄ちゃんはうちのと違って細いし綺麗な顔をしているのに、べらぼうに強いんだね」

「母さん!一言余計だよ~~!」


 マリィと話をしていると、接客をしていたパーシヴァルが口を挟んできた。


「でも、どこに怪我をすることもなく、一方的にやっつけたってのマジすごい。ジョシュアってなんか経験者なの?」

「そうですね。昔、習ったことがあります」

「憲兵団に入ったりしねーの?アクセサリー屋なんてよくやろうと思ったな~、あ、いや、別に悪いってわけじゃないんだけどさ」

「ベティが夢だというので。叶えてあげたかったし、かといって彼女一人では心もとないので」

「ほんっと妹思いのお兄さんだよなぁ」


 遠回しにいってるが、顔は若干引いている。多分シスコンだと思っている。

 それに気づいているだろうに、ジョシュアは涼しい顔で追い打ちをかけた。


「僕が強くなったのも、ベティのためなので」

「……」


 これは完全に引いたな……愛想がよいと評判のパーシヴァルが完全に言葉に詰まってしまった。

 それを見たマリィは声をあげて笑った。


「はっはっは!そんなにけん制しなくてもいいのにねぇ!」

ジョシュアがすみません……。あの、これ、昨晩のお礼です。氷の魔法石ならたくさんお使いになるかと思って」

「氷の魔法石?」


 袋にあるだけ詰め込んできたものを差し出す。


「うわあ。こんなにたくさん。当分使えるよ、ありがとうね」

「いえ、こちらこそお世話になったので」

「お互い様ってものさ。ベティも、また何かあったらいつでもうちに逃げ込んできていいからね!」

「僕がいるので大丈夫です」

「はっはっは!」


 違いない、といいながらマリィは笑っている。

 もはやジョシュアの反応で遊んでいるのかもしれなかった。

 まぁ、ジョシュアにとって、私は妹ではなく護衛対象でしかないので、シスコンも何もないし、至極当然の事を言っているだけなんだけれど、知らない人からみたらそう見えるわよね。




今日もう1話だけ投稿して、明日からは基本1日1話ずつ投稿していきます。

完結まで執筆済みです。

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